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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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57/119

57話:声なき気配、揺れる灯火

放課後の調理室。文化祭が終わった後も、唐揚げの香りとともに残る“気配”に、マユとエリナは再び向き合います。

名前も、顔も、声も――忘れてしまったはずの“誰か”の存在。

それでも、消えない想いだけが、確かに心に残っている。

第57話では、忘却と記憶の狭間に揺れるマユの心情と、彼のそばで寄り添うエリナの思いを丁寧に描きました。


そして、調理室に響いた謎の音と、廊下の“白い揺らめき”が意味するものとは――

彼らの物語は、ここから新たな“始まり”を迎えようとしています。

夜の帳が、学園をすっかり包んでいた。


 校舎の外壁は鈍い光を反射し、窓ガラスの向こうでは、昼間の喧騒が嘘のように静けさが支配していた。人気のない廊下には蛍光灯がまばらに点灯しているが、ところどころ球切れしており、そこだけがぽっかりと暗闇に沈んでいる。


 その一角を、マユの影が静かに通り過ぎていく。


 彼の足取りは慎重だった。右手には訓練用の模擬剣、制服の裾は風にふわりと揺れている。日中とは違い、夜の校舎はまるで別の顔を見せていた。何かが潜んでいる、あるいはこちらを見つめているような――そんな気配が、空気の奥に漂っていた。


 (……やっぱり、気のせいじゃない)


 マユは足を止め、耳を澄ます。


 ……コツン。


 かすかな足音が、今もどこかで響いている。しかも、それは規則的ではなく、不自然に間が空いていた。まるで、何かがこちらの動きを窺っているかのように。


 (誰かが、いる)


 文化祭が終わったあとのこの時期、学園にはもう部活の生徒も残っていないはずだ。清掃や片付けも終わっており、教師たちもすでに帰宅している。


 にもかかわらず――。


 マユは校舎の奥へと歩を進める。目指すは西側の階段棟。先ほど“白い何か”が揺れた場所だ。


 廊下を曲がった瞬間、足元に冷たい風が吹き抜けた。まるで、地下から這い上がってきたかのようなその風に、マユの背筋がぞわりとする。


 階段の踊り場には、誰もいない。


 だがその奥、非常扉の前に、かすかな足跡があった。


 濡れてはいないが、埃の中に確かに刻まれた足跡。靴の形は細く、軽い印象だった。


 (女子か?)


 思わず浮かんだ推測を、マユは首を振って追い払う。


 ――そんなはずはない。こんな時間に、一人で?


 階段を見下ろしながら、マユは扉に手をかけた。ぎぃ、と軋む音とともに扉が開く。


 その瞬間、夜風がまともに顔を打った。冷たく、どこか湿った空気。外はもう完全に夜で、月が雲間からわずかに顔を覗かせていた。


 扉の向こうには誰もいなかった。


 ただ、下のグラウンドの隅――使われなくなった倉庫のあたりに、ふいに光が揺れた。


 「……!」


 マユは即座に階段を駆け下りる。


 靴音が、闇の中を響く。


 学園の外灯は少なく、倉庫のある一角はほぼ影に沈んでいる。だが、確かにそこには人の気配があった。動いている。だがその輪郭がはっきりしない。光の粒が舞っているようにも、淡い白布が揺れているようにも見える。


 「おい……誰だ!」


 声を張り上げても、返事はない。


 その“何か”はマユの存在に気づいたように、ふいに動きを止めた。


 そして――消えた。


 「……ッ!」


 マユは一瞬、呼吸を忘れた。そこに“いた”ものが、まるで幻だったかのように、風に紛れて消えてしまったのだ。


 それでも、空気は確かに違っていた。


 ただの風ではない、ただの静寂ではない。


 それは、まるで誰かがそこに「いた証」を残していったような、温度を持った気配だった。


 (……残滓、か?)


