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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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54/119

54話:声の余韻、放課後の影に揺れて

文化祭の後、静まり返った学園の夕暮れ。

マユが一人、剣を振るう姿は、あの激戦の余韻と、誰にも言えない喪失を静かに抱えているかのようでした。


この第54話では、「消えたはずの声」と「誰にも知られない想い」を描いています。

剣の奥に宿っていた彼女の“声”が、記憶としても曖昧になりながら、それでもマユの剣には確かに何かが残っている――そんな微かな“奇跡の残響”を感じ取っていただければ嬉しいです。


そして、今回わずかに姿を見せたレオ。

彼はユウの存在を知らないはずですが、記録係としての冷静な目で、何かに気付き始めています。

旧講堂の地下での決戦から数日が経った。


 日差しの傾きが早くなった秋の午後。

 校舎の廊下には、掃除を終えたばかりの生徒たちの談笑と、窓辺から差し込む光が交錯していた。

 その中を、マユはゆっくりと歩いていた。


 かつての文化祭の熱気はもうそこにはなく、残ったのは片付けを終えた教室の静けさと、わずかに残るポスターの跡。

 「……祭りの後、って感じだな」

 小さく呟いたその声に、自分でも気づかないほどの寂しさが混じっていた。


 剣は、今も腰にある。だが、そこからはもう、あの“声”は聞こえない。

 ユウ――剣に宿っていた少女の記憶も、感触も、今や霧のように曖昧だ。

 だが、手を伸ばすと、ほんのわずかに残る温もりのようなものを、マユは確かに感じていた。


 校舎裏のベンチに腰を下ろし、彼は目を閉じた。

 遠くから吹き抜ける風が落ち葉をさらい、かさりと優しい音を立てていく。

 「……声って、不思議だよな」

 誰かに聞かせるわけでもなく、マユはぽつりと呟いた。


 「消えたはずなのに、耳の奥に残ってる」

 それは本当に、ユウの声だったのか。

 それとも、自分の記憶が勝手に作り出した幻だったのか。


 答えは出ない。

 だけど、彼女と過ごした日々が確かに存在したということだけは、否定できなかった。


 「マユ……ここにいたのね」

 優しく響く声に振り返ると、エリナが立っていた。制服の袖をまくり、手には教室から持ってきたらしい紙袋があった。


 「これ、余った唐揚げ。みんなで食べようって」

 そう言って、ベンチの隣に腰を下ろす。


 袋を開けると、まだほんのりと温かさが残る唐揚げの香りが漂った。

 マユは小さく笑った。

 「……そういや、文化祭、頑張ってたよな」

 「うん。あなたがいなくなったあとのフォロー、大変だったのよ」

 エリナは口を尖らせながらも、どこか安心したように微笑む。


 その笑顔が、マユの胸にやわらかな波を呼んだ。

 日常が戻ってきている。それを、肌で感じる。


 だけど、彼はまだ完全には戻れていない。

 心のどこかが、あの地下に置いてきたままだからだ。


 「なあ、エリナ」

 マユがぽつりと問う。

 「……誰かが、誰かの声を守るって、無駄だと思うか?」


 エリナは一瞬きょとんとし、それから真剣な目を向けた。

 「無駄なんかじゃないわ。だってその“声”は、あなたが守りたいと思ったものでしょう?」


 それは正解かどうかなんてわからない。

 だけど、マユにとってその答えは、剣を振るう理由として十分だった。


 「……ありがとな」

 照れくさそうに呟くと、エリナはふっと目を細めて笑った。


 夕陽が校舎の向こうへ沈もうとしていた。

 明日が来る。それは、確かに続いていく日常だった。

 そしてマユは、もう一度立ち上がる準備をしていた――声を、想いを、未来へ繋ぐために。

夜が近づく校舎は、どこか幻想的な静けさをまとっていた。放課後の喧騒も消え、生徒たちはそれぞれの帰路につき、残ったのは掃除用具を収める音と、風が運ぶ木々のささやきだけ。


