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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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9話: 剣に刻まれし者、記録を越えて

存在を抹消する“記録処理者”との激突。

名を奪われること、それは“生きていた証”をなかったことにされること。

真夜と三魔女の絆は、記録の暴威を押し返し、“魂を名で繋ぐ”意味を刻み込んだ。


だが代償は、確実に彼の身を蝕み始めていた――

ラグナが、剣としてではなく“意思ある存在”として、囁き始める。


神殿もまた、“記録”では止められない異端を認識し、新たな対抗手段を動かす。

次に迫るのは、“血で抑えられた封印”――剣の起源が動き出す。

夜が明けきる直前の空は、まるで剣の刃先のように鋭く澄んでいた。

小鳥たちがさえずり始め、遠くの森からは風のざわめきが届く。


しかし、その静けさは“自然の安らぎ”ではなく、

嵐の前の――張り詰めた空気だった。


 


「……ラグナ」


焚き火のそばで腰を下ろしていた真夜は、

背中に背負う剣へ視線を落とした。


鞘に収まっているはずのそれが、皮膚越しに熱を伝えてくる。


呼吸に合わせて、微かに震えている。

まるで、心臓を持つ生き物のように。


 


(……また“脈打ってる”)


これで三度目だ。


アリエルとの契約を終えた夜から、

ラグナは明らかに“自律的に反応”するようになっていた。


握っていなくても、意識していなくても――

剣は彼の体温に逆らい、鼓動を刻んでくる。


 


(名を刻むごとに、俺の中に……何かが宿ってる?)


その思考の途中で、背後から足音が近づいた。


 


「……起きてたんだ」


アリエルだった。


昨夜と同じ、白い衣に包まれた姿。

だが、その瞳にはもう以前のような“閉ざされた光”はなかった。


「朝の空気って、こんなに透き通ってたんだね。

 前は、何もかも眩しすぎて……顔を上げられなかったのに」


 


「……君が変わったんだよ」


真夜は、静かに笑う。


「今の君なら、この空の青さにちゃんと名前をつけられる」


 


アリエルは微笑みながら、焚き火の向こうに腰を下ろした。


その距離は、“恋人のような親密さ”ではない。

だが――確かに“名を共有した者同士の間柄”だった。


 


「……でも、君は?」


 


「え?」


 


「君自身は、大丈夫なの?

 さっきから……ラグナの鼓動が、あなたの“心臓”と別に響いてる」


 


真夜は肩越しにラグナを見た。


確かに剣は沈黙している。

けれど、皮膚の奥――骨の芯の奥で、“熱の根”のようなものが蠢いている。


 


「……わからない。

 でも、たぶん――剣の意思が、俺の中で生き始めてる」


 


アリエルの表情が翳る。


「それって……危険なんじゃない?

 “刻まれる者”と“刻む者”の区別がなくなっていくってことじゃ……」


 


真夜は小さく頷いた。


「名を呼ぶことが、力になるってことは、

 名を呼びすぎたら――“俺自身”が、剣に飲まれるってことかもしれない」


 


アリエルは言葉を失った。


そのとき、風が一陣、焚き火を撫でた。

赤く揺れる火が、まるで“目を覚ます”ように軋む。


 


「……来るよ」


 


アリエルが呟いた。


「空気が歪んでる。どこかで“名を封じる意思”が近づいてる」


 


場面は変わる。


 


──神殿・第三処理層。


純白の石壁に囲まれた記録の間。

そこには、“世界に存在してはならない名前”だけが、静かに書き込まれている。


 


その中心に、ひとりの男がいた。


長い白装束。

顔を隠す仮面。

そして背中には、何も映さぬ“黒鏡の板”。


 


「観測対象:真夜。

 契約数、三。

 影響度、第III階位。

 剣との同化傾向、異常に達す」


 


男は、静かに手をかざす。


“記録封印板”が揺れ、その表面にひとつの名前が浮かぶ。


《ラグナ=スロート:管理番号X-∞-00》


 


「抹消対象、決定。

 処理者部隊、追跡権限解除。

 ――名の異常拡散を、ここで止める」


 