 かつて、マユがユウの声を感じていたときと同じような感覚。記憶の奥底にある、言葉にならない何かが、彼の中でざわめき始めていた。


 「今のは……誰なんだ」


 ぽつりと、夜にこぼれたその問いには、誰からの答えも返ってこなかった。

廊下を駆け戻ったマユの背中には、冷たい夜風と、胸の奥に残るかすかなざわめきがまとわりついていた。


 あれは、何だったのか。


 目撃した“白い揺らぎ”は、風で揺れる布のようでもあり、人影のようでもあり、はっきりと正体を見極められたわけではない。それでも、確かにそこに“何か”がいた。そう思わせるには十分な“気配”だった。


 ――心が反応していた。


 頭では理解できない。それなのに、あの瞬間、魂のどこかが震えたような感覚。忘れていた記憶に、そっと触れたような――。


 マユは、呼吸を整えるように立ち止まり、ふと窓の外を見やった。


 夜の校庭は、月明かりに照らされていた。どこか遠くで犬が吠える声が聞こえ、そのあとすぐ、静寂が戻る。照明の落ちた校舎の廊下は、わずかな外光に照らされ、モノクロームの世界のようだった。


 ――もし、あれが“幻”じゃないなら。


 もう一度、あの気配に触れたい。


 もう一度、“あの感覚”を……。


 マユはゆっくりと調理室の扉を開けた。


 中には、まだエリナがいた。洗い終えたボウルを布巾で丁寧に拭きながら、背筋を伸ばして後片付けを続けている。その動きは柔らかく、けれどどこか集中した緊張感があった。


 「戻ったんだね」


 エリナが顔を上げることなく、静かに言った。


 「……見たのか?」


 「ううん。見てはいないけど、空気が変わったのは分かった。誰かがそばにいるような……そんな気配」


 マユは黙ってうなずき、部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろした。すっかり冷めた空気の中で、かすかに唐揚げの残り香が鼻をくすぐった。


 「……あのときの声を思い出した」


 ぽつりと、マユが言った。


 「声?」


 「剣の中にいた……いや、そうだった“気がする”。今はもう、その声も、名前も思い出せないけど……でも、なぜか心が震えたんだ。あれを見たとき」


 エリナは、手を止めて振り向く。


 「それって、“記憶”じゃなくて“感情”で覚えてるってことじゃない?」


 マユはその言葉に、わずかに目を細めた。


 「……そうかもな。声は消えても、“守られていた”って感覚だけは、なぜか鮮明に残ってる」


 「きっと、その人の想いが、マユの中にちゃんと根付いてたんだと思う」


 「……でも、名前も顔も思い出せないんだぜ? それでも“あった”って言えるのか?」


 エリナは一歩、マユに近づいてから言った。


 「思い出せなくても、あったものは“あった”んだよ。マユが、今もそれを大事に思ってる。それが証拠じゃない?」


 静かに、けれど力強く。


 その言葉は、マユの胸にすっと染み込んでいった。


 「オレ……もう少し、思い出せるかもしれない」


 「思い出さなくてもいいと思うよ。忘れていても、大切だって思える気持ちは、なくならないから」


 そのとき。


 ガラリ、と扉が音を立てて揺れた。


 二人がそちらに顔を向けたが、誰もいない。だが、先ほどの気配と同じ空気の揺らぎが、確かにそこにあった。


 そして、そのあと――


 かすかに、マユの剣が揺れた。


 壁に立てかけていた剣の柄が、コツンとわずかに音を立てて床に触れたのだ。誰にも触れられていないはずなのに。


 「……今の、見たか?」


 「うん……見た。マユの剣、動いたよね」


 二人はしばらく、剣の前で黙って立ち尽くした。


 空気が澄んでいる。まるで、何かが通り過ぎていったあとのように。


 「エリナ」


 「うん?」


 「オレ、やっぱり忘れたくない。名前が思い出せなくても、“あのときの気持ち”だけは、このまま持ち続けたい」


 エリナは、そっと頷いた。


 「うん。そうしよう」


 その夜――


 二人の心に灯った、小さな記憶の焰が、ふたたび揺れ始めていた。

異様な静けさが、校舎の三階を包んでいた。


 階段を上がるマユの足取りは慎重そのもので、僅かな衣擦れの音すら空気に引っかかるように響いている。照明のほとんどが落ちた廊下は、夕暮れの名残りを窓から取り込みながらも、既に“夜”の顔を見せていた。


