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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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84話:ナナの目、ラグナの耳

前回に続き、ナナとマユの“地下探索”編が佳境を迎えます。


 学園ではなく――勇者候補として異世界に召喚された過去を持つマユ。その記憶が、“ラグナ”という折れた剣を通して少しずつ明かされていきます。


 今回登場する「リムナ」は、“記録を喰らう怪物”というこの世界ならではの存在。マユが“選ばれなかった”という過去をどう乗り越えていくかに注目です。

雪の匂いが、微かに鼻をくすぐった。


 朝焼けすら届かない灰色の街――北方監査支部の周辺に広がるこの街は、まるで世界の終わりのように沈黙し、どこか“虚ろ”だった。


 マユとナナは、監査支部から徒歩で数分の廃ビル跡地に立っていた。


 「……ここ、だよ」


 ナナが言った。


 彼女は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えると、片手を前に出した。掌の中で、淡く揺れる光の粒が瞬いた。それは視覚ではなく、ナナの“感覚”に反応した“瘴気”の名残。


 「記録の“欠損”が、ここを中心に広がってる。たぶん……空間そのものが“削られてる”みたい」


 「削られてる?」


 マユは彼女の後ろに立ち、灰色の建物群を見上げた。ガラスは割れ、コンクリートの外壁は所々崩れ落ちている。だが、不自然だったのは、街そのものが“整然と無傷”に近いように見えることだった。


 瓦礫や焦げ跡、破壊の痕跡はあるのに、“誰もここで何かをした形跡”が見つからない。


 「記録が消されたんじゃなくて、最初から“存在しなかったことにされた”んだ。だから、ここで誰が何をしたか、何も“残ってない”の」


 ナナの声は震えていた。彼女の能力――瘴気を視る目が、それを告げていた。


 マユは静かに右腰のラグナを握る。


 次の瞬間、剣の中で何かが反応した。


 ――ザ……ザァァ……


 それは、風のような音だった。けれど、耳で聴いたものではない。脳の奥、記憶の深部に直接流れ込んでくる“囁き”だった。


 「……おい、今の……」


 「うん。ラグナが……何かに反応してる」


 マユがラグナを鞘からわずかに引き抜くと、剣身が薄く蒼光を帯びた。静かに“何かを探している”ような、いや、“何かを覚えている”ような、そんな波動。


 「聞こえる……声?」


 ナナが、また目を閉じて言った。


 「“焼き消された記憶”が、ここにある。誰かが、何かを“強制的に”封じ込めた。でも、その声が――残ってる」


 そのとき、ラグナが微かに震えた。


 ――選べ。


 ……選べ、と誰かが言っていた。


 それは遠い記憶。もう誰のものかも分からない、かつての“分岐”の瞬間。けれどマユには分かっていた。


 あれは、自分の“選択”だった。


 「ナナ、このあたりをもう少し調べたい。……“あの声”を、探す」


 マユはそう言って歩き出した。足元には雪混じりの砂塵が舞い、靴底に重くまとわりつく。だが、どこかに確かな“痕跡”があると信じていた。


 「マユ、待って。そこ――っ!」


 ナナの声が鋭く割れた次の瞬間。


 足元の地面がひび割れ、視界がぐにゃりと歪んだ。


 「っ……ぐ!」


 世界が裏返るような感覚。重力が反転し、景色が白黒に塗り潰されていく。


 マユはとっさにラグナを地面に突き立て、自らの体を支えた。


 「これは……“記録の歪み”か……?」


 視界の端で、地面が“泡立つ”ように変形しているのが見えた。


 まるで“本来そこに存在しなかった空間”が、強引にこの現実に縫い合わされているかのような不自然さ。


 ナナが近寄ってくる。


 「空間の層が……崩れてる。何かが“書き換えられた”痕跡がある」


 マユは頷き、再びラグナに意識を集中した。


 すると、剣が淡い光を放ち、“音”が聞こえてきた。


 ――僕は、ただ、守りたかったんだ。


 ――誰かを、記録に刻みたかった。


 それは確かに“自分”の声だった。けれど、今のマユではない。過去にこの剣を手にした、神代真夜の“記憶”だった。


 記録を刻む者として、誰かの“存在”を証明したかった男の声。


 マユは目を閉じる。そして呟いた。


 「ラグナ……お前は、その“声”を残していたのか」


 剣の光が少しずつ静まり、歪んだ空間も次第に安定を取り戻していく。


 ナナがそっと袖を引いた。


 「マユ……大丈夫?」


 「……ああ。少し昔の自分と会ってきただけだ」


 そう言って、彼は静かに微笑んだ。

風の鳴る音が止んだ。灰色の街を走る通りの角、マユとナナは立ち止まっていた。


 「……このへん、さっきから空気が違う気がする」


 ナナが足元の石畳をじっと見つめながら呟く。気温は低くないのに、彼女の背筋には冷たいものが這い上がってくるようだった。


 「目が――痛いの。焼けるような感覚。たぶん、瘴気が濃い」


 マユはナナの目線を追い、通りの先にある古い塔のような建物を見た。錆びた銘板、ひび割れた階段、割れた窓……どこか、時間の流れが止まってしまったかのような風景だった。


