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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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73話:秘密と疑念の狭間

仮面舞踏会の幕が下りた夜、舞台裏ではすでに新たな異変が動き出していました。


 マユの目に映るのは、わずかに捻れ始めた学園の構造と、“通信”という生命線の途絶。

 普段なら見過ごされるはずの痕跡が、彼の記憶と直感を刺激し、過去の“封印された名”を呼び起こします。


 “セクター・アリス”――死んだはずの研究者の名が、今になって浮上する不穏。

 学園という閉ざされた世界の中で、誰が味方で、誰が敵なのか。

 疑念は静かに、けれど確実に、マユの足元に広がっていくのでした。

朝の鐘が鳴るよりも早く、マユは学園の南棟地下に降りていた。


 外気が触れない場所。冷たい石壁に囲まれたその通路は、本来は旧実験棟へと繋がる搬入経路だった。だが今は、古い鉄格子と封印結界によって封鎖され、立ち入りが制限されている。

 だが――彼の足は、ためらいなく結界を越えた。


 薄闇の中、マユは掌に小さな式札を浮かべ、霊圧を抑えながら奥へと進む。石造りの床にはかすかな焦げ跡が残り、昨夜の異変が夢ではなかったことを証明していた。


 「やはり……ここも、繋がっているか」


 床下から微かに立ち上る瘴気の気配。それは、完全に“封じきれない何か”の存在を示していた。


 ふと、脳裏を過ぎったのは、かつて自らが研修として出入りしていた“契印研究室”の風景だった。

 整然と並ぶ術式図、異界干渉の履歴を記録した旧式のコンソール。

 そこに残されていた未整理のデータの中に、確かに“似たような反応”があった――


 瘴気ではない。霊圧でもない。

 異界由来の“影”が、結界の継ぎ目に染み込むようにして拡がっていく現象。


 「本来、これは……記録されていないはずだ」


 マユは立ち止まり、記録媒体に映し出された過去ログを反芻する。

 “観測不能”として処理されたあの異変データ。

 研究員たちが眉を顰めながら削除を命じたあの一件。


 それは、当時の彼にとっても不可解だった。

 観測数値に矛盾はなく、結界障壁の変位も明確だった。

 にもかかわらず、正式な報告書には一切記載されていない。


 「……情報そのものが、“無かったこと”にされた」


 そのとき、足元の空気がわずかに動いた。


 封鎖された扉の奥――誰もいないはずの闇に、感覚が揺れた。


 風の流れなどないこの場所で、“気配”が動く。


 マユは即座に身を伏せ、片手で式を展開。防御と捕縛、そして視認補助を一斉に構築し、扉の奥を睨んだ。


 「……誰だ」


 返事はない。


 だが、石壁の裂け目のひとつから、紫がかった霧のようなものが、わずかに漏れ出ていた。


 マユは膝をつき、封印の印を再確認する。

 中央の刻印が――“歪んで”いた。


 ごく僅かに、だが確実に、文字の輪郭が溶けるように崩れている。

 ただの経年劣化ではない。これは内側からの侵食。

 つまり、何者かが“意図的に”封印を犯している。


 「内部から、か……」


 思わず、口の中で呟いた。


 どこか遠くで、またひとつ、石が落ちるような微かな音が響いた。


 マユは立ち上がる。

 そして即座に判断した――この封印は、“数日持たない”。


 彼は即座に懐から通信珠を取り出し、監査局との連絡回線を開こうとする。


 だが。


 反応が、ない。


 何度試しても、珠の光がくぐもったまま、接続状態に入らない。


 「遮断されてる……?」


 監査局は通常、常時接続の緊急ラインを維持している。

 何か大きな干渉がなければ、通信障害など起こるはずがない。