その言葉に応じて、白装束の一団が現れる。


無言。無感情。

彼らの武器は剣ではない。記録だ。


“存在そのもの”を閉じる、神殿の最後の矛――


“処理者”が、今、歩き出した。

「来る……!」


アリエルがふいに振り返った。


彼女の白金の髪が、まるで空気の裂け目をなぞるように揺れる。

空は青いのに、太陽の光が届かない。

重く、乾いた“気配”が、斜面の木々をひとつひとつ無音でなぎ倒していた。


 


「気圧じゃない。これは……記録の上書きだ」


ルーナがすぐに周囲を見渡す。


「空気そのものが、“私たちの存在情報”を書き換えようとしてる」


 


「つまり……消しにきてるってことか」


真夜が小さく呟く。


その背で、ラグナが低く脈打った。

通常の共鳴とは違う。

それは――獣が“縄張りに侵入者を察知した”ときのような、暴力的な“身震い”だった。


 


アリエルが、苦しげに目を押さえた。


「……視える。

 彼らの歩く跡には、何も残っていない。

 草も、虫も、空気の流れさえも……“そこにあったこと”が消えてる」


 


セリスが前に出る。


「処理者か……神殿の犬の中でも、最も凶悪な“掃除屋”だな。

 奴らの武器は、剣じゃない。

 “名を奪う術式”そのものが、その存在だ」


 


真夜の視線が、焚き火の炎に落ちる。

わずかに煙が漂ったが、風は吹いていない。


なのに、空間が――“吸い込まれている”。


 


(この違和感……どこかで――)


脳裏を過るのは、“懐かしさ”とも“既視感”とも言い難い、

“何かを失った記憶の残滓”のような痛み。


 


ラグナが、今度は熱を持って疼いた。


皮膚の裏。骨の中。

内臓に直接魔力を流し込まれるような、熱くて痺れる感覚が、喉元までこみ上げる。


 


「ッ……ぐ……!」


真夜が膝をつく。

ラグナの柄が、背の皮膚を焼くように熱くなっていた。


 


「真夜……!」


アリエルが駆け寄ろうとした、その瞬間だった。


――カッ。


目の前の空間に、“白”が現れた。


それは空間を切り裂くようにして現れた。

無音。無色。無言。


そして、**無視できない“絶対の存在感”**だけをそこに置いて、

五体の“記録処理者”が姿を見せた。


 


全身を純白の装束で包み、顔は銀の仮面に覆われている。

背には、“記録封印板”と呼ばれる、黒鏡のような板を背負っていた。


武器は、ない。


だが、空間そのものが彼らを“避けている”。

風も、音も、命も――すべてが圧に押しつぶされていた。


 


「確認。対象:特異契約体 真夜。

 記録逸脱率、第二階位を突破。

 “器との同化反応”発現。処理優先順位を更新」


 


その言葉が発せられた瞬間、空気に“記録”が浮かび上がった。


まるで“存在そのものの履歴”を強制的に書き換えるような、

神殿文字による術式列が空中に重ねられる。


 


「おいおい……」


セリスが吐き捨てるように前へ出る。


「ふざけた神様ごっこだな。

 名前を刻まれたばかりの子を、そんなに簡単に“なかったこと”にできると思うなよ」


 


「セリス、待って!」


ルーナが制止をかける。


「下手に動けば、“こっちの存在”が上書きされる。

 彼らは剣を抜かなくても、“触れただけ”で名を消す」


 


「だったら、名を刻んだこの剣で――触れさせるもんか」


セリスの足元に呪詛の魔力が走る。

地面を焼くような咆哮の気配が、赤黒く広がっていく。


 


だがその一方で――真夜の体は、さらに異常を示していた。


背から滲む汗。

肺が焼けるような圧迫。

ラグナの魔力が、完全に“身体の内側”から沸騰していた。


 


(……まずい。

 ラグナが、俺を“器”と認め始めてる)


 


「……俺の手を、使おうとしてるのか?」


 


“剣を振るう者”ではなく、

“剣が宿る者”として、何かを“始めよう”としている。


 


