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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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89/119

89話:記録された名は、“真夜”

記録の奥底に、封じられていた一つの“存在”が浮かび上がる。


 今回のエピソードでは、マユが踏み込む記録空間において、“神代真夜”という名の意味が揺らぎます。彼が見たものは、幼い頃の自分のような姿。そして識別番号に分類された“実験体”の痕跡。だがそのすべてが明言を避け、答えではなく、さらなる問いを投げかけてきます。


 “俺は誰か”。“なぜここにいるのか”。


 繰り返し胸を締めつける既視感と、ナナの問いかけの中に、読者とマユの視点が重なる一話です。記憶でも予知でもなく、“記録”という冷徹な鏡に映った真実と嘘――その境界をご覧ください。

光の回廊をさらに進んだ先、記録空間は一層の“沈黙”に包まれていた。

 天井は高く、足元には床の概念すら曖昧な、浮遊する空の書架群が渦を巻いている。そこに足音はなく、ただ淡い光と記録の“ざわめき”だけが耳元で脈打つように響いていた。


 マユとナナは、その中心に浮かぶ黒く染まった円形の記録端末に足を止めた。

 まるで“場”そのものが、二人の到着を待ち構えていたように、記録媒体がゆっくりと開いていく。


 《実験記録・F群補遺:異界接続実験体候補個体 第7号》

 《観測時期:8年前・対象年齢:約6歳》

 《仮称:神代マヨ(Mayo Kamishiro)》


 「……っ!?」


 マユの呼吸が、一瞬止まる。

 視線は画面に釘付けのまま、動けなかった。


 記録媒体には、幼い少年の姿が記録されていた。

 白い病衣、無表情な顔、その隣に“識別用コード”が刻まれている。

 だが、その顔――


 「……似てる」

 ナナが、ぽつりと呟いた。


 「でも、マユじゃない。雰囲気はあるけど……どこかが違う」


 マユ自身も、言葉にならない感覚を覚えていた。

 確かに“似ている”。だが、それは鏡の中に映る自分とは異なる。

 あまりに整いすぎている。均衡が取れすぎている。


 まるで、“意図的に誰かを模したかのような顔”。


 「……作られた、のか?」

 マユは無意識に呟いた。


 だが、次の瞬間、端末がページをめくり、続く記述が現れる。


 《第7号は“異界接触耐性”において突出した反応を示す。脳波変調が通常個体の2.8倍。精神汚染耐性も高く、被験環境での人格崩壊なし》

 《だが、予測外の変動も多く、“接続者”としての安定性に欠ける》

 《仮想人格投影試験では「自律意識に強い“拒絶”」が現れた》

 《本実験への採用は“保留”とし、代替候補への移行を推奨する》


 「……実験、“された”んだな」

 ナナの声には怒りが混じっていた。

 「こんな幼い子を、異界に繋いで……」


 マユはまだ画面を見つめていた。

 そして、ある言葉に視線が止まる。


 《観測補記:当該個体は“接続直後に行方不明”となり、観測が途絶えた。転移反応あり》

 《転移先は不明。記録核内に断片記録あり、統合中》


 「……転移?」


 その言葉が、心の奥をかき乱した。


 “自分と似た顔の少年”

 “異界接続に使われたが、直後に転移し、記録が切れた”