 教室のドアの小窓から差し込む青白い外光が、床に斜めの線を描いている。まるで誰かの気配が、そこに染みついているかのようだった。


 「……この感じ……」


 マユは呟く。体の奥で、何かがざわめいている。決して思い出ではない。けれど、それは明確に“過去”に触れていた。


 彼は廊下の一番奥、旧音楽室へと続く角を曲がる。


 ――そこで、何かがいた。


 影だった。風に吹かれるカーテンのように揺らめきながら、輪郭は不明瞭だが、人影だとすぐに分かるものだった。白とも黒ともつかないその姿は、見つめれば見つめるほど、記憶の中の“欠片”を揺り起こしてくる。


 「おい……誰だ?」


 声をかけると、影は一瞬だけ止まった。


 その瞬間――音もなく、教室のドアが開いた。


 カタン、と金属のきしむ音が、空気を裂いた。マユは即座に動いた。右足を軸に回転しながら、背負っていた剣を抜く。反射的な動作。しかしそれは、どこか懐かしいものだった。


 彼の筋肉が、呼吸が、まるで“誰か”と共に戦っていた日々を思い出すように反応していた。


 だが、その“誰か”の顔は――思い出せない。


 「なんで……だ……?」


 自分が今、何を追っているのかさえ曖昧なまま、マユは影を追って旧音楽室へと踏み込む。


 そこは、もう何年も使われていないはずの空間だった。


 カーテンは閉ざされ、ピアノの蓋はほこりを被っている。譜面台は一部が倒れ、壁のスピーカーも剥がれかけている。だが、誰かがいた――ついさっきまで。


 「……逃げられた?」


 足音ひとつないのに、気配だけが残されている。


 マユは部屋の中央で立ち尽くし、剣を下ろす。そして、かすかな音に気づいた。


 ピアノの鍵盤――低音の“ド”が、小さく震えていた。


 彼は近づき、蓋を開ける。


 鍵盤の上には、薄い紙切れが一枚。小さく折りたたまれていたそれには、手書きのメモが残されていた。


 《光を忘れた者に、闇が囁く。》


 意味はわからなかった。けれど、直感的に、それが“メッセージ”であることは理解できた。


 「誰が……これを?」


 マユの指先がその紙をつかむと、ふいに教室の奥から“笑い声”がした。


 幼い――それでいて、不自然な笑い声。


 マユが反射的に振り向くと、そこには誰もいなかった。


 ただ一枚、壁に貼られていた古いクラス写真が揺れていた。


 「……何が起きてる?」


 マユは紙を握り締め、教室を出る。


 背後で、ピアノの“レ”の音が微かに鳴った――それは誰かの指が触れたわけでもない、不自然な音。


 そのとき、彼の背筋を冷たい何かが撫でていった。


 ただならぬ気配。それはもはや、偶然や錯覚では済まされない。


 マユは足早に調理室へ戻った。


 「……エリナ!」


 扉を開けると、エリナは驚いた顔でこちらを振り返った。彼女はまだ後片付けの途中だった。


 「えっ? な、何かあったの?」


 「……わからない。でも、誰かがいた。廊下に……旧音楽室に……“何か”が……」


 マユの呼吸は荒い。いつもの彼ならあり得ない焦燥だった。


 「見たの?」


 「……見た。でも、思い出せない。いや、思い出すのが怖いのかもしれない」


 マユの手には、例の紙片が握られていた。


 エリナがそれを受け取ると、眉をひそめた。


 「……これ、誰の字だろう。すごく古い感じ」


 彼女は紙を持ちながらも、その意味をすぐに理解することはできなかった。ただ、紙の裏側には一言だけ、違う筆跡でこう書かれていた。


 《まだ、“始まり”にも立っていない。》


 二人の沈黙が、調理室を包んだ。


 マユは、背中に感じた気配を振り払うように、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


 「……何かが、動いてる。ここで、何かが」


 そして、自分の中でも――何かが、目を覚ましかけている。

夜の校舎は、まるで異世界のようだった。


 昼間の喧騒は嘘のように消え去り、廊下に響くのは足音と風音だけ。だがその風すらも、どこか重く、湿った空気を引きずっている。まるで見えない何かが、校舎全体を包み込んでいるようだった。


