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疫病の村での「奇跡」以来、わたくしは「ヴァイスハイト家の聖女様」として、領民たちから熱狂的な称賛を浴びる日々が続いていた。
行く先々で感謝の言葉をかけられ、花を贈られ、子供たちはわたくしの周りを嬉しそうに、まるで天使を見るかのように目を輝かせて走り回った。
エレオノーラ様も、そんなわたくしを「領民の希望の星ですわ。あなたのおかげで、この領地は救われました」と、ことあるごとに褒めそやし、時には小さな村の祭りや、教会の慈善活動に、わたくしを伴って参加することもあった。
そこで、わたくしが病人に手をかざし、その苦痛を和らげる(ように見える)と、人々はさらに熱狂し、わたくしを崇め奉った。その純粋な信仰は、少し怖いくらいだった。
最初は戸惑いばかりだったけれど、人々の純粋な感謝と、その温かい笑顔に触れるうちに、凍りついていたわたくしの心も、ほんの少しずつ、本当にほんの少しずつだけれど、溶け始めているのを感じていた。
もしかしたら、本当に、わたくしはこの力で誰かを幸せにできるのかもしれない。エレオノーラ様も、それを喜んでくれている。お父様も、最近はわたくしを誇らしげに見ている。
そんな、甘い、愚かな夢。
わたくしは、久しぶりに、鏡の前で、ほんの少しだけ微笑む練習さえしていた。それは、まだぎこちないけれど、確かに、以前のわたくしにはなかった笑顔だった。
その頃、エレオノーラの私室では、全く別の時間が、冷たく、そして緻密に流れていた。
重厚な書斎机に向かうエレオノーラの前には、家庭教師エドガーが、何冊かの古びた羊皮紙の文献の写しを広げ、神妙な面持ちで報告をしていた。その部屋の空気は、リリアーナが浴びている陽光とは対照的に、どこまでも冷え切っていた。
「エレオノーラ様。例の件、調査を進めておりますが……リリアーナ様の『お力』に酷似した記述を、いくつかの古文書にて発見いたしました」
エドガーの声は、わざとらしく抑えられ、聞く者に不吉な予感を抱かせる響きを帯びていた。もちろん、エレオノーラの指示通りだ。
エレオノーラは、興味深そうにその写しに目を落とす。それは、彼女がエドガーに「発見」するよう命じた、リリアーナの力を貶めるための、都合の良い記述ばかりだった。
そこには、こう記されていた。
『古の時代、花を咲かせ、病を癒す類稀なる力を持つ乙女あり。人々は彼女を“陽光の聖女アリア”と崇め奉りしが、その力は月の満ち欠けと共に制御不能なほど増大し、やがて周囲に災厄をもたらすようになる。癒しの光は全てを焼き尽くす業火へと変じ、恵みの雨は全てを押し流す大洪水となった。聖女は民を惑わした魔女と蔑まれ、その裏切りに絶望し、自らその力を暴走させ、国一つを滅ぼした末、火刑に処された。その力は、後に『アリアの呪い』と呼ばれ、最も忌むべき禁忌の力として歴史に刻まれた……』
もちろん、これはエドガーが複数の文献から都合の良い部分を巧みに繋ぎ合わせ、あるいは加筆して「創造」した、真っ赤な偽りの物語だ。
エドガーは、エレオノーラの表情を注意深く窺いながら続けた。
「……ご覧の通り、リリアーナ様の力は、この文献に記された『アリアの呪い』の初期症状と、あまりにも酷似しております。最初は祝福とされますが、術者の感情の高ぶりや、特定の天体の配置により、その力は次第に破壊的なものへと変貌し、最終的には術者自身をも、そして周囲をも破滅させる……と。他の文献にも、同様の記述が散見されます」
もちろん、それらもエドガーが丹念に「準備」し、信憑性があるように見せかけたものだ。
「……まあ、お労しい。リリアーナ様が、そのような恐ろしい呪いをその身に宿していたとは……。わたくし、何も知らずに、あの子に力を使わせてしまっていたなんて……」
エレオノーラは、悲しげに眉を寄せ、美しいレースの扇で口元を覆った。しかし、その扇の陰で、彼女の瞳は愉悦に細められている。
「エドガー先生、ご苦労様でした。この報告書を、正式なものとしてまとめ上げなさい。そして、然るべき機関――まずは、王都の大教会、そして魔導院、さらには……そうね、王太子殿下の側近の方々にも、それとなく情報が伝わるように、手配をお願いできますかしら? リリアーナ様をお救いするためにも、専門家の方々のご意見を伺わなくてはなりませんものね」
彼女の声は、甘く、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。
「もちろん、リリアーナ様ご本人には、まだ何も知らせる必要はありませんわ。あの子には、もう少しだけ『聖女』としての夢を見ていていただかないと。その方が、真実を知った時の衝撃も、そして周囲の方々の反応も、より劇的なものになるでしょうから」
悪魔のような言葉を、彼女は聖母のような、憂いを帯びた微笑みで紡ぐ。
エドガーは、その言葉に含まれた真の意図を正確に理解し、深々と頭を下げた。
「かしこまりました。全て、エレオノーラ様のお心のままに。リリアーナ様が『正しく』導かれるよう、微力ながら尽力いたします」
エドガーが退室した後、エレオノーラは一人、窓辺に立ち、遠くで領民たちに囲まれ、ぎこちないながらも笑顔を見せているリリアーナの姿を眺めた。
(フフフ……ああ、なんて愚かで、愛おしいのかしら、私のリリアーナ。今のあなたは、本当に輝いて見えるわ。でもね、その輝きは、あなた自身を焼き尽くすための、松明の炎なのよ)
彼女は、リリアーナのその「善行」の数々が、やがて彼女自身の首を絞める、何より強力な「魔女の証拠」となることを確信し、ほくそ笑んだ。
リリアーナの知らないところで、彼女の破滅へのカウントダウンは、もう始まっているのだ。
偽りの陽光は、やがて漆黒の闇へと変わる。その瞬間を、エレオノーラは、最高のデザートを待つかのように、心待ちにしていた。