 ――それはまるで、“自分”のことを指しているようで、

 ――けれど、“自分ではない”何かを暗示しているようにも思えた。


 ナナが記録端末を切り替え、もう一つのファイルを表示した。


 《補遺記録・M群:観測不能個体との接続記録》

 《投影反応:極度の共鳴/空間ひずみを伴う記憶の逆流》

 《投影名義:真夜(Mayon)/観測不能の人格反応体》


 「“マヨ”じゃなくて、“マユ”……?」

 ナナが思わず口に出す。

 「それ、マユ……?」


 「いや――違う」

 マユは頭を振った。


 記録はこう告げている。


 “接続個体”と“観測人格体”は別であり、

 “真夜”という存在は、記録上では“観測不能”だった。


 つまり、“真夜”とは――実験の副産物か、偶然生じたもう一つの存在か。


 「……俺は、ここに書かれてるどれにも該当しない」


 マユは静かに言い切った。

 「俺は、異界から“転移してきた”だけだ。実験じゃない。意図もなかった。偶然だ」

 「だけど、この記録は――偶然じゃない。狙われてた」


 記録媒体の奥で、さらに複数のファイルが開いていく。

 どれも、曖昧な記述と断片的な画像で構成されていた。

 しかしそのほとんどが、“誰か”の視点から撮影されたものだった。


 “カメラがある”のではない。

 “記憶がそのまま保存されている”のだ。


 それは、記録者が“何者か”の記憶そのものを媒体に変換していた証拠だった。


 ナナがマユの隣で小さく呟く。


 「……でも、この“マヨ”って子、今どこにいるのかな」


 マユは静かに首を横に振った。

 だが、胸の奥にひとつの直感があった。


 ――もし、自分と似た“存在”が、どこかで生きているとしたら。


 それは、“自分が自分である”証明のためにも、

 ――避けては通れない存在になるだろう、と。


 そしてそれは、“ラグナ”の記憶と――

 “真夜”という名が持つ意味と、どこかで繋がっているのではないかという予感があった。


 「ナナ。もう少し、奥へ行こう」


 マユの声に、ナナは無言で頷いた。

 二人は光の回廊を再び歩き出す。


 その先に、誰の記憶が待っているのかも知らぬまま――。

マユは書架の間を抜け、小さな記録室のような空間へと足を踏み入れた。そこは他の領域とは明らかに異なる空気を纏っていた。冷ややかなはずの魔術研究区画の中で、そこだけが淡い琥珀色の光に包まれ、まるで“記憶”そのものが息づいているような錯覚を覚える。


 部屋の中央には円形の石台が据えられ、周囲には三基の立体記録端末がゆっくりと回転していた。表面には複雑な魔法回路が網のように走り、いずれも未再生の状態で沈黙していた。


 ナナがそっとマユの隣に並び、小声でつぶやいた。


 「ここ……あたたかい、というか、“誰かの記憶”が残ってる気がする」


 マユは頷き、回転する端末のひとつに手を伸ばした。指先が触れた瞬間、淡く光が弾け、空間に映像が浮かび上がる。


 そこには――幼い少年がいた。


 年齢は五歳ほど。短く整えられた黒髪と、感情を宿さない真紅の瞳。真っ白な病衣をまとい、無表情のまま椅子に座っていた。その背後には、白衣を着た魔術技師たちが複雑な呪文詠唱の準備を進めている。


 「まさか……これって……」


 ナナの声が震えた。


 マユの胸に、鋭い痛みのような感覚が走る。あまりにも深く、脳裏に焼き付いた残像が蘇る。これは――


 「俺だ……」


 そう呟くと同時に、胸の奥が軋む。だが、その記憶はどこにもない。明確な“記録”としては存在していない。なのに、確かに覚えているのだ。この光景を。


 浮かび上がる記録には注釈が加えられていた。


 《被験体コード:M-X01》

 《神代真夜 実験個体第1号》


 その名が浮かび上がると、マユの呼吸が一瞬止まり、ナナもまた絶句した。


 「……“神代真夜”って……マユの本名じゃなかった?」


 「いや……そうだったはずだ。けど、これは……俺の記憶じゃない」


 目の前の少年――いや、被験体はただ虚ろな瞳で前を見つめている。周囲の術式が収束し、異界の魔法陣が空間に浮かび上がった。どうやら“異界接続”の初期段階における実験だったようだ。