 マユは調理室の椅子に深く腰掛けていた。彼の前に置かれた紙片。そこに書かれていた謎めいた言葉が、何度も彼の脳内で繰り返されていた。


 《まだ、“始まり”にも立っていない。》


 その文の意味は明確にはわからない。だが、その響きが妙に耳に残り、心の奥底を静かに揺さぶる。


 「始まりって……なんの?」


 思わず口に出したその言葉に、エリナが視線を向けた。彼女は流し台に寄りかかり、腕を組んでいた。


 「マユ、自分のこと、思い出そうとしてる?」


 「いや……というか、そもそも忘れてるっていう実感すらなかったんだ。ただ、最近になって、やけに“違和感”が増えてきた」


 「違和感?」


 「戦い方とか、反射的な動作。それが全部……知らないはずの“誰か”のやり方と、重なる感覚がある」


 それは、まるで他人の記憶が自分の中に流れ込んできているような――あるいは、ずっと前からそこに在ったものを、自分が“忘れていた”だけのような奇妙な感覚だった。


 「それって……記憶を失ってるってこと?」


 エリナの問いに、マユは短くうなずいた。


 「……たぶん。でも、それを思い出したからって、何になるのかも分からない。ただ、こうしてる間にも、何かが起きてる気がしてならないんだ」


 エリナは眉をひそめ、マユの隣の椅子に腰掛ける。


 「さっきの“気配”、私も少しだけ感じた。人じゃない……でも、確かにいた。マユを呼んでいたみたいに」


 「“呼んでいた”?」


 「うん、たぶん。あの音――廊下で聞こえた靴音、ピアノの鍵盤。どれも、偶然って感じじゃなかった。むしろ、誰かが“わざと”仕掛けてきてる気がしたの」


 それはまるで、かつてこの場所にいた“誰か”が、今もどこかで見ていて、合図を送っているような感覚。視線の感覚すら、今なお背後に残っているようにすら思えた。


 「……なあ、エリナ」


 マユが口を開いた。


 「この学園って……何か、“変”なこと、昔からなかったか?」


 エリナは一瞬黙り込んだ。だがすぐに、ゆっくりと頷く。


 「あるよ。……昔から、いくつか噂があった。“誰もいない夜の音楽室から声が聞こえる”とか、“古い倉庫で、誰かが泣いてた”とか」


 「それって、ただの怪談じゃなくて?」


 「怪談だって、元は誰かの“記憶”だよ。記憶が風化して、話だけが残っただけ。……そう思ってる」


 エリナの言葉に、マユは再びあの紙片に目を落とす。


 “始まりにも立っていない”。


 そう書かれた言葉の裏側には、もうひとつの意味がある気がした。それは、“本当の物語”が、まだ始まっていないという警告――いや、導き。


 「……調べよう」


 マユは静かに言った。


 「ここに何があるのか。何が隠されていて、俺たちに何を訴えかけているのか……知りたい」


 その瞳に、迷いはなかった。忘れていたとしても、自分の中に残る何かが――それを追いかけろ、と強く背中を押していた。


 「私も手伝うよ」


 エリナの即答に、マユは目を細めた。


 「……ありがとう」


 「お礼は、謎が解けてからでいいよ。……それと、次の唐揚げはもっとスパイシーにするから」


 ふっと、わずかな笑いがふたりの間に生まれた。その刹那、調理室の蛍光灯が一瞬だけ、チカチカと明滅した。


 ――誰かが、この会話を聞いている。


 マユの中で、またひとつ“確信”が形を成した。


 学園に漂う、静かな闇。その奥には、まだ知らぬ真実が隠れている。


 それを暴くとき――マユの記憶も、再び目を覚ますかもしれない。

ご覧いただきありがとうございました!


第57話では、文化祭を終えて少し落ち着いたように見える時間の中に、“過去の気配”がにじむような描写を意識しました。

マユが感じ始めた違和感。それは記憶の断片か、それとも別の存在からのメッセージか……。

エリナとの関係も、ただの友情ではない深みが見え隠れし始めています。


次回第58話では、ついに彼らが“学園の奥”に足を踏み入れる展開が待っています。

ほんのりミステリー&ちょっぴりホラー、そして“記憶”を巡る旅が加速していきます。


ぜひ、お楽しみに!

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