 「“記録の欠損”がこの場所に集中してる可能性がある」


 マユはラグナの柄に手を添えながら、そっと目を閉じた。剣からわずかに震えるような反応が返ってくる。呼応するように、何かが共鳴を始めていた。


 ――キィィィン……。


 耳鳴りのような音が脳内に満ちる。その中に、微かに“声”が混じっていた。


 『……もう一度、確認します。君は、実行したのですね……?』


 男の声。柔らかだが、どこか責めるような響きがある。


 『あれは、計画の一部ではなかった。君が勝手に行った判断だと、報告が……』


 マユの瞳が揺れる。だが、それは彼自身の記憶ではなかった。“ラグナに刻まれた誰かの声”だった。


 「今の、聞こえた?」


 マユがナナに問いかけると、彼女は首を横に振った。


 「マユだけ、聞こえてるんだと思う。たぶん、剣が反応してる」


 「……そうか」


 ナナは黙り、マユの横顔を見上げた。ふと、少年のように年相応の不安がその目に浮かんでいた。


 「マユ。……怖くないの?」


 「……怖くないと言えば嘘になる。けど、逃げるわけにはいかない」


 マユはそう答えてから、灰色の建物に足を向けた。


 入り口の扉は重く、軋む音と共に開いた。内部は、空間そのものが“古びている”ようだった。埃の匂い、沈黙の中の微かな振動――まるで、時間そのものが記録されるのを拒否しているかのような空気。


 ラグナがわずかに震えた。


 「……ナナ。念のため、ここから先は俺の後ろに」


 「うん」


 階段を上がるごとに、空間の歪みは強くなっていった。まるでページのない本を読み進めるように、足元の空気が希薄になる。


 そして、塔の頂上にたどり着いたときだった。


 ――また、“声”が降りてきた。


 『なぜ、君が選ばれなかったか、分かっているのかい?』


 『それは“運”ではない。君が選び取らなかったからだよ』


 言葉は、まるで告発のようだった。だが、それは他人の声であって、同時に“自分の心の奥”の反響のようでもあった。


 「このラグナは、記録を媒介にして契約を結ぶ剣。……だからこそ、“刻まれた記憶”が残ることもある。声の主は……カザン・レーヴに任務を与えられた直後の、俺自身の記録かもしれない」


 「カザン……って、あの人?」


 ナナの問いに、マユは軽く頷いた。


 「任務を与えられて、学園に潜入する時……この名前を使え、と言われた。“神代真夜”じゃなくて、“マユ”を選んだ。だからラグナには……そのときの迷いが刻まれてるんだ」


 それは、自分を変える選択でもあった。


 選ばれなかった少年。運命に拒絶された剣士。だからこそ、偽名を名乗り、別の顔で前に進むことを選んだ。


 「でも、あのときの俺が……いまもどこかで“正しかったのか”と問いかけてくる。……この声は、そういうものだと思う」


 ナナはマユの手を握った。


 「大丈夫だよ、マユ。私は、今のマユが好きだから」


 その一言に、マユは言葉を失った。少し照れたように目を逸らし、ナナの頭をそっと撫でる。


 「ありがとな。……でも、先に進もう。まだ、この塔の記録は終わってない」


 そしてマユは一歩を踏み出した。


 その歩みは、失われた記録を取り戻す旅でもあり、“マユ”という存在の意味を問い直す旅の始まりでもあった。

塔の最上階には、時の止まった空間が広がっていた。


 壁には古びた地図や文献が散乱し、中央の石造りの台座には開きかけた書物が置かれている。だが――そのページには、何も書かれていなかった。真っ白なまま、紙の質感すら曖昧に感じられる“空白”。


 マユは無言でその本に近づく。ナナは後ろからついてきながら、怯えるように周囲を見回していた。


 「……やっぱり、おかしい。ここだけ、空気が違う」


 ナナの言葉どおり、この空間には“視認できない歪み”が漂っていた。照明はついていないはずなのに、部屋全体は仄かに光を帯び、陰影が奇妙に揺らめいている。


 マユは台座に手を伸ばし、書物に触れようとした――その瞬間。


 ――ギィィィン!