 ――誰かが、意図的に妨害している。


 マユの脳裏に、記録を“消した”誰かの姿が、輪郭を帯び始める。


 かつて研究室で見かけた、不自然な来訪者。

 名簿に載っていない上位許可証を使い、黙って出入りしていたあの男――


 だが、記憶は曖昧だった。

 そもそも、マユは“顔を思い出せない”という異常な状態に気づく。


 まるで、記憶そのものが操作されているかのように。


 「これは……」


 彼は、目を伏せる。

 そして、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 “敵”は、異界の向こう側だけではない。

 この学園の中――もしくは、組織そのものの内部にも、“歪み”が生まれている。


 それが確信に変わるまで、あと一歩だった。

結界の歪み、瘴気の侵食、封印の劣化――

 どれもが偶発ではあり得なかった。

 そして何より、マユの記憶に残る“思い出せない顔”が、それを裏付ける鍵になっていた。


 自室に戻ったマユは、机の引き出しから黒革の記録帳を取り出す。


 それは、彼が“契印研究室”に在籍していた頃、個人的に書き留めていた記録群だ。

 公式には破棄された観測ログや、研究者たちの会話の断片、実験の誤差数値……。

 異常と見なされたものは、すべてこの帳に書かれていた。


 ページを繰るたび、かすれた墨が紙に滲んでいる。

 それらは記録というより、むしろ“警鐘”に近いものだった。


 ――この異変は、もっと以前から始まっていたのではないか。


 マユの中で、ひとつの仮説が浮かぶ。


 異界の干渉。

 それが起きるたび、学園の結界は強化されてきた。

 だが同時に、“強化されたはずの結界”が、逆に異界の侵食を招いていたとすれば?


 防衛と見せかけて、結界の一部が“導線”として機能している――


 「……もしそれが、意図的なものなら」


 その瞬間、マユの全身に微かな戦慄が走った。


 結界術は、精密かつ純粋な制御魔法である。

 外部から干渉されれば、術者や術式そのものに影響が出る。

 だからこそ、そうした“矛盾”を構築できる者は限られていた。


 ――内部の術者。

 もしくは、制度そのものを設計した人間。


 マユは筆を取り、別の記録帳に走り書きを始める。


 《結界強化の施術履歴 → 第3期更新時に変更された基礎陣形の中枢位置》

 《現時点で把握している侵食地点 → 南棟地下、旧施術室、図書記録室裏手》


 事象と位置、そして結界構造の重なりから、“意図的に弱点を内包する配置”が散見された。


 つまり、誰かが意図して“歪み”を作り出していたのだ。


 そしてそれは、おそらく“記憶を操作できる者”――


 マユは机の下から、古びた封筒を取り出した。

 封は蝋で閉じられ、術式で保護されている。

 中に入っているのは、かつて同期の研究生から託された“消えた記録”の写し。


 『誰かが、記録を削除している。しかも上の命令じゃない。研究室の内部に、もう“別のライン”がある』


 そう言い残して姿を消した、その研究生の名前も、今は名簿に存在しない。


 “名前ごと、削除された”


 記憶の曖昧さ。記録の欠落。そして通信の遮断。


 そのすべてが、“誰かが動いている”ことの証だった。


 「――連絡を通せないなら、直接探すしかないか」


 マユは記録帳を閉じ、外套を羽織る。

 向かう先は、契印研究室の旧アーカイブ室。

 正式には閉鎖された場所であり、立ち入りには上位許可が必要だ。

 だがマユは、自らの認証札を用いてアクセス権限の一部を再構築した。


 あの場所には、削除された記録が“断片的”に残っている可能性がある。

 誰にも見つからずに辿り着けば、あるいは何か掴めるかもしれない。


 石畳の階段を踏みしめながら、彼は思う。


 “この学園のどこかに、今も歪みを育てている者がいる”


