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クララ様にまで見放され、アルフォンス殿下からも冷たい視線を向けられるようになってから、数ヶ月が過ぎた。季節は夏から秋へと移り変わり、学院の庭の木々も、少しずつその葉を赤や黄色に染め始めていたが、わたくしの心は、相変わらず氷に閉ざされたままだった。
わたくしは、王立貴族学院という華やかな牢獄の中で、「触れてはいけない呪われた存在」として、完全に孤立していた。
授業中も、わたくしの周りの席だけがぽっかりと空き、誰も目を合わせようとはしない。グループワークでは、いつもわたくしだけが余り、教師も困り果てた顔で、当たり障りのない形式的な課題を与えるだけ。その課題すら、今のわたくしには重荷だった。
食堂へ行く気にもなれず、昼食はいつも、アネットが用意した味気ないパンを、人気のない中庭の、枯葉が舞い散る片隅で、一人でかじるだけだった。そのパンの味も、砂を噛むようで、美味しいと感じることはなかった。
それでも、アネットは常にわたくしのそばにいて、その冷たい瞳で一挙手一投足を監視していた。彼女の存在そのものが、エレオノーラ様の影を常にわたくしに感じさせ、息苦しさを増幅させた。
わたくしの心の中は、エレオノーラ様への、ただひたすらな、そして出口のない憎悪で満たされていた。
眠っている時以外は、常にあの人の顔が、あの人の声が、あの人の残酷な微笑みが、頭から離れない。彼女のせいで、私の人生はめちゃくちゃになったのだと、何度も何度も心の中で叫んだ。
あの人がいなければ。あの人が、わたくしの人生に現れさえしなければ。
そんな叶わぬもしもを繰り返し、憎しみを募らせるだけの日々。それはまるで、心の奥底で黒い炎が静かに、しかし確実に燃え広がっていくような感覚だった。
そして、いつからか、わたくしの周囲で、奇妙な、そして不穏なことが起こり始めた。
わたくしが、特に強くエレオノーラ様への憎しみを感じ、その顔を思い浮かべてギリ、と奥歯を噛み締めた時。
部屋に飾られた花瓶の水が、カタカタカタ、と微かに、しかしはっきりと震えたり。
机の上のペン立てに立てられたペンが、ひとりでに数本、床に音を立てて落ちたり。
部屋全体の空気が、まるで雷雲がすぐそこまで近づいているかのように、ピリピリと張り詰め、息が詰まるほど重苦しくなったり。
最初は気のせいかと思った。疲れているのだと。でも、それは何度も、そして徐々に強く繰り返された。
この、得体の知れない『力』が、わたくしの憎しみに呼応している……? それは、恐ろしい予感だった。
もちろん、アネットがその僅かな変化を見逃すはずもなかった。彼女は、まるで獲物を狙う猟犬のように、わたくしの些細な変化も見逃さなかった。
彼女は、エレオノーラ様に詳細な報告書を、以前にも増して頻繁に送り続けていた。
『リリアーナ様は、本日もほとんど誰とも口を利かず、虚ろな目で過ごしておられました。ですが、時折、お一人でエレオノーラ様のことをお名前で呼び捨てにしながら、激しい憎悪の表情を浮かべられることがございます。その際、お部屋の花瓶の水面が激しく揺れたり、窓ガラスがカタカタと不気味な音を立てたりする現象が、数度確認されました。まるで、リリアーナ様の強い感情が、周囲の物に直接影響を与えているかのようでございます。お部屋の空気も、時折、息が詰まるほど重苦しくなり、わたくし、正直申し上げて、少し怖ろしゅうございます……リリアーナ様は、本当に……』
アネットは、わざと恐怖を強調して書くことで、エレオノーラ様の歓心を買おうとしていた。そして、それは見事に成功していた。
その報告書を、王都の別邸で読んだエレオノーラは、満足げに、そして恍惚とした表情で唇を歪めた。
「フフ……フフフフ! いい傾向だわ。実に、素晴らしい! やっと、目覚めてきたようね、リリアーナの『本当の力』が!」
彼女は、窓の外に広がる王都の喧騒を見下ろしながら、まるで最高の脚本を思いついた劇作家のように、独りごちる。
「憎しみが、あの子の『力』を、より強力に、そしてより不安定に引き出しているのね。やはり、感情こそが、魔法の最高の触媒だわ。特に、純粋で強烈な、負の感情はね」
彼女は、アネットに返信を認めた。
『アネット、あなたの報告はいつも的確で、わたくしを大変楽しませてくれますわ。リリアーナ様のその『変化』は、もしかしたら、あの『アリアの呪い』が、いよいよ本格的に進行し始めた証拠なのかもしれませんね。引き続き、些細なことでも報告なさい。そして、あの子が、その力をさらに『解放』できるよう、それとなく誘導してあげてもよろしくてよ。例えば……そうね、わたくしの『悪行』の噂でも、もっと大げさに、そして面白おかしく脚色して、あの子の耳に入れてあげたらどうかしら? フフフ……きっと、素晴らしい反応を見せてくれるでしょうね♥』
【リリアーナ視点】
わたくしは、自分の身に起こる奇妙な現象に、言いようのない恐怖を感じていた。
この力は、やはり呪いなのだ。エレオノーラ様の言う通り、エドガー先生の報告書にあった通り、わたくしは危険な存在なのだ。わたくしの憎しみが、この力を呼び覚まし、周囲に災厄をもたらそうとしているのだ。
でも、それと同時に、心のどこかで、この力がエレオノーラ様への憎しみの表れであるならば、と、黒く歪んだ、ある種の全能感にも似た感情が鎌首をもたげるのも感じていた。
もっと強く。もっと激しく。あの女を、この手で……!
そんな危険な考えが、わたくしの心を、まるで甘い毒のように支配し始めていた。
アネットは、エレオノーラ様の指示通り、わざとらしく「エレオノーラ様は、本当に素晴らしい方ですわね。それに比べて、リリアーナ様は……まあ、お可哀想に、呪われたお力をお持ちだなんて」などと、わたくしの神経を逆撫でするようなことを、毎日のように囁き続けた。
そのたびに、わたくしの憎悪は燃え盛り、部屋の何かが、またカタカタと、以前よりも激しく音を立てる。
破滅への序曲が、静かに、しかし確実に、そのおぞましい音量を上げていた。
そして、エレオノーラ様が仕掛ける、次の、そして決定的な『舞台』の幕が、すぐそこまで迫っていることを、わたくしはまだ知らなかった。ただ、胸騒ぎだけが、日増しに強くなっていた。