 「……導管にされてる」


 マユが低く呟いた。


 実験対象としての少年の身体が、異界との境界線を強制的に開くための“触媒”とされている。その様子は、魔術というより拷問に近かった。


 だが、そこまで映し出されたところで、映像が激しく乱れ始めた。白いノイズが空間を走り、記録が急速に破損していく。


 「記録消去!? 誰かが干渉してる!」


 ナナが叫び、別の端末に手を伸ばした。だが、残る二つの媒体も同様に破壊され始める。


 だが――


 ほんの一瞬。ごくわずかに、第二の記録断片が映し出された。


 それは、黒いコートを纏った少年の後ろ姿。


 漆黒のマントが風に舞い、赤く発光する魔剣が手に握られていた。荒野の中心で立ち尽くすその姿。足元には、力尽きて倒れ込んだ別の小さな人影がある。


 「これって……!」


 ナナが息を呑んだ瞬間、注釈が浮かび上がる。


 《M-X03:マユ(現代転移体)》

 《記録者不明。観測日:第二接続後・推定5年以内》


 「“転移体”……? じゃあ……やっぱりあなたは……」


 「異世界から来た……それだけは間違いない。でも……」


 マユの声が沈む。


 「俺が“真夜”で、“真夜”が俺とは……限らない」


 ナナは困惑を隠せず、マユを見つめる。


 「でも同じ名前が……それに、見た目も似てた」


 「名前は“与えられた”可能性がある。そして外見も操作されたか、偶然か……。だが決定的なのは――」


 マユは拳を握った。


 「“俺の存在そのもの”が、すでにこの世界の計画の一部だったという事実だ」


 そのとき、空間に異様な圧力が走った。


 部屋の奥、記録壁の一部がざらつくように波打ち、球状の“魔眼”が浮かび上がる。赤黒い瞳が、こちらを見つめていた。


 「……見られてる。いや、最初から誘導されてたんだ」


 「誘導……?」


 「この部屋に導かれるように配置されてた記録。情報。端末。全部、俺がたどり着くように作られてた」


 「誰がそんなことを?」


 「“俺を作った存在”がいるとしたら……」


 マユは魔眼を見据えた。その奥にある“意志”を。


 それはまだ姿を見せない“設計者”の影――


 だが、彼がこの世界に転移した理由。その核心が、確実にこの先にあると、マユは確信していた。

静かな記録室の中、淡い琥珀色の光がいまだ天井から差し込むなかで、空間に浮かんだ“魔眼”がゆっくりと動き出した。


 まるで意思を持っているかのように、瞳孔が僅かに収縮し、マユとナナを交互に捉えている。


 「――これは、監視装置じゃない」


 マユが、低くつぶやいた。


 「監視……じゃない?」


 ナナが不安を込めて問い返すと、マユは魔眼から一歩距離をとりながら言葉を続ける。


 「これは、“観察者の目”だ。記録を見せるためのものじゃない。記録を、誰かに“見せられている”んだ」


 「誰かが、私たちにこれを……?」


 ナナの声には、震えと警戒が滲んでいた。その視線の先、記録装置の一つが再び起動し始める。だが、今度は光の粒子が乱れていた。正常な再生ではない。


 「強制上書き……いや、これは……“リアルタイムの記録”?」


 マユが目を細めて見つめた次の瞬間、空間に投影されたのは、“現在”の映像だった。


 学園の中庭。そこに立っていたのは、フードを深く被った一人の人物。そしてその背後には、魔法陣の刻まれた祭壇が設置されている。


 「見覚えがあるな、その構図……」


 マユが息を呑む。かつて、異界の断層に繋がる“門”を開いた実験場と、酷似していたのだ。


 「これは……また、誰かが“異界接続”を?」


 ナナが問いかけたとき、フードの男が振り返った。その顔は映し出されない。だが、唇がかすかに動き、無音の言葉が記録映像を通して読み取れる。


 《“M-X01”、次段階へ進め》


 その言葉を読み取ったナナが震えた。


 「また“実験体”を使う気……!?」


 「俺を、“M-X03”として分類していた意味が、わかってきた気がする」


 マユの声には怒りと確信が混ざっていた。


 「俺の存在は偶然じゃない。“誰か”が、“意図してこの世界に俺を送り込んだ”……」


 ナナが息を呑んだ。


 「でも……それって、じゃあ……あなたが異世界転移したのも……?」


 「仕組まれていた可能性が高い」


 マユは、言いながら拳を強く握りしめた。


 「俺がもとの世界で感じていた違和感、あの時――気づかないふりをしていた。家族の記憶が薄れていたり、過去の写真の中で俺だけが“少しだけ違っていた”こと」


 「……それ、まさか」


 ナナの声に答えるように、再び空間が揺れる。


 次の記録が断片的に投影される。


 “人工異界接続装置:試作α型 観測者ログ”

 

 映像の中、研究員と思われる人物たちが記録装置の前で何かを議論している。


 「これで第4階層への接続が完了するはずです」

 

