表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/119

66話:仮面の日常と、燃える剣

「何気ない学園生活の裏に、異界の影は静かに潜んでいる。」


 マユとして暮らす彼の日々も、既に三ヶ月が経過しました。生徒たちと笑い、教師の講義に耳を傾ける日々。その一方で、夜には《ラグナ》を手に、誰にも見られぬ場所で静かに剣を構える――そんな“二重の時間”を過ごしています。


 今回は、学園生活の中で芽生える些細な気配と、エリナという少女との出会いの深まり、そして再び現れる“異界の脅威”との激突を描きました。


 仮面をかぶった日常の裏側で、剣が紅く脈打ちます。

窓の外では雲が流れていた。

 風はなく、空は鈍く、まるで何かが押し黙っているような空気だった。


 王立契印学園――その正門を潜ってから、マユはもう三ヶ月近くこの場所で暮らしている。


 偽名ではない。これは“記録補助監査官”としての仮の身分――そして、世界の裏側で火種を見つけるための、彼自身の選択だった。


 (けれど……妙な感覚だな)


 授業を受け、生徒と共に食堂で食事をし、図書塔で本を読み、決められた時間には部屋に戻る。


 ただの学園生活――のはずなのに、何かが違う。


 (これは、日常の皮を被った“異物”だ)


 そう思ってしまうのは、ここが“あまりに整いすぎている”からだった。


 教師は優しく、同級生は礼儀正しい。校内に不審な気配はない。

 それはまるで、“契印”という制度を正当化するためだけに存在する、箱庭のような環境だった。


 だからこそ、マユは夜になると《ラグナ》を手に、人気のない旧棟の裏庭に出る。


 ――火種を見つけるため。


 (今日も……何も起きない、か)


 重たくため息を吐きながら、マユは木の陰に立つ少女の存在に気付いた。


 「……エリナ?」


 栗毛の髪を夜風に揺らし、じっとマユのほうを見ているのは、クラスメートの少女だった。


 「やっぱりここにいた。最近ずっと夜に姿が見えなくなるから、気になって」


 声の調子は軽やかだが、瞳の奥には揺るがない意志が宿っていた。


 ミナミ・エリナ。

 学園内でも指折りの成績を誇る才女で、なぜか初日からマユに懐いていた少女だ。


 「ごめん。ただの散歩だ。空気が重くて、部屋にいると息が詰まりそうで」


 マユは視線を逸らす。エリナは、それでも一歩近づいた。


 「ねえ、マユ……私ね、気付いてたの。あなたが、普通の生徒じゃないって」


 その言葉に、マユの背筋が僅かに震えた。


 「それは、どういう意味だ?」


 「直感……なんて言わないよ。あなたの目は、いつも“戦場”の匂いがする。ああ、誰かを見てるんじゃない。もっと深い、何かを……追ってるような」


 マユは沈黙した。


 (隠しきれなかったか……)


 けれど彼女は、さらに言葉を重ねた。


 「でも、私は怖くない。むしろ、惹かれてるの。あなたが隠している過去も、名前も、今の姿も、私は“マユ”として全部受け止めたいって思ってる」


 ――彼女は、“真夜”を知らない。

 “マユ”としての彼しか知らず、それでもここまで信じようとしてくれている。


 その事実が、なぜか胸に残る熱を生んだ。


 「……ありがとう」


 呟いたその言葉に、彼女は柔らかく微笑んだ。


 「で? その剣、やっぱり普通じゃないんでしょ?」


 「……どうしてそう思う?」


 「だって、燃えてるもん」


 ラグナの刃が、微かに紅く光っていた。


 ――主が心の奥で戦いを望めば応える。

 それが、“災いの剣”ラグナの在り方。


 「これは……異界から来た“記憶”の塊なんだ」


 「……そう」


 エリナはそれ以上何も聞かなかった。ただ、隣に立ち、夜空を見上げた。


 しばらくの沈黙のあと、彼女はぽつりと呟いた。


 「私、知らなくてもいい。名前も、過去も。けれど……あなたがここにいることだけは、信じたいの」


 その言葉に、マユは剣を静かに納めた。


 夜は静かだった。

 けれどその静寂の奥には、確かに何かが“蠢いて”いた。

翌朝、マユはいつもより早く目覚めた。

 部屋の窓を開けると、朝靄の向こうに学院の塔が霞んで見える。鳥の鳴き声も、遠くの鐘の音も、どこかぼやけていた。


 「……霧が濃いな」


 呟いた声が、湿った空気に吸い込まれる。ラグナは机の上、布に包まれたままじっとしていた。まるで昨夜の出来事が夢だったかのように、ただ静かにそこにある。


 着替えを済ませ、寮の廊下を歩く。

 壁に飾られた絵画、磨かれた石床、窓辺の鉢植え――すべてが整っていて、どこにも“異常”の気配はない。


 けれど、マユの中の警鐘は止まらなかった。


 (この空気……昨日よりも重い)


