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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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64話:焔、揺らぐ心の輪郭

異界から戻ったマユは、学院という日常の中でも、自らの力と静かに向き合い続けています。

 そんな彼の“夜”の一面に焦点を当てました。


 それは決して孤独ではなく、レオという仲間との対話、ぶつかり合いの中で少しずつほぐれていく――そんな“剣より深い友情”の物語です。

夜の帳が下りて久しいというのに、マユはまだ眠れずにいた。


 一人きりの自室――無機質な天井を見上げながら、彼は浅い呼吸を繰り返す。


 心がざわついていた。


 異界から戻って、数日が経つ。日常は変わらぬように流れている。教室での雑談、廊下ですれ違う教師の声、食堂の喧騒――どれもが以前と同じで、どこか懐かしく、けれど手触りの違うものに感じられた。


 静寂の中、マユはゆっくりと目を閉じる。


 ――戻ってこられたのに、どうしてこんなにも心が重いんだろう。


 あの世界で見たもの。命が散っていく音。焼け落ちた祠、呻く叫び、そして、敵として現れたかつての人影……。


 思い出したくない記憶の断片が、夜ごと浮かび上がっては消えていく。


 「……守れなかった、か」


 口の中で転がすように、ひとりごちる。


 あの瞬間、もっと違う選択肢があったのではないか。迷わず振るった一撃が、誰かの未来を奪ってはいなかったか。そんな問いが、夜毎に彼の心を蝕んでいた。


 ベッドから体を起こし、静かに立ち上がる。音を立てないように、マユは窓際へ歩み寄る。


 カーテンを少しだけ開けると、月明かりが差し込んできた。


 冷たい光が、部屋の床を銀に染める。


 「……綺麗だな」


 そう呟いた声は、自嘲にも似ていた。


 自分が持ち帰ったのは、こんな穏やかな光ではない。紅蓮に燃える剣、凍てつく絶望、命の重さと脆さ。そのすべてが、この静寂には似つかわしくなかった。


 思わず、背中を壁に預ける。


 「俺は、誰かを助けたかっただけなのに……」


 拳を握る。その手は微かに震えていた。


 誰かに責められたわけではない。だが、マユの中では、もう一人の自分が、今も責め続けていた。弱さを、迷いを、そして――罪を。


 だが、そんな夜にも、確かに小さな変化はあった。


 仲間たちの存在。レオの飾らぬ笑顔。エリナのまっすぐな視線。彼らは何も言わず、ただ“今のマユ”を受け入れてくれている。


 「……あいつらには、バレてんのかもな。俺の迷いも、弱さも」


 壁にもたれたまま、微かに笑う。


 そう思えるだけ、少しだけ、心が軽くなる。


 ――それでいい。


 全部をさらけ出す必要はない。ただ、今はこの“マユ”という名前のまま、できることをする。


 過去に目を背けながらも、前に進むことはできる。


 明日もまた、仲間と会える。くだらない話で笑える。訓練で汗を流せる。それだけでも、十分すぎるほどに、救いだった。


 「……寝よ」


 短くそう呟き、ベッドに戻る。


 布団に潜り込むと、ようやく心が落ち着いてくる。目を閉じた先に浮かんだのは、遠く離れた異界ではなく、明日の昼に食べようと思っていたカフェテリアの新メニューだった。


 それが、どこまでも現実的で、どこまでも優しい未来だった。


 眠りは、すぐに訪れた。

足音が鳴る。ざっ、と乾いた音を立て、マユは学院の裏手にある、使われなくなった旧礼拝堂へと足を踏み入れた。


 誰にも知られたくなかった。ただ、誰にも見られたくなかった――。


 この胸の奥で、まだくすぶる何かがある。異界での戦い、消えかけた声、そして、自分の力を思い出すたびに、心が痛んだ。


 礼拝堂は古く、崩れかけた壁の隙間から夕陽が差し込んでいた。紅の光が舞い込み、埃の粒が金色に染まる。


 静寂。人の気配はない。


 マユは一歩ずつ、慎重に奥へ進む。板張りの床が、ぎし、と軋んだ。誰かがここに来た形跡はない。かつて、信仰の祈りがこめられた場所に、今はただ、空虚な時間だけが残っていた。


