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クララ様にまで見放されてから、わたくしの学院生活は、本当の意味で針の筵となった。
以前はまだ、遠巻きの好奇や、ほんの少しの同情が混じった視線もあったかもしれない。でも、今は違う。
向けられるのは、明確な恐怖と、侮蔑と、そして時には隠そうともしない憎悪に近い敵意。
わたくしが廊下を歩けば、まるで汚物でも避けるかのように人々が道を明け、その背後で「魔女が通るわ」「あの方の力で呪われるかもしれないから、目を合わせないようにしましょう」と、わざと聞こえるように囁き合う。
教室では、わたくしの席の周りだけが、まるで汚染地帯のように誰も近づかない。誰も、わたくしに話しかけてはこない。わたくしも、誰にも話しかけない。
ただ、息を殺して、この悪夢のような時間が過ぎるのを、ひたすら待つだけ。それは、まるで生きたまま墓の中にいるような感覚だった。
そして、何よりもわたくしの心を抉ったのは、アルフォンス殿下の態度の変化だった。
あれほど優しく、わたくしの拙い話にも真剣に耳を傾けてくださった殿下が、今では、わたくしと視線が合っても、気まずそうに、そしてどこか冷ややかに逸らしてしまう。
以前のように、気さくに声をかけてくださることも、もうなくなった。
食堂で、わたくしが一人で食事をしているのを見ても、気づかないふりをする。
そして、代わりに、殿下の隣には、いつもエリス・ミラー様の太陽のような笑顔があった。
二人は、楽しそうに言葉を交わし、時には殿下がエリス様の機転の利いた冗談に声を上げて笑っている。その光景は、まるで鋭く熱せられたナイフのように、わたくしの心を何度も何度も突き刺し、焼き焦がした。
――(アルフォンスの内心)――
(リリアーナ・フォン・ヴァイスハイト嬢……。彼女は一体、何者なのだろうか? 最初に会った時は、領民を救ったという聖女のような、清らかで、しかしどこか儚げな、守ってやりたいと思わせる少女だと思った。その不思議な力にも、純粋に惹かれたのは事実だ。しかし、エリス嬢の話を聞き、そして学院内に広まる不吉な噂――彼女の力が古代の危険な『アリアの呪い』に酷似しているという、あの詳細な報告書の一部まで、父上の側近から極秘に見せられてしまった――を耳にするたびに、私の心は嵐のように揺らぐのだ。エリス嬢は、涙ながらにリリアーナ嬢からの『見えない圧力』や『度重なる陰湿な嫌がらせ』を訴える。彼女の言葉に嘘があるようには、どうしても思えない。だが、リリアーナ嬢が、あのような美しくも悲しげな顔で、そんな陰湿なことを本当にするのだろうか? しかし、彼女のあの力は、確かに常軌を逸している。もし、本当にそれが危険なものであり、彼女自身もその闇に染まっているとしたら……王太子として、そしてこの国の未来を担う者として、私はどう判断すべきなのだ……? エリス嬢の明るさと聡明さは魅力的だが、リリアーナ嬢のあの瞳の奥の深い悲しみも、なぜか私の心を捉えて離さないのだ……)
アルフォンスは、答えの出ない問いに、深く、そして誰にも言えぬ苦悩を抱えていた。
【リリアーナ視点】
わたくしは、殿下のその変化を、痛いほど感じ取っていた。
彼の美しい青い瞳に、以前のような温かい光はなく、代わりに、困惑と、疑念と、そしてほんの少しの、まるで汚れたものを見るかのような恐怖の色が浮かんでいるのを。
ああ、殿下も、わたくしを信じてはくれなかったのだ。わたくしの言葉ではなく、エリス様の涙と、あの人の流した嘘の情報を信じたのだ。
わたくしが抱いた、ほんの僅かな、淡雪のような希望も、また、無残に踏みつけられて消えていく。エレオノーラ様の言う通り、わたくしには幸せになる資格などないのかもしれない。
もう、この学院にいること自体が、耐えられないほどの苦痛だった。毎日、目に見えない無数の針で全身を刺されているような、息詰まるような感覚。
そんな時、追い打ちをかけるように、エレオノーラ様から手紙が届いた。
そこには、いつものように美しい、しかし毒を含んだインクで、こう綴られていた。
『愛しいリリアーナ様。学院でのご生活、慣れないことも多く、さぞかし大変な思いをされていることと存じます。王都からは、あなた様に関して、いくつかの心ない、そして事実無根の憶測も流れていると聞き、わたくしは胸を痛めております。でも、リリアーナ様、これこそが、王太子妃となるための、そして偉大なヴァイスハイト家の一員としての、試練なのです。どうか、強くお心を保ち、いかなる困難にも負けずに、ご自身の清らかさと真実を、その行いで証明してくださいまし。わたくしは、いつでもあなたの味方です。遠い領地から、あなたの輝かしい未来と成功を、心よりお祈り申し上げておりますわ。愛を込めて』
その言葉の一つ一つが、偽善に満ちた刃となって、わたくしの心をさらに深く抉った。
試練? 清らかさの証明? 味方?
全て、嘘だ。この人が、全ての元凶なのに。この人が、わたくしをこんな地獄に突き落としたのに。どの口がそんなことを言えるというのだろう。
部屋に戻ったわたくしは、その手紙を、ありったけの力の限り握りつぶした。
ビリビリと音を立てて破り捨て、暖炉の火に投げ込む。
メラメラと燃え上がり、灰になっていく手紙を見つめながら、わたくしの心の奥底で、今まで必死で抑え込んできた、黒く、熱く、そしてどうしようもなく激しい何かが、ついに爆発した。
それは、純粋な、そして底なしの、エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイトという女への憎悪だった。
あの女さえいなければ。あの女が、わたくしの人生に現れさえしなければ。
お母様も、お父様も、クララ様も、そして殿下も……みんな、わたくしから奪っていった。わたくしの……私の全てを、あの女が壊したのだ。
(エレオノーラ……!! あなただけは……あなただけは、絶対に許さない……!! いつか、必ず、この手で……この手で、あなたを地獄の底へ引きずり下ろしてやる……!!)
しかし、それは、今のわたくしにはあまりにも無力な、空虚な怒りだった。その激しい憎悪は、行き場を失い、ただわたくし自身の心を焼き焦がし、絶望をさらに深い、底なしの淵へと変えていくだけだった。
もう、わたくしには、何も残っていない。
この、燃えるような憎しみ以外は。
そして、その憎しみこそが、わたくしを『悪役令嬢』へと完成させる、最後の一滴となるのかもしれない。