 「ただし、転移体の精神同期率が不安定です。“記憶の喪失”と“改変”が発生する危険性が……」


 「構わん。“記録”だけが残ればいい。覚えているかどうかは問題ではない」


 ナナが震えた。


 「……記憶の改変……?」


 マユは、無意識に口元を押さえていた。だが、表情は変わらない。冷たいほどに。


 「じゃあ、俺の“名前”さえ、本物かはわからない……」


 「……マユ……」


 ナナが絞り出すように呼びかける。


 だがマユは、真っ直ぐ記録装置を見つめていた。


 「……関係ない。俺は、俺の意思でここに立ってる。それだけが真実だ」


 その言葉は、静かだが確かな意志を伴っていた。


 突如、魔眼が強く光を放つ。


 次の瞬間、記録室の壁が左右に開き、奥へと続く暗い通路が現れた。


 「……案内、だと?」


 マユは一瞬身構えたが、その先に“何か”があることを確信していた。


 「ナナ、ここから先は危険だ。無理に来なくてもいい」


 「何言ってるの。最後まで行くよ。“一緒に来た”って言ったでしょ」


 ナナは、強く言い切った。


 マユは小さく息をついて、通路へと足を踏み入れる。


 その先は、まるで“胎内”のように、ぬめるような生体素材でできた空間だった。壁には脈動するような光が流れ、ところどころに“観測眼”が埋め込まれていた。


 まるで、空間そのものが“生きている”ようだった。


 「この構造……異界技術だ」


 マユがつぶやく。


 そのとき、通路の先に、再び空間映像が浮かび上がる。


 そこには――見覚えのある姿がいた。


 黒衣に包まれ、禍々しい剣を手にした青年。


 その姿は、紛れもなく“今の自分”だった。


 「……これは、俺……?」


 「違う……“理想の姿”として記録された、お前だ」


 どこからともなく声が響いた。


 男とも女ともつかぬ声。機械音が混じるその声は、無機質でありながら、どこか“親密さ”を含んでいた。


 「ようこそ、“マユ”」


 「君は、ようやく“原点”に立ったのだ」


 「ここから先が、君の存在の――“答え”となる場所だ」


 マユは、目を細め、剣の柄に手をかける。


 「だったら、見せてもらおう。“俺を作った者”の正体を」


 ナナは隣で、しっかりとマユを見つめていた。


 「私は、あなたが“誰であっても”味方だから」


 その言葉に、マユは小さく笑みを浮かべる。


 「ありがとう、ナナ」


 そして、二人は一歩を踏み出した。


 すべての記憶が眠る、“始まりの部屋”へと――。

重い沈黙の中、マユとナナは深紅の脈動が灯る“生体通路”をゆっくりと進んでいった。


 足元には血管のような模様が走り、踏むたびに微かな熱と鼓動のような音が伝わってくる。壁面には無数の“観測眼”が張り付き、そのすべてがマユを見つめていた。


 「……この空間、生きてるの?」


 ナナが、囁くように問いかけた。


 「恐らく、“異界”とのハイブリッド空間だ。俺の記録、その核がここにある」


 マユの声は静かだったが、その手は既に剣の柄に触れていた。


 しばらく進むと、通路は突然開け、巨大なホールに辿り着いた。


 その中央には、巨大な円形の“記録台”があり、上空には水晶のように浮遊する無数の記憶データが、星座のようにゆっくりと巡っている。


 壁一面には“彼”の姿――黒衣の剣士、マユの戦闘映像、発言、感情パターン、さらには血液・遺伝子構造の解析までが、ホログラムとして映し出されていた。


 「……これは……俺の、“存在の写し”?」


 その瞬間、空間に音が走った。静かに響く鈴の音のような共鳴と共に、記録台の中心から“何か”がゆっくりと現れる。


 それは、“もう一人のマユ”だった。


 同じ黒髪、同じ紅い瞳。だが、その表情には一切の感情がなかった。虚ろな目、機械的な動き。まるで人形だった。


 「“プロトタイプ”……?」


 ナナが言葉を失い、マユが一歩前へ出る。


 「……お前が、“最初”の……?」


 その問いに答えるように、プロトタイプの口がわずかに開く。


 「私は、“模倣”された人格、模倣された記憶、模倣された肉体」


 「君の“転移”を可能にするための、シミュレーションボディ――M-X00」