「真夜……聞いて……」


アリエルが、震える声で囁く。


「私、“視えた”の。

 ラグナは、これ以上名を刻めば、“器を食う”。

 君の記憶も、“君の名前”すら……吸い込んでしまう」


 


だが、真夜の瞳は静かだった。


その奥にあったのは、恐れではなかった。


 


「それでもいい。

 誰かの名が“この世界にある”と証明できるなら……

 その代わりに、俺が“消える”のも悪くない」


 


処理者が、前進する。

封印板を掲げた瞬間、アリエルが彼の前に立つ。


「やらせない……。

 今の私は、“視える”だけじゃない。

 視えたからこそ、“選べる”。

 私は、“名を奪う”側じゃなく、“名を護る”側にいる!」

「抹消、開始」


 


処理者たちが一斉に封印板を掲げた瞬間、空気が音を失った。

術式が展開されたわけではない。

ただ“存在が拒まれる”だけで、空間が沈んでいく。


その白い板が向けられた先に立つ者は、

呼吸すらできなくなる。


 


「っ、重い……!」


セリスが歯を食いしばる。


全身に張りつく“記録圧”――それは、

名を持つ者が“記録を書き換えられる痛み”として、直接神経に突き刺さっていた。


 


「そんなもんで――私の名前が消せるかよ!!」


彼女が叫び、地面を踏み鳴らす。


咆哮が魔力を震わせ、地面を赤黒く走らせる。

呪詛の奔流が処理者の術式を撥ねつけ、数歩、後退させた。


 


「“消す魔法”には“叫ぶ魂”で抗うんだよ!!」


 


「隙間、作るよ!!」


ルーナが低く指を鳴らす。


風の刃が放たれ、処理者たちの脚部を削る。

それでも無言。だが、明らかに彼らの術式が乱れはじめている。


 


「視るからこそ、撃てる!」


アリエルの眼が光り、純白の光線が一条、封印板を貫いた。


記録を上書きする板に、“新しい名の軌跡”が刻まれる。


アリエルの“赦しの光”は、対象を赦さず――ただ、**“名前を残す意志”**として空を駆けた。


 


「……お前たちにとって、名前は“消すもの”かもしれない。

 でも、俺にとって――“刻んだ名”は、仲間であり、命だ!」


 


真夜が立ち上がる。


その背で、ラグナが――赤く、熱く、燃えた。


柄が手の中に吸い寄せられるように収まり、

重さではない“熱の核”が、真夜の腕から全身へと広がっていく。


 


(ラグナ……)


 


聞こえたのは、自分の思考ではない。


それは、**剣の奥底から響いた“記憶のような意志”**だった。


 


《刻め、もっと。名を。声を。命を。記録を。

 そして、“器”ごと飲み干せ》


 


「……俺は飲まれない」


真夜が呟く。

恐怖ではなかった。覚悟だった。


 


「俺は剣じゃない。“名を刻む者”だ。

 たとえ剣に喰われそうになっても――

 “俺が剣を制してみせる!!”」


 


叫ぶようにラグナを振るう。


紅蓮が咆哮し、風が裂け、光が降り注ぐ。


その一閃は、処理者のひとりの“記録構造”を叩き斬った。


白い板が砕け、空気が“元に戻る”。


 


「削除、不能。対象、抗体生成を確認」


残る処理者たちが後退し、無言のまま再構築を開始する。


だがそのときには、三魔女がすでに真夜の両脇に立っていた。


セリスの呪詛が、

ルーナの風が、

アリエルの光が――

真夜の名を、“剣ではなく意志として”支えていた。


 


「おい、真夜」


セリスが片目を細めて言う。


「……今のお前、ちょっとカッコよかったぞ」

静寂――

それは勝利の証ではなく、“抹消されなかったこと”への安堵だった。


砕けた封印板が風に散り、処理者のひとりが空気の中へ融けるように消えていく。

誰の記憶にも残らず、そこにいた事実だけが消えていった。


 


「……終わった?」


セリスの声が低く響く。


「まだ、終わってないよ」


ルーナが隣で呟く。


「“存在を消す”ってのは、敵が消えたって意味じゃない。

 私たちの“記録”が、まだ消されずに残ってるだけ」


 