 ラグナが甲高く共鳴した。柄が微かに震え、刀身から蒼白い光が走る。


 「……また、反応してる。記録の残滓か……?」


 刹那、視界が歪んだ。


 何かが“入り込んでくる”。それは音でも光でもない。“記憶の影”のようなものが、マユの意識に浸透してくる感覚。


 ――景色が変わった。


 灰の塔ではない。そこはかつての“監査本部”だった。長い廊下、壁にかかる旗印、そして記録官たちの忙しない足音。


 (……夢、じゃない。これは“過去の記録”だ)


 マユは、自分が過去の“誰か”の視点に入り込んでいることを悟る。


 《対象:カザン・レーヴからの指令》


 無機質な声がどこかから響く。


 《対象は潜在能力者。選定基準はラグナとの“共鳴反応”。該当者、識別番号“MA-YU”を記録》


 《コードネーム:“マユ”。》


 その瞬間、映像が跳ねるように切り替わった。


 ――冷たい雨の降る夜。剣を抱えた少年がひとり、監査学園の門を見上げている。


 「ここが……俺の新しい名前が始まる場所か」


 彼は“神代真夜”ではなかった。いや、確かに真夜だったが、その名を自ら捨て、“マユ”として生きる覚悟を決めた少年。


 その瞳に宿るのは、諦念でも悲哀でもない。切り捨てた過去を背負ってでも進むという、ただひとつの“決意”だけだった。


 視界が再び歪む。


 そして、目の前には今のナナの姿があった。


 「……マユ?」


 「――ああ、大丈夫。少し、過去の記録に引き込まれてたみたいだ」


 マユは額に滲む冷汗を拭うと、ラグナの柄をぎゅっと握りしめた。


 「こいつは、過去に触れる剣だ。ラグナと接してると、時々こういうことが起きる」


 「それって……危なくないの?」


 「危険だ。でも、それでも進まなきゃならない。だってこの“空白”が何を意味するか――もう、分かり始めてるから」


 ナナは黙って頷いた。彼女の瞳にも、ただの少女にはない“理解”が宿っていた。


 マユは再び書物のページに手を伸ばす。だが白紙だったはずの紙面に、一行だけが浮かび上がっていた。


 《記録は燃えた。しかし記憶は、生きている》


 その文字を読み取った瞬間、マユの全身を冷たい何かが駆け抜けた。


 「……この街に起きた“大災害”は、記録から消された。でも、それを“見ていた者”がいた。いや、今も“記憶の中”に存在してる」


 「じゃあ、その人を探せば……?」


 「いや――その“人”は、俺自身かもしれない」


 「え……?」


 マユは、無意識のうちにそう呟いていた。


 「この街で、何かが起きた。その記録は消された。けど、ラグナが反応するってことは、“俺”の記憶と関係してる」


 「それって……マユがここに来たことがあるってこと?」


 「あるいは、俺の“記憶”の中に、この街があるのかもしれない。けど……思い出せない。どうしても」


 ナナが、マユの袖をぎゅっと掴んだ。


 「ねぇ。忘れた記憶を思い出すのって、怖い?」


 「……怖い。でも、必要なんだ」


 そのとき、空気が震えた。


 ――ラグナが、再び共鳴する。


 今度は、言葉ではない。“断片的な声”の集合。まるで、誰かが叫んでいるような、あるいは祈っているような――


 ナナが、思わず耳を塞いだ。


 「う、うるさい……! これ、ラグナの声……?」


 「いや、これは……この場所に残された“誰かの記憶”。悲鳴かもしれない。もしかすると、“消された人間”の最後の声……」


 マユは剣を抜いた。ラグナの刀身は蒼い光を放ち、空間を切り裂くように輝いていた。


 「この声の主を、辿ろう。たとえ、そこに何が待っていようと――真実に、向き合わなきゃならない」


 マユの声に、ナナは小さく頷く。


 そしてふたりは、声の先にある“記憶の核心”へと歩を進めた。

階段を降りた先に広がっていたのは、かつて“中央資料室”と呼ばれていた空間だった。


 だが、もはやそこに“資料”の面影はなかった。


 本棚は無残に崩れ、床一面には黒い煤が焼き付けたような痕跡が残っていた。壁には焦げたような亀裂が走り、天井から垂れ下がる錆びた配線が、まるで朽ちた血管のように空中を彷徨っていた。空気の密度自体がねじれたように感じられ、ここだけが“時間”から取り残されたようだった。