 それは、人か。

 魔か。

 それとも――“自分と同じ立場”の誰かなのか。


 胸の奥で何かが燻る。

 不確かなものに触れたときの、心のざらつき。


 マユの足取りは、いつもより重かった。


 だが、それでも止まらなかった。

学園中央棟の東側に、今は使用されていない旧館のアーカイブ棟がある。

 数年前に新館へ記録類が移されて以降、その場所は封鎖され、ほとんど誰も近づかなくなっていた。


 だが、マユは知っていた。


 完全な封鎖などされていないことを。

 そして、そこに――“封じられたままの記録”が眠っていることを。


 「……変わってないな」


 錆びた扉に、未だ残る旧式の契印。

 魔術による施錠ではあるが、現在の結界構造とは互換性がない古い型。

 マユは掌に小さな印を浮かべ、結印を重ねる。

 術式が一瞬きらめき、静かに扉が軋んだ音とともに開いた。


 中は暗く、空気が乾いている。

 紙と埃の匂いが、密やかに肺を満たした。


 懐から取り出した光石を掲げ、彼はひとつずつ、棚を確認していく。

 金属製の書架には、色褪せた記録簿、分類の不明な資料、魔術式の失敗記録が折りたたまれて積まれていた。


 「第4分類……、研究実験A-13系……。あった」


 マユの指が止まった。


 その棚の下段に、手書きのタグで『観測不明反応――廃棄予定』と記された箱があった。

 彼は丁寧に取り出し、埃を払う。


 中には、黄色く変色した羊皮紙と、複数の“印刷不可”指定が貼られた写しが束になっていた。


 いずれも、結界障壁の応答記録だった。

 が、それらの記録には不自然な点がいくつもあった。


 まず、観測者の欄が“空白”になっている。

 通常、誰がどのデータを取得したかを明記するのが規定だ。

 次に、発生日時が“重複”している。

 同じ時間帯に、別の結界地点でまったく異なる反応が記録されているのだ。


 「これ……意図的に改竄されてる」


 だが、不思議だったのはその“雑さ”だった。


 もし完全に記録を消したいなら、これらを廃棄するだけで済んだはず。

 だが、こうして“残している”ということは――


 “誰かに見せたかった”