 彼は一番奥の石壇の前に立ち止まり、息をついた。


 「……ここも、変わらないな」


 そうつぶやいたとき、自分の声が驚くほど弱々しく響いた。かつての自分――「真夜」であった頃の、自信と傲慢さは、すでに遠い記憶の彼方だ。


 「どうして、こんなに弱くなったんだろうな……」


 つぶやきながら、剣を抜く。


 紅蓮の紋章が浮かぶ、あの剣。異界の最奥で得たもの。力はある。だが、それを振るうたびに、思い出すのだ。


 泣いていた少女の顔。


 声を失った仲間。


 守れなかった希望。


 「強くなったはずなのに……。結局、何一つ守れなかった」


 剣を、地面に突き立てた。乾いた音がして、埃が舞い上がる。


 視界が霞んだ。涙ではない。ただ、夕陽が、強すぎるだけだ。


 「まだだ。まだ……」


 口の中でつぶやきながら、膝をつく。


 無意識のうちに、唇を噛んでいた。血の味が口に広がる。


 「これが、俺の罰なのか?」


 自問に、答えはない。


 だが、それでも彼は立ち上がる。


 時間は進む。世界は待ってはくれない。


 やがて、微かな音がした。誰かの足音だ。マユは剣を引き抜き、警戒する。


 だが、現れたのは――


 「……エリナ」


 息を切らしながら、彼女は扉の前に立っていた。夕陽が彼女の髪を染め、まるで炎のようだった。


 「探したよ……ずっと。あのまま黙っていなくなるなんて、ずるいよ」


 マユは、剣をそっと下ろす。


 「ごめん。誰にも、顔を見せる気になれなかった」


 「理由なんて、聞いてない」


 エリナは、まっすぐに近づいてくる。彼の隣に腰を下ろし、何も言わずにしばらく空を見上げていた。


 やがて、ぽつりと言う。


 「私も、怖かった。異界で、みんなが壊れていくのを見て。自分も、いつか壊れるんじゃないかって」


 「……壊れたよ、俺は」


 「そうかな?」


 彼女はそっと、マユの手に触れた。


 「今、ここに戻ってきてくれた。それだけで、私は……」


 言葉は続かなかった。けれど、それでも、十分だった。


 マユは、剣を再び見下ろす。かつては、ただの力だった。だが今は――


 「守りたいものがある。だから、俺は……」


 その続きを、言葉にすることはなかった。だが、それでも確かに、何かが心の奥で再び灯るのを感じていた。


 そして、彼はゆっくりと立ち上がる。


 「行こう。まだ、やらなきゃいけないことがある」


 エリナは頷いた。


 二人の影が、夕暮れの中で、ゆっくりと長く伸びていく。


 そうして、また一歩、彼らの“夜”が動き出した――。

学院の中庭に、ほのかな風が流れていた。


 陽は西に傾き、赤く染まった空の下で、マユはひとり静かに腰を下ろしていた。周囲には生徒の姿もまばらで、賑わいはもう昼のものではなかった。


 彼の視線は、手のひらに乗せた小さな紙片に向けられていた。異界で手に入れた、ある記録の断片。もう文字は掠れ、触れれば崩れそうなほどに劣化している。それでもマユは、何度も何度もそれを読み返してきた。


