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王都に到着して数日後、わたくしは用意された馬車に乗り、王立貴族学院の壮麗な門をくぐった。
白い大理石で作られた校舎は、まるでお城のようで、手入れの行き届いた広大な庭園には、見たこともないような美しい花々が咲き誇っている。噴水からは、きらきらと光る水しぶきが上がっていた。
そこには、この国の上流貴族の子女たちが、流行の最先端を行くであろう華やかなドレスや、仕立ての良い制服に身を包み、楽しげに談笑していた。その、自信と気品に満ち溢れた空気に、わたくしは思わず気後れしそうになる。
わたくしの姿を見つけると、彼らの視線が一斉にこちらに集まった。馬車から降りたわたくしに、好奇、羨望、嫉妬、そして侮蔑――様々な感情が混じった視線が、容赦なく突き刺さる。
『あれが、ヴァイスハイト家の……リリアーナ様?』
『まあ、なんてお美しい方……でも、噂通り、どこか影がおありですわね』
『本当に、聖女様のような力をお持ちなのかしら?』
『お継母様との仲が、よろしくないとか……』
『王太子殿下のご婚約者候補ですって? 信じられないわ』
わたくしは、思わず俯き、アネットの後ろに隠れるようにして校舎へと向かった。
指定された教室に入ると、そこでも同じような視線に迎えられた。
わたくしの席は、窓際の、少し離れた場所だった。誰も、わたくしの隣に座ろうとはしない。まるで、触れると穢れるとでも言うかのように、わたくしの周りだけ、ぽっかりと空間が空いていた。
やがて、教師が入り、ホームルームが始まった。
自己紹介の順番が回ってくる。
「リリアーナ・フォン・ヴァイスハイト、ですわ。……よろしく、お願いいたします」
心臓は早鐘のように鳴り、声は蚊の鳴くようにか細く震えてしまった。練習したはずの笑顔も、きっと引きつっていたことだろう。
教室はしんと静まり返り、誰も、何の反応も示さなかった。ただ、値踏みするような、冷たい視線が突き刺さるだけ。アネットは、もちろん学内には入れず、今は学院の外で待機しているはずだ。ここでは、本当に、本当の意味で一人なのだ。
昼食の時間。
わたくしは、広大な食堂の隅にあるテーブルで、一人、ほとんど手もつけずにサンドイッチを見つめていた。
周りのテーブルは、楽しげな笑い声で満ちているのに、わたくしの周りだけ、空気が違う。誰も近づいてこない。
(やっぱり、わたくしは、どこへ行っても一人なんだわ……。エレオノーラ様のいない場所に来ても、何も変わらないんだ……)
そう思った時、ふいに、頭上から穏やかで、しかし芯のある声がした。
「君が、リリアーナ・フォン・ヴァイスハイト嬢かい?」
驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは、わたくしが今までに見たどんな男性よりも美しい青年だった。
太陽の光を溶かし込んだような、輝く金色の髪。
夏の空のように、どこまでも澄んだ青い瞳。
整った顔立ちは、まるで神が丹精込めて作り上げた彫刻のようで、その立ち姿には、生まれながらの王族としての気品と威厳が溢れていた。
王太子、アルフォンス・ルキウス・エーデルシュタイン殿下。
わたくしの、婚約者となる(かもしれない)お方。
彼は、わたくしが呆然としているのを見て、優しく微笑んだ。その笑顔は、まるで太陽のように眩しく、わたくしの心の氷を少しだけ溶かすかのようだった。
「驚かせてしまったかな? 僕はアルフォンスだ。ここでは、殿下ではなく、アルフォンスと呼んでくれると嬉しい。君の素晴らしい噂は、王都でも聞いているよ。領地で、多くの人々を救ったと。まさに『聖女』のようだね」
「あ……。アルフォンス、殿下……」
わたくしは、慌てて立ち上がり、淑女として最高の礼を取ろうとしたが、緊張で膝が震えてしまった。
「ああ、そんなに固くならないで。ここでは、僕も一人の生徒だよ」
殿下は、そう言うと、なんと、わたくしの向かいの席に腰を下ろした。
周囲の視線が、一気にこちらに集中するのが分かった。驚き、戸惑い、そして、特に女性徒たちからの、針のように痛い、嫉妬の視線。
「君の、その『奇跡の力』について、とても興味があるんだ。もしよければ、いつか、僕にも見せてはくれないだろうか? もちろん、無理強いはしないけれど」
彼の声は優しく、その青い瞳は、純粋な好奇心で輝いているように見えた。そこには、エレオノーラ様のような悪意も、領民たちのような盲信も感じられなかった。ただ、わたくしの持つ『力』そのものへの、知的な関心があるように思えた。
わたくしは、その眩しさと、思いがけない優しさに戸惑いながらも、頬が熱くなるのを感じた。
「……は、はい……わたくしで、よろしければ……」
そう答えるのが、精一杯だった。
アルフォンス殿下は、わたくしの答えに満足そうに微笑み、その後も、学院のことや、王都のことなどを、気さくに話してくれた。わたくしは、ほとんど相槌を打つことしかできなかったけれど、それでも、生まれて初めて、同年代の男性と、こんな風に穏やかに話したかもしれない。
わたくしの心に、また、小さな、本当に小さな希望の光が、ポッと灯った。この方となら、もしかしたら……。
しかし、その光は、周囲の冷たい視線によって、すぐに揺らぎそうになる。
食堂のあちこちから、わたくしと殿下に向けて、嫉妬と敵意に満ちた視線が突き刺さっていた。
特に、取り巻きを連れた、ひときわ華やかなピンク色のドレスの令嬢の一団は、まるでわたくしを殺さんばかりの目で睨みつけている。
――ああ、やはり。
わたくしの「幸せ」は、長くは続かないのだ。
王都での生活も、学院での生活も、やはり、茨の道なのだと、わたくしは早くも予感させられていた。そして、その茨は、きっとエレオノーラ様が、遠くからでも巧みに操っているに違いなかった。