真夜はラグナをゆっくりと鞘に戻す。


だが、その瞬間だった。


ぐらりと視界が歪む。


脚が勝手に崩れ、膝が地を打った。


 


「真夜!?」


アリエルがすぐに駆け寄る。

けれど彼は、手を振って制止した。


 


「……大丈夫。

 ただ、“一体化”が進んだだけだ」


 


その言葉に、空気が凍る。


彼の左手――手のひらに、燃えさしのような紅の刻印が浮かんでいた。

ルーナ、セリス、アリエルの“名前”が、象徴的な文様として浮き上がっている。


 


それはもはや“契約の証”ではなかった。

“名を刻む者の器”が、剣に“書き換えられ始めている”証だった。


 


「冗談でしょ……」


セリスが震える声で呟く。


「その印……お前自身が、“剣の記録媒体”になってきてるってことじゃ……」


 


「うん」


真夜は、静かに笑った。


「たぶん、あと二、三人刻めば――

 俺の意識も、名前も、“ラグナ”に溶けていく」


 


アリエルの顔が青ざめる。


「それでも、刻むつもり……なの?」


 


「名を呼んで、誰かの心に火がともるなら……

 その代わりに、俺が消えてもいい」


 


真夜の瞳に宿った光は、

誰よりも脆くて、誰よりもまっすぐだった。


 


そのときだった。


彼の内側で、“声”が囁いた。


耳ではない。

脳でもない。


心の底から浮かび上がる、“剣の声”。


 


《刻め、契約者。

 血を継ぐ者の名を。

 この世界に、“原初の契印”を呼び戻せ》


 


「……誰だ……?」


 


「真夜……?」


アリエルが震える声で肩に触れる。

真夜はハッと我に返り、彼女の手をとった。


 


「……大丈夫。まだ、俺は俺だ」


 


セリスがその背中に声をかける。


「全部抱えるつもりか?

 “名を守る”ってのは、そんなに簡単じゃねぇぞ」


 


「だからこそ、俺がやる。

 “名を消す”側が神なら――

 “名を抱く”側は、きっと――」


 


「英雄か?」


ルーナが静かに補う。


 


真夜は首を振った。


「――“人間”だよ」


 


三人の魔女が、その言葉に一瞬言葉を失う。

そして次の瞬間、セリスが軽く笑う。


 


「いいね、それ。

 神でも勇者でもなく、“人間”が抗ってるってのが」


 


アリエルがそっと手を握る。


「……そのときは、私も、“ひとりの人間”として隣にいる」


 


ルーナも頷いた。


「この剣に名を刻まれたのは、ただの力じゃない。

 私たちが“ここにいた”証なんだから」


 


夜が静かに更けていく。


焚き火の光が揺れ、風が通る。

三人の魔女と、ひとりの契約者が、その火を囲むようにして座っていた。


だが――

遠く、聖堂の記録層。神殿では別の動きが始まっていた。


 


「処理、失敗。

 対象、“記録の外側”への進化傾向を確認」


 


白装束の長が、石板の前で静かに呟く。


 


「剣と器の融合反応――“第零契印”との符合率が、限界値に到達」


 


「では、まさか……?」


 


「そう。

 抹消不能と判断。

 “記録”では止められぬなら――“血”で止めるしかあるまい」


 


記録官が静かに命じた。


 


「封印より解除せよ。“第零の剣契者”――

 ラグナの血を継ぐ、“もうひとつの器”を」


 


静かに、封印が解かれていく。

その中心にいたのは、真夜に酷似した“もうひとつの存在”。


 


その目が、ゆっくりと開いた。

三つの名が真夜の中で脈打ち、彼の手のひらに刻まれる。

名を守るために、剣の器になることを恐れず進むその姿は、英雄ではなく、ただの人間。


けれど、その“ただの人間”の選択が、命より重いものを救い続けている。


「名を奪う神殿」と、「名を抱く剣契者」。

価値観そのものがぶつかる中、神殿は“処理不能”と判断し、

ついに“ラグナの血を継ぐ者”という最終封印に手をかけた――


次回、第10話。“もうひとりの器”が目を覚ます。

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