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 サンルームでの出来事の後、わたくしは自室に戻っても、ずっと自分の指先を見つめていた。

 あの、枯れたバラが生き返った光景が、何度も何度も頭の中で繰り返される。

 あれは、本当にわたくしがやったことなのだろうか? 夢だったのではないだろうか?

 もしそうなら、この力は、一体何……?

 アネットは、「リリアーナ様は、素晴らしいお力をお持ちなのですね! まるで、物語に出てくる聖女様のようですわ!」と、興奮したように言っていたけれど、その瞳の奥には、好奇と、ほんの少しの恐れが浮かんでいた。その視線が、わたくしを不安にさせた。

 わたくしは、ただ怖かった。自分の体の中に、自分でも分からない何かが潜んでいるという事実が、言いようもなく恐ろしかった。それは、祝福などではなく、何か不吉なものの前兆のように感じられた。


 数日後、エレオノーラ様が、いつになく深刻な顔つきで、お父様の書斎を訪れた。もちろん、その深刻さも計算され尽くした、完璧な演技だ。


「旦那様……リリアーナ様のことで、またご相談したいことがございますの。とても……とても、不思議で、そして、少々気がかりなことが……」


 アルブレヒトは、最近の娘の奇行――もちろん、エレオノーラがそう報告しているのだが――に頭を悩ませていたため、すぐに執務の手を止めた。


「ああ、エレオノーラ。どうしたのだ、そんなに思い詰めた顔をして。またリリアーナが何か……?」

「先日、サンルームでの出来事ですわ。リリアーナ様が、わたくしの目の前で、枯れかけていたバラを、ただ触れただけで、それは見事に蘇らせたのです。それは……それは、本当に素晴らしい、まるで神様の奇跡のような光景でしたわ」


 エレオノーラは、うっとりとした表情で語る。その瞳は潤み、声は感動に打ち震えているように聞こえた。


「なんと! それは本当か、エレオノーラ! リリアーナに、そのような力が……! あの子が、そんな奇跡を……!」


 アルブレヒトは、驚きと喜びで顔を輝かせた。自分の娘が、特別な力を持っている。それは、父親として誇らしいことだろう。ヴァイスハイト家の血筋に、何か特別なものが流れていたのかもしれない、と。

 しかし、エレオノーラは、その喜びの炎に、そっと冷水を浴びせる。


「ええ。ですが、旦那様……わたくし、そのあまりの出来事に、喜びと同時に、少しばかり心配にもなったのです。あのような力は、あまりに常軌を逸しておりますわ。わたくしたちの知らない、何か特別な……もしかしたら、扱いを間違えれば、危険を伴う力なのではないかと……。もし、リリアーナ様ご自身が、その力を正しく制御できないとしたら……? 考えただけでも、恐ろしくて……」


 彼女は、不安そうに眉を寄せ、アルブレヒトの顔を覗き込む。

 アルブレヒトの顔から、みるみるうちに喜びの色が消え、困惑と、そして深い不安の色が浮かんだ。


「確かに……普通の力ではないな。奇跡だとしても、あまりに強大すぎる。もし、それが本当に危険なものだとしたら……ヴァイスハイト家にとって、由々しき事態だ……。リリアーナ自身のためにも、良くないかもしれん」

「ですから、旦那様。リリアーナ様のためにも、そして我が家のためにも、この力を正しく理解し、あの子を正しく導いて差し上げる必要があると、わたくしは思うのです」


 エレオノーラは、真摯な表情で訴える。その瞳には、継子を思う慈母の光が宿っている(ように見せかけている)。


「まずは、家庭教師のエドガー先生に、古代魔法や奇跡の事例、あるいは……そういった力を持つ者が、過去にどのような運命を辿ったか、などについて、詳しく調べていただくのがよろしいかと存じます。知識は、何よりも私達を助けてくれますわ。そして、その上で、教会や、あるいは王家の魔導院にご相談申し上げるべきかもしれません」


 アルブレヒトは、すっかりエレオノーラの言葉を信じ込み、深く頷いた。

 「うむ、君の言う通りだ。まずはエドガーに調査させよう。そして、その結果次第では、専門家の意見も聞かねばなるまい。ああ、エレオノーラ、君がいてくれて本当に良かった。私一人では、どうすれば良いか分からなかっただろう」


 その日のうちに、エレオノーラはエドガーを自室に呼び出した。


「エドガー先生。あなたに、極めて重要な調査をお願いしたいのです」


 彼女は、サンルームでの出来事を(もちろん、彼女の脚色と、リリアーナの異様さを強調して)話し、そして、低い声で付け加えた。


「リリアーナ様の力は、一見すると『祝福』のように見えますが……わたくしは、それが『呪い』、あるいは『禁忌の力』である可能性も否定できないと考えていますの。過去の文献を徹底的に調べ上げ、その力が、いかに危険で、異端であり、そして……周囲に不幸な結末を招くものであるか、その『証拠』を見つけ出してほしいのです」

「しかし、エレオノーラ様……もし、そのような文献が存在しなかった場合は……」


 エドガーが、恐る恐る尋ねる。彼の額には、冷たい汗が滲んでいた。

 エレオノーラは、にっこりと、しかしその瞳は笑わずに微笑んだ。


「あら、エドガー先生。文献というものは、時に『発見』されるものですわ。あるいは……都合よく『解釈』されることも。あなたのその素晴らしい知恵と、ヴァイスハイト家への忠誠心を、わたくしは信じていますわよ。ね?」


 それは、紛れもない、証拠捏造の指示だった。

 エドガーは、ゴクリと喉を鳴らし、深々と頭を下げた。


「……御意にございます、エレオノーラ様。必ずや、お役に立ってご覧にいれましょう」


 エドガーが退室した後、エレオノーラは一人、窓辺に立ち、遠くに見えるリリアーナの部屋を見つめた。


(聖女? いいえ、あなたは魔女になるのよ、リリアーナ)


 彼女の唇に、愉悦の笑みが浮かぶ。


(人々があなたを称賛し、そして、その後に心底から恐怖し、憎悪するように。私が、そのための最高の舞台を用意してあげる。あなたのその『素晴らしい力』が、あなた自身を、そしてあなたに関わる全てを焼き尽くす、呪いの炎となるようにね。フフフ……ああ、なんて楽しいのかしら!)


 リリアーナが一時的にでも「聖女」として持て囃されることすら、エレオノーラにとっては、その後の転落をより劇的にするための、計算され尽くした演出の一部でしかなかった。

 悪魔の計画は、静かに、そして着実に、次の、より残酷な段階へと進み始めていた。


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