 授業が始まる頃には、霧はさらに濃くなっていた。

 講義室には既に数人の生徒が集まっていたが、皆どこか浮かない顔をしている。誰もが朝の霧に気圧されているのか、それとも別の理由なのか。


 「マユくん、今日の霧、ちょっとおかしくない?」


 そう声をかけてきたのは、クラスメートのルークだった。いつも軽口を叩く少年だが、今朝はその表情に余裕がない。


 「どうおかしいんだ?」


 「匂いだよ。なんか、金属っぽい匂いがする。ほら、錆びた鉄みたいな……」


 マユは目を細めた。

 たしかに、空気の奥底に“鉄の匂い”が混じっている。雨の前触れではない、それは“血”に似た、嫌な感覚だった。


 (結界のゆらぎか……)


 席につきながら、マユは無意識にラグナの存在を意識した。

 今は布に包まれ、校則の制約により帯刀は許されていない。だが、剣は眠ってなどいない。彼の内側で、うっすらと熱を灯していた。


 (何かが近い……)


 授業が始まり、教師が板書を進める中でも、マユはずっと胸の奥でざらついた不安を抱えていた。


 ふと、隣のエリナがノートをそっと差し出す。


 《大丈夫? 顔色悪いよ》


 走り書きされた文字に、マユはかすかに笑って頷いた。

 その気遣いは嬉しい。けれど、彼女には巻き込まれたくない。


 授業が終わった昼休み。

 マユは食堂を避け、図書塔の裏手にある小道へ向かった。そこはあまり人が来ない場所で、学院の結界もやや薄い場所でもあった。


 (……案の定か)


 その場に立った瞬間、空気が変わった。

 目に見えぬ“裂け目”が、木々の影に潜んでいる。異界との境界がわずかに歪んでいた。


 マユは制服のポケットから、密かに携帯していた“転位封印札”を取り出し、裂け目の気配をなぞる。


 「薄いが、確かにここだな……」


 しかし次の瞬間――


 「なにしてるの?」


 背後から声がした。反射的に身体を捻って距離をとると、そこにいたのは、やはりエリナだった。


 「……ついてくるなって、言っただろ」


 「言ってない。あと、あまりにも怪しいから追いかけただけ」


 マユは苦笑した。


 「……君は、意外としつこいな」


 「意外と、じゃない。“ずっと”しつこいよ」


 彼女の返答は即答だった。だが、その微笑みには揺るがない想いがにじんでいる。


 「マユ、危ない場所に行くつもりなんでしょ? そういう時、一人で抱えないで」


 「……何を知ってる」


 「知らないよ。でも、あなたが何かと戦ってるのはわかる。昨日だって、剣を持ってどこかに行ってたよね」


 マユは一瞬、言葉を失った。

 隠していたつもりでも、エリナにはすべて見透かされているようだった。


 (やはり、誤魔化せないか……)


 「君は……俺の正体が何であっても、信じられるのか?」


 「信じるよ。“今ここにいる、マユ”のことを」


 それは、どこまでも真っ直ぐな瞳だった。

 マユはゆっくりと目を閉じ、ひとつ息を吐いた。


 「……じゃあ、行こう。隠しても、もう意味がなさそうだ」


 彼は再び裂け目に向き直る。手には札。そして、心には“決意”を。


 ――異界は、確かにここに続いている。


 マユは知っていた。

 “この日常”は仮初めであり、何か大きなものが動いていることを。


 (俺がここに来た理由を、忘れるな)


 封印札を翳し、魔力を注ぐ。


 薄く光る結界が、裂け目を封じようと波打った。


 「これで、少しは持つはずだ」


 だが、それは応急処置に過ぎない。


 この学院に何が潜んでいるのか――本当の“契印の核心”に触れる時が、近づいていた。

教室の隅にある窓際の席。

 そこに、マユはいつものように座っていた。


 朝の授業は淡々と進んでいた。歴史、魔法理論、契印に関する法規。

 だが、内容はどれも基礎の繰り返しで、彼にとっては何も引っかかるものがなかった。


 (この学園……やっぱり、どこかおかしい)