 「……帰ってきたんだよな、俺」


 ぽつりと呟いた声が、風に溶けていく。


 戻ってきたのは、確かに自分が過ごしていた日常。けれど、かつてとまったく同じかといえば、そうではなかった。


 感じる風の温度が違う。音の響き方が違う。なにより――目に映る世界が、わずかに滲んで見える。


 異界での記憶は、幻ではなかった。あの地で流した血も、涙も、笑いも痛みもすべて、彼の中に焼き付いていた。


 そのせいか、誰かと話すたびに距離を感じる。言葉の端々に、自分だけが知る“あちら側の重み”を差し挟んでしまう気がして、踏み込めないのだ。


 「それでも……」


 マユは空を仰ぎ見た。そこには、ただ夕暮れが広がっていた。


 「ここに、俺の場所はあるんだよな」


 そのとき、足音がひとつ、近づいてきた。


 「……ここにいたんだ」


 声の主は、エリナだった。制服の上に軽く羽織をかけ、髪を後ろでまとめている。


 「探したよ。食堂にも、図書室にもいないんだもん」


 「ごめん。ちょっと、ひとりでいたくて」


 マユは言いながら紙片をたたみ、そっとポケットにしまう。


 エリナは隣に腰を下ろし、しばし無言で空を見上げた。茜に染まる雲が、ゆっくりと流れている。


 「……マユ、無理してない?」


 不意に、そう問われた。


 マユは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに微笑んだ。


 「無理、ね。……少しくらいはしてるかも。でも、それが普通だよ」


 「そう?」


 「うん。俺さ、異界で――色んなものを見てきた。失ったものもあるし、手に入れたものもある。けど……今ここにいる自分が、それを語れるほど整理できてるかって言ったら、正直、よくわかんない」


 「……うん」


 エリナは静かにうなずいた。彼女は異界の出来事を直接は知らない。けれど、戻ってきたマユの変化には、誰よりも早く気づいていた。


 「言わなくていいよ。無理に話そうとしなくていい。……でも、言いたくなったときは、私が聞くから」


 「ありがとう」


 その言葉に、マユは肩の力を抜く。風が、二人の間を優しく通り抜けた。


 「私さ、時々思うんだ。異界に行ったのはマユだけど……私たちも、あの出来事で少しずつ変わったのかもしれないって」


 「……それは、どういう意味?」


 「わからない。でも、昔より“今”を大切にしようと思うようになった。そう思わせてくれたのは……きっと、あなたが帰ってきたから」


 マユは、目を伏せて小さく笑った。


 「……それは、照れるな」


 「うん、照れていいと思う」


 軽口を交わす二人の間に、少しずつ笑みが戻っていく。


 マユはポケットに入れた紙片を、もう一度そっと指先でなぞった。


 異界の記録。そこに書かれていたのは、言葉にならない祈りのようなものだった。


 “戻る場所があるなら、どうか忘れないで。君がいたこの世界を、君が守ろうとした想いを。”