 「……ナナ、無理はするな。ここから先は、気配が違う」


 マユは足を止め、背に携えたラグナの柄に静かに触れた。


 刀身からほのかな青白い光が漏れ出し、冷えきった空間に微かな温度を灯す。


 ナナも緊張をにじませながら、小さく頷いた。


 「……うん。でも、大丈夫。わたし、今の“揺れ方”……わかる気がする。これは瘴気の揺らぎじゃなくて……“記録そのものが震えてる”の」


 彼女の声に、マユの目が細められる。


 「“記録の震え”か……。ならば、ここにあるのは過去の記憶なんかじゃない。“忘れられた現実”だ」


 ふたりは再び静かに歩を進める。


 足音は煤けた床に吸い込まれ、空気が濃くなるほどに静けさが支配する。ラグナがときおり低く共鳴する音が、どこか遠くから響いてくるようだった。


 そのとき、ナナが小さく声を上げた。


 「マユ、見て……あそこ」


 彼女が指さす先、ひび割れた壁面に黒インクのようなもので記された走り書きがあった。


 《コノ街ヲ 焼キ、記録ヲ 消セ》


 乱れた筆跡。恐怖に震える手で、叫ぶように書きなぐられたような文字。


 「これは……誰かが、命令を?」


 「違うよ……“再生された記録”だよ、これ」


 ナナが壁に触れた瞬間、そこから淡い燐光が広がっていく。


 視界がまた歪んだ。


 ――焼け落ちる街。

 ――逃げ惑う人々。

 ――空から降る黒い灰と、絶望に満ちた叫び声。


 マユとナナは、ふたり同時にその“記録”を視た。


 街は、確かに“燃えていた”。何者かの手によって、徹底的に焼かれ、記録も人も、何もかもが“消されよう”としていた。


 それを止めようとした者がいた。

 そして、最後の最後に“残そう”とした者がいた。


 「……この声……」


 ラグナが鋭く共鳴する。刀身に走る紋様が青く脈打ち、空間に振動が広がる。


 そのとき、マユの耳に――いや、心に――明瞭な“声”が届いた。


 『マユ。お前がここに来ると知っていた。だから、わたしは残した。記録を、声を、記憶を……』


 女の声だった。穏やかで、どこか懐かしさを感じさせる声音。


 「……誰だ? そんな人間、俺の記憶には……いないはずだ」


 ナナが小さく呟く。


 「それって……マユが“神代真夜”だった頃の記憶じゃない?」


 「……!」


 マユは言葉を失った。


 そう、“マユ”ではなく、“神代真夜”として異世界に勇者候補として召喚された頃。

 他の候補者たちが神剣に選ばれていく中、自分に与えられたのは――


 (……朽ちた剣、“ラグナ”。)


 思い出す。神殿の祭壇。天から降り注ぐ光。

 そのなかで彼の前に現れたのは、錆びつき、折れた剣だった。

 それは、他の者たちが選ばれた“神剣”とは違う。まるで拒絶するように現れた、異端の存在。


 だが今、ラグナは彼に応えていた。


 それがなぜか、今なら分かる気がした。


 (――俺は選ばれなかったのではない。最初から、“別の記録”に繋がっていたんだ)


 そして空間が、再び“軋む”。


 マユの前に、闇が裂けるように広がっていく。


 「マユ、来るよ……!」


 瘴気の濁流が集まり、影の獣が姿を現す。


 「……“記録を喰らう者”――リムナ、か」


 マユはラグナを抜き放つ。


 「ならば、記録の剣で斬る。俺は“忘れられた過去”ごと、すべてを背負う者だ!」


 青い閃光が迸り、マユは駆ける。

 過去に名乗った偽りの名も。

 選ばれなかった屈辱も。

 すべてを剣に込めて――リムナの中心を斬り裂いた。


 叫びと共に、記録の闇は崩れ去る。


 マユは立ち尽くし、刃を収めた。


 「ナナ……この奥に、まだ“真実”がある。俺は……進む」

お読みいただきありがとうございます。


 このエピソードでは、“マユ=神代真夜”の過去と、ラグナとの因縁がひとつの輪として繋がる場面を描きました。 


 異世界に召喚されたはずの少年が、なぜラグナを持ち、なぜ選ばれなかったのか――。その答えの一端が、ようやく物語に現れ始めたところです。


 次回、ふたりが辿り着くのは“記録の始まり”。

 その先で、彼らが目にするものとは……?


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 また次話でお会いしましょう。

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