 この数ヶ月、彼は何度もそう感じてきた。

 教師の口調、生徒の態度、施設の設備。そのどれもが“完璧すぎる”のだ。

 まるで“異物を隠すために設計された”ような、そんな違和感。


 授業が終わると同時に、生徒たちはにぎやかに談笑を始めた。

 マユの隣の席から、柔らかな声が聞こえてくる。


 「今日のテスト、どうだった?」


 「ま、まあまあかな……またエリナに勝てなかったけど」


 ミナミ・エリナの名前が、そこでも聞こえた。


 (……本当に、目立つ存在なんだな)


 彼女の存在は、この学園でも一際強い光を放っていた。

 学問、礼儀、実技、どれも高水準。けれど、それでいて嫌味がない。

 むしろ彼女の周囲には、自然と人が集まってくる。


 だが、そんな彼女が――何の理由もなく“マユ”に近づいてきたことが、逆に不可解でもあった。


 「マユくん」


 考えを遮るように、声がかけられた。

 見ると、エリナが手にノートを抱え、席の前に立っていた。


 「お昼、一緒にどう? 例の……学食の新メニュー、食べてみたいって言ってたでしょ?」


 「……ああ、うん。行こうか」


 気まずさはない。

 むしろ、エリナと話す時だけは、マユもどこか素直になれる気がした。


 ふたりは学食へと向かった。

 広々としたホールには、すでに生徒たちの賑やかな声が響いている。

 長いテーブルに着席すると、エリナが小さく笑いながら言った。


 「ねえ、マユくん。最近、また夜にどこか行ってる?」


 「……え?」


 「私、見たの。旧棟の裏庭にいるあなたを。焔のような光が、あなたの背中に灯ってた」


 マユは、返す言葉を失った。


 (見られていた、か)


 だが、彼女の目には責める色も、疑念もない。

 ただ、そっと真実に触れようとする、優しいまなざしだけがあった。


 「ごめん……言いたくないなら、いいの。ただ……私は、あなたが“どこから来た人”でも、“何を背負ってる人”でも……ここにいる“マユ”を信じてるから」


 まただ――。

 彼女の言葉には、何か“鎖”を断ち切るような力がある。


 「……ありがとう。エリナ」


 マユは静かに言った。


 「今夜も、ちょっと見回りに行くよ」


 「……そっか。じゃあ、また夜、あそこで会える?」


 彼は頷いた。


 学食を出た後も、エリナは何も追及しなかった。

 ただ、隣に並び、歩幅を合わせてくれる。

 それが、どれほど心を救ってくれるか――マユ自身が驚くほどだった。


 (でも……こんな日常、きっと長くは続かない)


 その夜。

 マユは再び、旧棟の裏庭へと足を運んだ。


 その手には、静かに赤黒い光を宿す剣――《ラグナ》。


 夜の風が吹く。

 月は雲に隠れ、闇はより深くなっていた。


 廃れた煉瓦の壁。その影から、瘴気がゆらりと立ち上がる。


 (……来たか)


 ラグナが、微かにうなる。


 そのとき――。


 「見つけた」


 低く、濁った声。

 闇の中から、異形の影が現れた。

 手も足も、人の形をしているようでしていない。目は無数に蠢き、口元からは蒸気のような瘴気が漏れていた。


 「お前……何者だ?」


 マユの問いに、影は嗤った。


 「お前こそ。“記憶を背負う者”……いや、“記憶を焼く者”か」


 (何者だ、この瘴気……過去に出会ったどの怪物よりも、密度が濃い)


 影は、こちらの動きを読む前に動き出す。

 鋭く裂けた爪が、空気を裂いた。


 マユは剣を引いた。

 ラグナが火花を撒きながら受け止める。


 「くっ……!」


 衝撃が腕を伝う。


 だが、剣は折れない。


 彼の意思が、ラグナの核に触れている限り――それは、災いであっても、砕けはしない。


 「俺は、“真夜”だ。だけど今は……“マユ”としてここにいる」


 呟いた言葉が、夜を切り裂いた。

《ラグナ》が再び脈打った。


 マユの掌の中で、剣はあたかも生き物のように震えていた。まるで、この静寂の奥に潜む“何か”に呼応するように。


 風が止む。音が消える。


 その瞬間だった。


 空間が裂けた。


 音もなく、ただ“世界が破られた”という直感がマユの背骨を貫く。黒い亀裂が宙に浮かび、そこから吹き出すように瘴気が溢れた。異界の瘴気――それは空気より重く、現実より強く、ただそこにあるだけで空間を軋ませる。


