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 あの、サンルームでの『奇跡』――いいえ、わたくしにとっては紛れもない『呪いの発覚』から、数年の歳月が流れた。

 わたくしは、十四歳になっていた。

 鏡に映る姿は、幼い頃の面影を残しながらも、少しずつ大人の女性へと近づいている。腰まで伸びた真紅の髪は、手入れを怠っているわけではないのに、どこか艶を失っているように見えた。そして、翠の瞳は……かつての子供らしい輝きを完全に失い、今はただ、底なしの井戸のように、何も映さない。時折、その奥に、冷たい炎のようなものが揺らめくのを感じるだけだ。


 エレオノーラ様は、変わらず美しかった。まるで時が止まっているかのように、あの氷のような美貌は少しも衰えていない。むしろ、侯爵夫人としての貫禄と、女としての妖艶さが増し、その支配力は屋敷の隅々にまで、そしてお父様の心にまで、深く、確実に行き渡っていた。


 わたくしの日常は、あの頃と何も変わらない。

 いいえ、変わったのかもしれない。わたくし自身が、より深く、あの人の望む『人形』へと近づいたのだから。

 エレオノーラ様の厳しい監視と、エドガー先生の執拗で屈辱的な『レッスン』は続いていた。でも、わたくしはもう、それに抵抗することも、涙を流すこともなかった。

 ただ、無表情で、言われた通りに動き、叱責を受け流す。まるで、精巧に作られた、魂のない人形のように。アネットが選ぶ美しいドレスを着せられ、アネットが結い上げる髪型をされ、アネットが差し出す食事を、味がしないまま僅かに口にする。

 感情を押し殺すこと。それが、わたくしがこの数年で身につけた、唯一の生存術だった。

 心の中で何を思っていようと、顔には出さない。言葉にもしない。

 そうすれば、あの人の、あの全てを見透かしたような、愉悦に歪む顔を見なくて済むから。ほんの少しだけ。


 お父様は、そんなわたくしの『変化』を、エレオノーラ様の素晴らしい教育の賜物だと信じ込んでいるようだった。


「エレオノーラ、君のおかげで、リリアーナもずいぶんと落ち着いて、淑やかになったな。あれなら、王太子殿下のお妃候補としても、不足はあるまい。君の言う通り、あの子には目標が必要だったのだな」


 時折、そんな言葉をエレオノーラ様に囁いているのを、わたくしは遠くから、何も感じない心で聞いていた。

 王太子殿下との婚約話は、エレオノーラ様が水面下で着々と進めているらしかった。わたくしの意思など、もちろん、ひとかけらも関係なく。

 わたくしは、ただ、また新しい、より大きな舞台に立たされるための、便利な道具でしかないのだ。


 でも、本当に何も感じていないわけではなかった。

 心の奥底、分厚い氷で覆われた、そのさらに奥深くでは、エレオノーラ様への消えることのない憎しみが、黒いマグマのように、静かに、しかし確実に燃え続けていた。

 そして、諦め。どうしようもない、深い深い諦め。

 時折、夜中に一人でいると、自分の指先から、ほんの微かな、温かい光が漏れ出すのを感じることがあった。あのサンルームでの『力』。わたくしは、それが何なのか分からないまま、ただ恐ろしくて、誰にも見つからないように、いつもぎゅっと手を握りしめて隠していた。

 この力が、いつか、何かを変えるのだろうか。わたくしを、この地獄から救い出してくれるのだろうか。

 それとも、これもまた、あの人の手の内であり、わたくしをさらに貶めるための罠なのだろうか。

 そんなことを考えても、答えなど見つかるはずもなかった。


 そんなある日、エレオノーラ様が、わたくしを自室に呼び出した。

 彼女は、いつものように完璧な微笑みを浮かべて、わたくしに告げた。その声は、絹のように滑らかで、甘い毒を含んでいる。


「リリアーナ様。あなたも、もう十四歳。心身ともに、ずいぶんとご立派になられましたわね」


 その言葉には、何の感情もこもっていない。ただ、事実を確認するように。


「そろそろ、あなたのその『特別な力』を、ヴァイスハイト家のために、そして、より多くの人々のために、役立てる時が来たのかもしれませんわね。旦那様も、そうお考えですのよ」


 彼女の瞳が、また、あの妖しい光で輝いた。わたくしを見つめるその目は、まるでこれから最高のショーを始める演出家のように、期待に満ちていた。

 わたくしの胸騒ぎが、警鐘のように鳴り響く。

 ――また、何かが始まる。

 わたくしの意思とは関係なく。

 わたくしを、さらなる絶望へと突き落とす、新しい『ショー』が。そして、その先にある、破滅への道が。


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