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色も音も物語も、そして安らぎの庭さえも失ったわたくしの世界で、唯一、か細く震えながらも残っていた光。それは、遠い北の辺境伯領に住む、一つ年上の従姉妹、ソフィア様との手紙のやり取りだった。
ソフィア様は、わたくしの亡きお母様の姪にあたる方で、わたくしが生まれる前から知っている、本当のお姉様のような存在。お母様が亡くなった時も、誰よりもわたくしを心配し、温かい言葉の綴られた手紙を何度も送ってくれた。その優しい文字は、凍てついたわたくしの心を、ほんの少しだけ溶かしてくれるようだった。
エレオノーラ様が来てからは、手紙を書く時間も気力もほとんどなかったけれど、それでも月に一度、ソフィア様から届く手紙だけが、わたくしがまだこの広い世界と繋がっている証のように思えた。
お父様に拒絶され、部屋に閉じ込められてから数日後。わたくしは、震える手でペンを取り、インク壺を開けた。ソフィア様への手紙を書くためだ。
エレオノーラ様のことを直接書くのは怖かった。この手紙も、あの人に見られるかもしれないから。
でも、わたくしは精一杯のSOSを込めた。『新しい生活にまだ慣れず、戸惑うことばかりです』『少し寂しいけれど、わたくしは元気に過ごしております』――どうか、この行間に隠されたわたくしの苦しみに気づいてほしい。
『ソフィア様は、どうお過ごしですか? また、お会いしたいです』
そう結んで、メイドに頼んで手紙を出してもらった。
ソフィア様なら、きっと、わたくしの心に寄り添ってくれるはずだ。そして、また温かい言葉をくれるはずだ。わたくしは、その返事を、最後の希望として、ただひたすらに待ち続けた。
その頃、エレオノーラは侯爵家の書斎の一角で、毎日屋敷に届けられる郵便物の束を、まるで女王のようにチェックしていた。もちろん、アルブレヒトには「旦那様のお手を煩わせないように、わたくしが整理いたしますわ。大事な社交のお手紙を見落としては大変ですもの」と微笑んで許可を得ている。
彼女の真の目的は、ヴァイスハイト家に出入りする全ての情報を把握し、コントロールすること。特に、リリアーナに関するものは、一通たりとも見逃さない。
彼女は、リリアーナ宛の、ソフィアからの手紙を見つけた。美しい文字で綴られた、リリアーナを心配し、励ます言葉が満ちている。『辛い時は、いつでも私を頼って』と書かれている。
「フン、まだこんな余計な繋がりがあったのね。本当に、邪魔ばかりしてくれるわ」
エレオノーラは、その心のこもった手紙を冷たく一瞥すると、何のためらいもなく、ビリビリと、蝶を引き裂くように細かく破り捨てた。
そして、先日リリアーナが出した手紙も、すでに彼女の手によって握りつぶされ、暖炉の灰となっていた。
「これで、おしまい。あなたは、誰にも助けを求められない。あなたの声は、もう誰にも届かないのよ、リリアーナ。ついでにこのソフィアとかいう女、暗殺してしまおうかしら?」
彼女は、くすくすと、悪魔のように楽しげに笑いながら、破り捨てた手紙の紙片を、屑籠へと捨てた。
一日、また一日と、日は過ぎていく。
窓の外の景色は変わっても、わたくしの部屋には、ソフィア様からの返事は届かなかった。
いつもなら、もう届いているはずなのに。
(どうして……? ソフィア様も、わたくしのことを見捨ててしまったの……?)
わたくしが、わがままで、出来損ないで、不気味な子だから? エレオノーラ様の言う通りだから? やはり、わたくしは誰からも愛されない存在なの?
その考えが、冷たい毒のように心を蝕んでいく。
最後の光が、ぷつりと音を立てて消えた気がした。
もう、わたくしを気にかけてくれる人なんて、この世界のどこにもいないんだ。
涙さえ、もう流れなかった。心があまりにも乾ききって、涙すら作れないのだ。
そんなある日、エレオノーラ様が部屋を訪れた。その手には、美しい便箋とインク壺。
「リリアーナ様、元気がないようですわね。そうだわ、気分転換に、どこかにお手紙でも書いたらどうかしら? 遠くのご親戚とか……例えば、ソフィア様とか。きっと、喜んでくださいますわよ?」
彼女は、心底心配しているかのような顔で、しかし、その瞳の奥は残酷なまでに楽しげに笑いながら、そう提案した。
わたくしは、その悪魔のような言葉に、何も答えることができなかった。
ただ、空っぽの目で、彼女を見つめ返すだけだった。
エレオノーラ様は、そんなわたくしの反応を見て、満足げに微笑んだ。
わたくしの、最後の繋がりが断ち切られたことを、彼女は知っているのだ。そして、その傷口に、わざわざ塩を塗りに来たのだ。
わたくしの世界は、今、本当に、完全な沈黙と、底なしの孤独に包まれた。