18
アネットという名の『歪められた鏡』が、わたくしの専属メイドになってから、わたくしの心は、本当に何も感じなくなった。いや、感じないように、必死で蓋をしていたのかもしれない。
彼女は、一日中わたくしのそばにいて、かいがいしく世話をする。でも、その言葉の一つ一つが、見えない針のようにわたくしの心をチクチクと刺し、エレオノーラ様の影を常に感じさせた。
食事も、着替えも、全てが苦痛だった。
わたくしは、ただ息をしているだけの、生きた人形。金網の張られた窓から見える空は、いつも鉛色をしていた。
もう、ルビーが来ることもない。
ただ、虚無だけが、わたくしの世界を、音もなく満たしていた。
そんなある日、アネットが、小さな鉢植えを持って部屋に入ってきた。
それは、数輪の小さな紫色の花をつけていたが、葉は力なくしおれ、茎は頼りなげに傾いていた。もうすぐ枯れてしまいそうな、可哀想な花。今のわたくし自身を映しているかのようだった。
「リリアーナ様、エレオノーラ様からですわ。『少しでもお部屋が明るくなればと思って』と、このお花を飾るように、と仰せでした。エレオノーラ様は、いつもリリアーナ様のことばかりお考えですのね」
アネットは、その鉢植えを、窓辺の小さなテーブルに置いた。
エレオノーラ様の差し金。きっと、この枯れかけた花で、わたくしの心をさらに弄ぼうというのだろう。あるいは、わたくし自身がこの花のようだ、とでも言いたいのもしれない。見せしめのように。
わたくしは、何も言わず、ただその花を虚ろな目で見つめた。美しいとも、可哀想だとも、何も感じなかった。
アネットは、部屋の掃除を始め、わたくしにはもう関心を払わなくなった。
わたくしは、ベッドからゆっくりと起き上がり、まるで何かに引かれるように、ふらふらと窓辺へ歩み寄った。
目の前の、枯れかけた紫の花。
その、力なく垂れた花びらに、わたくしは、なぜか無意識に指先でそっと触れた。
何も感じない。何も思わない。ただ、ほんの少しだけ、昔、北庭で白いバラに触れた時の、あの柔らかい感触を思い出したような気がした。でも、その記憶も、すぐに霧の中に溶けて消えていく。
数時間後。アネットが、水差しを持って鉢植えに近づいた。
「あら……?」
彼女が、小さく声を上げた。
わたくしは、ベッドの上からぼんやりと彼女を見ていた。また何か、わたくしを貶めることでも見つけたのだろうか。
「このお花……少し、元気になったような……?」
アネットは、不思議そうに首を傾げながら、しおれていたはずの花びらが、ほんの少しだけ上を向き、葉の色も心なしか濃くなっているのを見つめている。
「……気のせいかしら。でも、さっきまでは、もっとぐったりしていたはずなのに。水もまだあげていないのに……」
彼女は、怪訝な顔でわたくしを一瞥したが、すぐに「まあ、いいわ。エレオノーラ様からの頂き物ですもの、枯らすわけにはいかないわね」と水やりを済ませた。
アネットは、その時は気のせいだと思ったのかもしれない。
でも、その数日後。彼女が、部屋の隅に飾ってあった、もう何日も誰も世話をしていなかったはずの観葉植物の葉が、不自然なほど生き生きと艶を取り戻しているのを目撃した。そして、その前日、わたくしがその植物のそばに、ただぼんやりと立っていたことを思い出した。
アネットは、その奇妙な出来事を、些細なことまで全て、エレオノーラ様に詳しく報告した。
「――リリアーナ様が触れた、あるいはそばにいらした植物が、元気になる……ですか。それは、興味深いですわね」
報告を聞いたエレオノーラは、その美しい唇に、意味ありげな、そしてどこか愉悦を湛えた笑みを浮かべた。
「もしかしたら、あの子には、わたくしたちの知らない『特別な力』があるのかもしれませんわね。フフ……面白いことになってきたわ。ええ、とっても」
彼女の瞳の奥で、新たな、そしてさらに残酷で、リリアーナを社会的に抹殺するための完璧な計画が、静かに、しかし確実に芽生え始めていた。
リリアーナの、無意識の小さな奇跡は、悪魔の手に渡る、新たな絶望の種となるのだ。それは、やがて『呪いの力』と呼ばれることになる。