 「だが、君が異界の扉を越えたことで、私は“棄却”された」


 言葉に感情はない。だが、その奥にある静かな怒りは、空間を軋ませるほど濃密だった。


 「君は、選ばれた。私は、廃棄された。君は自由を得て、私は、ここで“存在を証明できないまま”、ただ記録として残された」


 「君が、“神代真夜”なのか?」


 「――違う。“神代真夜”とは、記録上の便宜にすぎない」


 プロトタイプがゆっくりと手を広げると、空間に記録が再投影される。


 そこには、複数の“異世界転移候補者”たちが眠るポッドの映像。中にはマユと酷似した者もいれば、全く異なる外見の者もいた。


 「“適合率”が最も高かったのが、君だ」


 「だが、最初に“意識”を持ったのは、私だった。君は、“記録を移された器”にすぎない」


 「つまり……」


 「どちらが“本物”かは、今、ここで決まる」


 次の瞬間、プロトタイプが手をかざすと、記録ホールの空間が大きく揺れる。


 周囲の記憶ホログラムが崩れ、“異界”の光が壁を裂いて侵食してくる。


 「来るぞ、ナナ!」


 マユが叫ぶと同時に、プロトタイプの手から漆黒の刃が生成された。


 「“記憶の座”を得るのは、唯一つの意識だけだ――!」


 その叫びと共に、空間が一気に戦闘モードに変わる。


 赤黒く染まる床、収束する魔力の線。異界の法則すらもねじ曲げるかのような“始まりの部屋”の暴走。


 マユは剣を構え、プロトタイプに突っ込む。


 「俺の記憶は、お前のためのものじゃない!」


 プロトタイプは無言で斬りかかる。軌道は正確無比で、未来を計算しているかのようだった。だが、マユはそれを読み切る。


 「この体は、俺が選んだ未来のためにある!」


 激突する刃と刃。紅い火花が空間を灼き、重力すら歪むかのような魔力の圧力が放たれる。


 「ナナ、記録台を!」


 「わかった!」


 ナナは、記録台の奥に走り、急速に再生される“転移記録”の鍵に手をかける。


 「君が記憶を持つなら、それを証明してみせろ!」


 プロトタイプが再び魔力を振るうが、マユの剣がそれを弾いた。


 「――俺は、仲間を信じてる。人間として、生きてる!」


 斬撃が交差し、プロトタイプの右腕が砕けた。


 「この剣は、ただの力じゃない。選んだ記憶と、選ばれた意志の象徴だ!」


 その言葉と共に、マユの剣が光を放つ。


 “記録の全て”が、マユの剣へと集中し――


 「消えろ、模倣体ッ!!」


 放たれた一閃が、プロトタイプを貫いた。


 その体が崩れ落ちる寸前、わずかに笑みを浮かべたように見えた。


 「君が、“神代真夜”なら……私は……夢を見て、よかった」


 そして、プロトタイプは静かに消えた。


 空間が崩壊を始める。


 「ナナ、脱出ポータル!」


 「開いた、こっち!」


 二人は駆け抜け、最後の記録ホールから飛び出した。


 崩れゆく“始まりの部屋”の奥、誰にも見られることのない場所に――


 “空っぽのポッド”が、一つだけ残っていた。


 その銘板にはこう記されていた。


 《No.00 - “Mayo Kamiyo” / Origin Lost》

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 第89話では、マユという存在の根幹に迫る記録と、もう一つの視線――“選ばれなかった器”という不穏なワードを通して、今後の展開の扉が開かれました。


 読者の皆様も、読み進めるにつれて「これは誰の記憶か?」「誰の記録か?」と、幾重にも塗り重ねられたレイヤーに迷い込んだかもしれません。それこそがこの話の狙いです。


 神代真夜=マユなのか、それとも別の誰かなのか。

 “作られた名前”と“本来の魂”のズレ。

 そしてその陰に潜む“記録を抹消する意思”。


 これらが意味するものは、やがて“学園”そのものの核心にも触れていきます。


 次話から、物語は“日常”を通して、非日常との接点を再び描き始めます。どうか引き続き、マユの物語にお付き合いください。

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