 それが何の記録だったのかは、いまだにはっきりしない。けれど――今の自分に必要な言葉であることは、間違いなかった。


 「マユ、これからどうするの?」


 エリナが小さく尋ねた。


 「……たぶん、戦うと思う。異界のことはまだ終わってない。だけど同時に……守りたいものも、できたから」


 「この世界を?」


 「うん。ここにいる人たちを、日常を、そして……仲間を」


 エリナは黙ってうなずいた。


 「私も、できることをするよ。魔法のことでも、調査でも、何でも」


 「心強いな」


 その言葉に、エリナは頬を染めた。


 陽はさらに傾き、空は濃い朱へと染まりはじめる。


 二人は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。重い過去と、それでも歩もうとする現在を胸に――


 “再び始まった日常”の中で、それぞれの一歩を刻みながら。

夜の帳が学院を包みはじめた頃、静まり返った訓練場にひとりの影が佇んでいた。


 マユだった。


 夕食も終わり、生徒たちがそれぞれの寮に戻る時間帯。人影もなくなった広い訓練場に、ただ風の音だけが木々を揺らしていた。


 「……少し、慣れてきたかもしれない」


 マユは、手にした剣をゆっくりと抜き放った。夕刻に比べれば、刃の“暴れ”は幾分か収まっている。それでも、内に潜む熱は確かに脈打っていた。


 異界で手にしたこの力は、決して温もりだけではない。理不尽さ、破壊、そして孤独――そんなものを含んだ“異質”だった。


 それでも。


 「俺が選んだんだ、この力を」


 目を伏せ、深く息を吐く。


 剣を構えると同時に、足元の空気が歪んだ。魔力の奔流が地を伝い、瞬く間に空間を震わせる。だが、彼は恐れず、それを自身に流す。


 ――自分が、何者であるか。


 異界を渡った“あのとき”から、答えを探す旅は続いている。答えのかけらは、すぐそばにあるのかもしれない。けれど、未だ掴めずにいた。


 「戦う理由は、もう一つじゃない。……守りたいものが、できたから」


 言葉にしてみると、想いは静かに心の奥で灯をともす。


 そのときだった。


 「マユ!」


 不意に背後から声がして、マユは剣を納めた。


 姿を見せたのは、レオだった。木刀を手に、こちらへ小走りにやってくる。


 「やっぱりここにいたな。エリナが、また訓練場じゃないかって言ってた」


 「……見られてたのか」


 「まあな。あいつ、妙にお前の行動パターン覚えてるから」


 笑いながら近づいてくるレオは、昼間のような軽やかさをそのまま纏っていた。


 「なあ、ちょっとだけ手合わせしようぜ」


 「また?」


 「違ぇよ。今度は、お前の動きを見せてくれって意味で」


 マユは少し考えたあと、無言で剣を構えた。


 それが返答だと知り、レオも木刀を構える。


 静寂の中に、風が吹く。


 次の瞬間、二人は同時に地を蹴っていた。


 マユの動きは、滑らかだった。炎の残滓を纏った剣は、夜闇の中で仄かに輝き、まるで意志を持つかのように揺れ動く。


 レオの木刀はそれを真正面から受け止める。火花が散り、踏み込みの衝撃が訓練場に響く。


 「……やっぱ、お前は変わったな」


 「……そうかもな」


 何度か交差する打撃の合間、短く言葉が交わされる。


 「でもよ、変わったってことは、前と“切り離された”わけじゃないと思うんだよ」


 レオの言葉に、マユは目を細めた。


 「お前、いつの間にそんなこと考えるようになった?」


 「うるせーよ。……俺だって、色々見てんだ」


 最後の一撃が交差する。


 火花とともに剣が上がり、レオの木刀が受け止める。音とともに振動が広がり、互いに弾き飛ばされるように後退した。


 そのまま数歩、マユは息を整える。


 レオも同じく、木刀を肩に担いだ。


 「なあ、マユ。……もし、これからまた異界と関わることがあるなら」


 レオの声が、静かに夜に溶けていく。


 「俺たちも、連れていけ」


 マユは少し驚いたように目を見開いた。


 「お前らは、普通に暮らしてていいんだ。俺は、もう戻れない場所もある」


 「違ぇよ。そうやってお前だけが背負い込むから、余計に“孤独な力”になるんだ」


 レオは言った。


 「お前の力が暴れるのは、たぶん、お前が“ひとりで立とう”としてるからだ。……違うか?」


 マユは剣を見下ろした。


 確かに、自分の中にあったのは“自分がやらなきゃ”という焦燥と責任だった。


 ――けれど、本当にそれだけでいいのか?


 「……一緒に、来るつもりなのか?」


 「当たり前だろ。バカがひとりじゃ、世界は救えねーんだよ」


 マユは、ふっと息を漏らして笑った。


 「……じゃあ、頼むよ。相棒」


 その言葉に、レオは親指を立てて笑った。


 夜空に星が滲む。


 かつて見上げた異界の空とは違うけれど――


 この世界にも、守りたいものがある。


 マユはもう一度、剣を握った。


 燃え上がる炎の刃。


 それはもう、孤独の象徴ではなかった。

いかがでしたか? 今回はマユの内面にじっくりと寄り添い、あえて静かな夜の訓練場を舞台に描きました。

 彼の中にある不安、責任、そしてそれでも誰かに頼りたい気持ち。それを言葉ではなく、剣でぶつけるレオの優しさが印象的です。


 次回からは、再び物語が動き出します。異界の影はまだ完全には去っていません――。


 それでは、また次の話でお会いしましょう!

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