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わたくしが意識を取り戻した時、そこに広がっていたのは、ひやりと冷たい石の壁と、鉄格子のはまった小さな窓だけだった。窓からは、ほんの僅かな光も差し込まず、部屋の中は薄暗く、湿った土と黴の匂いがした。
王城の地下深くに設けられた、最も重い罪を犯した者を収監するための牢獄。それが、わたくしの新しい住処らしかった。
手足には、聖銀の枷が重く食い込み、僅かに動かすことさえ許されない。その冷たさが、わたくしの絶望をさらに際立たせる。
実演会での出来事が、まるで悪夢のように断片的に蘇る。黒い煙、枯れ果てた花々、エリス様の苦しむ顔、そして、人々の憎悪と恐怖に満ちた瞳、アルフォンス殿下のあの冷たい眼差し。
ああ、わたくしは、本当に、魔女になってしまったのだ。
エレオノーラ様の、望み通りに。
絶望と無力感が、冷たい霧のようにわたくしの心を覆い尽くしていく。もう、何もかも終わりだ。
それから数日、あるいは数週間が過ぎたのだろうか。時間の感覚は、もう曖昧だった。食事は、日に一度、黒パンと水の入った器が、無造作に牢の床に置かれるだけ。もちろん、喉を通るはずもなかった。
ある日、牢の前に、見慣れた、しかし今はあまりにも遠い存在に感じられる二人の人影が現れた。
アルフォンス殿下。そして、その傍らに、まるで美しい花のように寄り添う、エリス・ミラー様。
殿下の美しい青い瞳は、以前の温かさも、苦悩の色さえも完全に失い、氷のように冷たく、そして深い失望と軽蔑の色を浮かべて、わたくしを見下ろしていた。
「リリアーナ・フォン・ヴァイスハイト」
その声もまた、一切の感情を排した、冷たい鋼のような響きだった。
「君との婚約は、本日をもって、国王陛下の御名において、正式に破棄させてもらう。君のような、邪悪な力で人々を惑わし、あまつさえ王族の臨席する場で害をなす魔女を、我がエーデルシュタイン王国の王太子妃として、そして将来の国母として迎えるわけにはいかない。これは、決定事項だ」
それは、宣告だった。わたくしの、ほんの僅かに抱いた淡い希望と、ヴァイスハイト家の令嬢としての未来を、完全に、そして永遠に打ち砕く、冷酷な宣告。
わたくしが、その言葉の意味を、ただ呆然と噛み締めていると、アルフォンス殿下の後ろから、エリス様がひょっこりと可愛らしく顔を出した。
その鳶色の瞳は、悪意のない(ように見える)子供のような無邪気さと、しかし隠しきれない勝利の喜びにきらきらと輝き、そして、わたくしに向けて、小さく、しかしはっきりと、舌を出して「べーっ」と挑発してきたのだ。
そして、すぐに天使のような笑顔に戻り、殿下の腕にこれみよがしに絡みつき、甘えるようにしなだれかかった。
「アルフォンス様、これで良かったのですわ。わたくし、あなた様と、こうして真実の愛を見つけられて、本当に、本当に幸せですもの。もう、何も怖くありませんわ。あなた様がいらっしゃるなら」
そう言うと、エリス様は殿下の頬に、チュッ、と可愛らしい音を立ててキスをした。殿下も、満更でもないといった表情で、一瞬だけリリアーナに冷たい視線を投げた後、彼女の細い腰を抱き寄せ、その唇に、見せつけるように深く口づけた。
「ああ、エリス。私もだ。君こそが、私の光だ」
「もうアルフォンス様ったら、こんなところで……っぁ……んっッ!」
その光景は、まるで牢獄の暗闇の中で輝く、残酷なまでに美しい、そしてわたくしの心をズタズタに引き裂く絵画のようだった。
わたくしは、そのあまりにも残酷な光景を、ただ虚ろな目で見つめていた。
かつて、ほんの僅かな時間だけ、わたくしにも向けられたかもしれない優しさ。それが今、目の前で、別の女に向けられている。それも、わたくしを陥れた女に。
胸が張り裂けるような痛み? いいえ、もう、そんな感覚さえも麻痺していた。
ただ、ああ、これもまた、エレオノーラ様の筋書き通りなのだな、と、どこか他人事のように思っただけだった。彼女は、この光景すらも、どこかで見て楽しんでいるのだろうか。
やがて、二人は仲睦まじく肩を寄せ合い、愛を囁きながら、牢の前から去っていった。その楽しげな笑い声だけが、冷たい石牢に虚しく、そしていつまでも響いていた。
それから、わたくしに対する「調査」という名の、事実上の拷問が始まった。
教会の神官や、魔導院の術師たちが代わる代わる訪れ、わたくしの「邪悪な力」の正体を暴こうと、様々な術や、時には肉体的な苦痛を伴う尋問を繰り返した。
(拷問の具体的な描写は避けるが、それはリリアーナの精神をさらに蝕むものであった)
しかし、不思議なことに、わたくしの身体に刻まれた傷や痣は、どれほど酷いものであっても、数日もすれば嘘のように綺麗に治ってしまうのだ。わたくしの意思とは全く関係なく、あの忌まわしい『力』が、勝手にわたくしの体を癒していく。それは、まるで、この地獄から逃がさないための、悪魔の所業のようだった。
拷問官や調査官たちは、その異常な治癒力を目の当たりにし、最初は驚愕し、やがて気味悪そうに顔を歪めた。
「やはり、人間ではない……普通の人間なら、とっくに命を落としているはずだ」
「これこそ、魔女の紛れもない証拠だ。聖なる力などではない。悪魔の加護に違いない」
「なんと気味が悪い……。あれは、人の形をした何か別のものだ」
わたくしの、かつて人々を癒したはずだった力は、今や、わたくし自身を「人ならざる者」「忌むべき存在」として証明する、最も強力な証拠となっていた。
エドガー先生がエレオノーラ様の指示で捏造した、『アリアの呪い』に関する報告書も、その「証拠」をさらに裏付けるものとして、彼らの間で決定的な資料として回覧されていた。
そして、ある日、牢の看守から、一枚の羊皮紙が、まるで汚物でも扱うかのように、無造作に差し入れられた。
それは、お父様からの、短い、しかし決定的な手紙だった。
そこには、ヴァイスハイト家の名において、わたくしリリアーナ・フォン・ヴァイスハイトとの縁を正式に断ち切り、今後一切の関わりを持たないこと、そして、家の名誉を著しく汚した大罪人として、速やかなる、そして最も厳しい処罰を望む、という冷たい言葉だけが、震えるような筆跡で記されていた。
もう、わたくしには、帰る家も、家族も、何もかもなくなってしまったのだ。
エレオノーラ様の、完全な勝利。
わたくしは、その羊皮紙を握りしめたまま、ただ、暗い牢の隅で、声もなく泣き続けた。
いや、涙さえも、もう、とっくの昔に枯れ果てていたのかもしれない。残っているのは、ただ、底なしの虚無と、エレオノーラへの、決して消えることのない憎悪だけだった。