 「また……来たのか」


 呟く間もなく、影が現れた。


 異界の魔性。その形は、まるで具象化した恐怖の塊。人型でも獣でもない。腕のようなものが四本、脚のようなものが逆関節に折れ曲がり、歪んだ仮面のような顔が一つ。闇の中に紅い目が二つ、三つ、いやもっとある。


 (これは……前のよりも“強い”)


 マユは剣を構える。


 今の彼には、学園のルールも、仮初めの平穏も意味を成さない。目の前の“脅威”を排除する――それだけだ。


 黒い影が、跳ねた。


 一気に距離を詰め、右腕のようなものが鋭利な刃に変わり、マユの胸元を狙って振り下ろされる。


 「――ッ!」


 寸前で剣を翳し、受け流す。


 火花。空気が爆ぜ、ラグナが低く唸る。


 しかし、次の一手は影が早かった。左手のようなものが地を這い、マユの足元を狙って絡みつく。


 (速い……っ!)


 バックステップでかわし、空中で身を翻す。

 その動作に一瞬の“違和感”を覚えた。

 まるで、相手が彼の動きを読んでいるかのように、間合いを詰めてきたのだ。


 「……“記憶”を、喰っている?」


 ラグナが持つ力を思い出す。

 “記憶を焼き尽くす剣”――ならば、こいつは“記憶を盗む影”なのか。


 (こいつは、俺を知っている……!)


 その刹那、影の仮面がぱくりと開いた。


 中から、マユの“声”が響いた。


 『俺は、“マユ”だ。けれど、あの夜――』


 「やめろ!!」


 剣が唸った。地面を穿ち、ラグナの炎が空間を焼く。

 紅い焔が、瘴気を洗い流すように広がる。


 その中心で、マユの心が叫んでいた。


 (俺は“真夜”だ。そして今は“マユ”だ。それは逃げでも偽りでもない。――誓いだ)


 ラグナが応える。


 紅蓮の軌跡が空を裂き、影を貫く。


 まるで“世界の記録”そのものを、剣が塗り替えるようだった。


 影は一瞬、静止した。


 そして、叫んだ。


 『たすけて』


 それは、かつて“誰か”が言った言葉。

 異界に飲まれ、心を失い、なお叫びを残した者の、最期の記録。


 マユは目を伏せた。


 「……焼いてやる。せめて、痛みを伴わないようにな」


 一閃。


 影は、消えた。


 あとには、ほんの少しの風と、ラグナの熱だけが残された。


     ◆  ◆  ◆


 数刻後。


 マユは寮の屋上にいた。


 誰にも見られぬ場所。夜風だけが、彼の傍らにいた。


 (……また“記憶”が混じってきている)


 影に触れた一瞬、他人の記憶が脳裏を掠めた。

 女の子の泣き声。遠くで誰かが呼ぶ声。煙の匂い、焦げた鉄の味。


 それは、確かに“誰かの終わり”だった。


 (ラグナのせいか? それとも俺が、もう……)


 だが、考えても仕方ない。


 彼はもう、立ち止まれない。


 「クロヤ・マユとして、ここにいる限り……俺は進む」


 夜空を見上げた。星がひとつ、流れていった。


 それを見ていた彼の目には、炎の揺らめきが宿っていた――

66話、いかがでしたでしょうか。


 日常と非日常の狭間に立つマユ。彼の過去や《ラグナ》の正体に触れる機会が少しずつ増え、また、それを感じ取るエリナの存在が、今後の人間関係に新たな風を吹き込んでくれそうです。


 今回は、会話と描写のバランスを意識し、マユの心の動きや異界の“影”の不気味さ、そして記憶に訴えかけるような戦闘描写に力を入れました。


 “記憶を焼く剣”ラグナ。その力が、今後どのような形で物語を揺らしていくのか、ぜひ注目していただけたら嬉しいです。


 次回、第67話もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