 あるいは、“誰かに気づいてほしかった”。


 そのときだった。

 扉の向こうで、カツン、と硬質な音が響いた。


 足音――それも、革靴のような重い音。


 マユは息を潜め、光石を消した。


 周囲は闇に沈む。

 だが彼の目は、すでに術式によって微光を見る感覚に切り替えていた。


 影が、廊下の先で揺れた。


 誰かが、確かに歩いている。

 だが姿は見えず、気配も曖昧だった。


 「結界……術者か?」


 だが、その気配には“術の匂い”がない。

 むしろ、空気そのものが重く沈み込むような圧を感じた。


 異界の瘴気に似ていた。

 けれど、あれとは違う。


 “人の形をした、記録の亡霊”――そんな言葉が脳裏をよぎった。


 誰かが、ここに記録を残した。

 そしてその“誰か”が、今もこの場所に留まっている。


 マユはゆっくりと背を低くし、記録の束を懐にしまうと、反対側の扉へと忍び足で移動した。


 目立った音を立てず、気配も極力削ぐ。


 しかし、廊下の奥から聞こえてくる“足音”は、彼の動きに合わせるように近づいてきた。


 まるで、どこまでもついてくる“影”のように。


 ――シュウッ。


 その瞬間、空気を裂くような音がした。


 見えない何かが、マユの背後をかすめた。


 彼は反射的に式を展開。防壁を形成し、跳ね返す。


 パキン、と音がして、周囲に淡い光が散った。


 「不可視の刃……」


 誰かが、明確に攻撃してきた。


 だがその“誰か”は、術式の感知を完全に遮断している。

 正体が、まったく掴めない。


 そして、ふと思い出す。

 ――かつて契印研究室で、記録を削除していた“顔を思い出せない男”。


 その記憶が、重なる。


 「お前か……」


 声にならぬ声を吐き、マユは全身に結界を纏いながら、外へと駆け出した。


 背後で空間が揺れた。

 だが追撃はない。


 それが返って、不気味だった。


 誰かが、“確認”していた。

 自分がどこまで迫っているかを。


 そして今の記録は、おそらく――もう焼却される。


 マユは胸の中の記録束を確かめながら、強く唇を噛んだ。


 「急がないと……誰かが消される」


 このままでは、また“存在ごと”なかったことにされる。

東棟の外に出たマユは、夜の空気の冷たさを、肺の奥にまで感じ取っていた。


 仮面舞踏会の余韻が残る学園とは思えないほど、静まり返っていた。

 だがその沈黙の奥に、彼は確かに“異質な気配”を感じ取っていた。


 誰かが、どこかで、見ている。

 気配はない。魔力の波長もない。

 だが、それでも確かに“誰かがいる”と感じさせる、あの得体の知れぬ圧。


 「……監査局に連絡を入れよう」


 マユは学園の旧管理棟にある通信室へと向かった。

 普段は使われていないそこには、対外結界を超えて連絡を取るための魔導通信装置が設置されている。


 薄暗い廊下を進み、通信室の前に立ったとき――

 扉の前に貼られた一枚の紙が目に留まった。


 《通信装置一時停止中 整備局報告済》


 不自然なほど簡潔で、しかも日付も署名もない。

 “誰が”“いつ”停止させたのかが、まったく書かれていない。


 マユは眉をひそめた。


 内部から通信を妨害しているのか――

 あるいは、外部から操作されているのか。


 どちらにしても、普通ではない。


 彼は慎重に扉を開け、部屋の内部を確認した。

 使われていないはずの部屋には、微かな残り香があった。

 焦げた紙の匂い。そして――薄く、血の匂い。


 装置は無事のように見える。

 だが、魔力の導線がわずかに捻れていた。


 これは意図的な“干渉”――

 何者かが、内部から回線を迂回させ、封鎖した痕跡だった。


 「監査局どころか、外とのすべての通信が……」


 マユは静かに装置に手を触れ、残留術式を読み取った。


 そこに浮かび上がったのは、彼の知る結界式とは異なる、特殊な術式構成。

 外部結界と共鳴しつつ、特定の信号だけをブロックする“選別式”だ。


 つまり――


 “誰かがこの学園を情報封鎖している”。


 しかも、痕跡を極力隠したまま。


 「……内部犯か」


 だが、それにしても範囲が広すぎる。


 この結界が完全に作用しているなら、上層部も気づけない。

 何が起きているのか、誰も学園の“異常”を知らないまま、事態だけが進行していく。


 「それこそが、意図なのか?」


 だがマユは、そこでふと別の疑問に行き着いた。


 “なぜ、わざわざ仮面舞踏会の直後だったのか”。


 このタイミングを狙っての遮断であるなら、舞踏会の混乱に乗じて、何かを“運び込んだ”あるいは“隠した”可能性がある。


 あるいは――誰かに接触し、記憶を操作した。


 学園の生徒は多くが興奮と酩酊のなかにあった。

 仮面をつけ、身元すら曖昧になっていたあの一夜。

 何が起きていても、おかしくなかった。


 マユはすぐに端末を起動し、学園内の巡回記録やセキュリティ映像の再確認を試みた。

 だが、ログそのものが“存在していなかった”。


 舞踏会当日の記録だけが、完全に削除されている。


 「ここまで徹底してるなら……これはもう、偶発じゃない」


 マユの中に、“敵の姿”がぼんやりと浮かびはじめる。

 だが、顔までは見えない。


 名前もわからない。

 ただ、かつて“契印研究室”に関与し、表舞台から姿を消した人物。

 記録では死亡扱いとなっていた、あの人物のコードネーム――


 《セクター・アリス》


 その名を思い出したとき、マユの首筋に、氷の刃のような感覚が走った。


 彼は背後を振り返った。

 誰もいない。


 だが、確かに“視線”を感じた。

 この学園のどこかに、“観測者”がいる。


 ただの侵入者ではない。

 内部の誰か――それも、深い権限を持つ人物。


 マユは記録束を取り出し、最後のページにある“観測者欄”を見た。


 《記録削除済》


 そこには名前はなかった。

 だが、かすかに残る文字の痕跡が――アリスのアルファベットのように見えた。


 「やっぱり……お前なのか」


 その瞬間、通信装置の警報ランプが静かに点灯した。


 「……!」


 誰かが再び装置を“覗いた”のだ。

 外部からのシグナルではない。内部接触。


 マユはそのまま、記録束を服の内側に押し込み、走り出した。


 もう一度、調べるべき場所があった。


 “地下制御層”。

 契印装置の核であり、学園全体の結界制御と、研究時代の試験体――“異界残滓”の保管エリアがある場所。


 もしそこにも干渉があるなら……

 学園は、すでに掌の上で踊らされていることになる。


 「たとえ影でも、目を逸らしてはいけない。……俺は、最後まで見る」


 マユは静かにそう呟き、足を速めた。

今回のエピソードでは、マユの過去と“契印研究”に関わる影が再び姿を見せ始めました。


 すべてが記録から消された舞踏会の夜、そして不自然なまでの情報遮断。

 明らかに“誰か”が、意図をもって動いている――その核心へ、マユは一歩ずつ迫っていきます。


 次回、第74話では、ついに学園の“地下制御層”が舞台となり、マユの過去と“あの人物”にまつわる真実が、部分的に明かされていく予定です。


 静かなる推理と、見えない敵との神経戦を、どうか引き続きお楽しみください。

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