 マユは、ゆっくりと歩いていた。

 目的地は旧講堂――文化祭で賑わったあの場所、そして“声の狩人”との戦いが終わった場所だ。

 扉は今も半ば壊れたままで、立ち入り禁止の張り紙が雑に貼られている。


 だが、マユはその前に立ち止まり、そっと視線を落とした。

 「……あの時、お前がいたのは、ここだったよな」

 自分にしか聞こえない声で、そう呟く。


 もう、返事はない。剣の中からも、どこからも、あの少女の声は響かない。

 けれど、まるでそこにいるような錯覚が、マユの胸を締めつけた。


 床に残る焦げ跡。剣が振るわれた痕。破裂した干渉波によって焦げついた壁の一部。

 それらは、確かに“異常”だった日々の証であり、誰にも見せられない“真実”でもあった。


 彼は剣を取り出し、そっと目を閉じる。

 静寂の中に、自分の鼓動と呼吸の音だけが響く。


 ――ユウ。お前の声は、今も俺の中にあるよ。


 その思いを胸に抱いたまま、マユは剣を納め、踵を返した。

 旧講堂を後にして向かったのは、学園の中庭だった。

 夕方の空気のなか、そこにいたのは……レオだった。


 「おまえ……こんな時間にここで何してるんだ?」

 マユの問いに、レオは珍しく本を閉じた。記録端末の画面を消し、彼は顔を上げた。


 「ここ、夜になるといい風が吹く。データじゃない、空気の話だ」

 その返答に、マユは目を瞬かせる。レオがそんな詩的なことを言うなんて、少し意外だった。


 「……文化祭のあの日、お前はどこにいた?」

 問いかけると、レオは一瞬だけ視線を宙に泳がせたあと、淡々と答えた。


 「旧講堂地下の記録装置の修復だ。あそこにある“声の理”の中枢が、どうなってるか確認するために」


 マユは驚いた。

 誰にも話していないはずの“理核”という存在に、レオが触れた。


 「なんで……それを」


 「僕の仕事は“記録”だからな。忘れられる前に、記録しなきゃいけないことが山ほどある」

 レオは苦笑しながら、立ち上がった。


 「お前の剣が光った瞬間。誰もが叫び、祈っていた。無意識でも、それが“声”になった」

 彼は空を見上げて言った。

 「“声の狩人”は、それを狙っていたのかもしれない。声の集まる場所……希望の集まる声を、奪うために」


 マユは小さく頷いた。レオの言葉が、思いのほか核心を突いているように感じられた。

 「なあ、レオ……お前には、聞こえたか?」


 「……何が?」


 「俺の剣から、誰かの“声”が……最後まで、俺に何かを伝えようとしてた。だけど、俺にはそれが、全部は聞こえなかった」


 レオは黙っていた。風がまた中庭を抜け、木々を鳴らした。


 「……それは、“思い出そうとする声”だな」

 ようやく、レオは言った。

 「記録というのは、“消えたもの”を形に留めることでもある。だから……完全には消えない。誰かが覚えている限り」


 マユは静かに頷いた。

 彼の中にあるユウの声は、記憶の奥底で確かに息づいている。


 「ありがとう、レオ」

 その言葉に、レオは軽く手を振っただけだった。


 マユはその背を見送ったあと、中庭のベンチに腰を下ろす。

 空は藍に沈み、最初の星がぽつりと瞬いていた。

夜が深まり始めると同時に、校舎の窓という窓が、青みがかった闇に包まれていく。


 空に瞬く星々の光が、校庭を静かに照らすなか、エリナはひとり、音楽室の前に立っていた。

 文化祭が終わったその翌日、使われなくなった教室の鍵はまだ返却されておらず、誰もいないその部屋の中には、ピアノの形が月明かりの中にぼんやりと浮かんでいる。


 「……来るわけないよね、こんな時間に」

 ぽつりと漏らしたエリナの声が、廊下の壁に吸い込まれていく。


 けれど彼女は、しばらくそのまま、音楽室のドアの前に立ち尽くしていた。

 あの戦いの日。模擬店のテントの下で、マユと交わした約束が、まだ胸の奥で燻っている。


 ――「また、歌ってよ。今度は、俺の隣で」


 あれは、ほんの冗談半分のやり取りだったかもしれない。

 けれど、戦いが終わった今、彼の瞳がどこを見つめているのか、それを知るのが少し怖かった。


 ユウ――彼の剣に宿っていた“声の存在”。

 彼はその少女のことを、今でも忘れていないのだと、痛いほど伝わってくる。


 「……いいの。あたしは、マユが振り向かなくても」

 自分に言い聞かせるように呟いたそのとき。


 「エリナ?」


 背後から聞こえたその声に、エリナは振り返る。


 そこに立っていたのは――マユだった。

 学園指定のジャケットを羽織ったまま、息をわずかに切らせている。どうやら、ここまで走ってきたようだった。


 「どうして、ここに……?」

 問いかけるエリナの声は、思ったよりも震えていた。


 「お前がここにいそうな気がして。……なんとなくだけど」

 そう答えたマユの声は、いつもより少し優しかった。


 「昨日、ありがとう。あの時、お前が叫んでくれたから、俺……剣を振れた」

 マユの言葉に、エリナは目を見開く。


 「……そんなこと、覚えてるの?」

 「全部は覚えてない。でも、誰かの声が剣に届いたことだけは、ちゃんとわかった」

 マユはそう言って、音楽室の方に視線を向けた。


 「……ユウの声は、もう聞こえない。でも、お前の声は、ちゃんと届いた」

 そう告げた彼の横顔は、どこか吹っ切れたような、晴れやかさがあった。


 エリナは、ふっと笑った。

 それは悲しみとも喜びとも違う、安心に似た微笑みだった。


 「じゃあ、今からでも、聞いてくれる?」

 「……え?」


 エリナは鍵を取り出し、音楽室のドアを開けた。

 「ピアノ、弾きたくなっちゃってさ。マユが、聞いてくれるなら」


 マユは黙って頷き、彼女のあとに続いて教室へ入った。

 音楽室は、月明かりに照らされて、まるで時間が止まったような静謐さをたたえている。


 エリナが椅子に座り、鍵盤に指を乗せる。

 一拍の沈黙のあと、やさしく、懐かしい旋律が音となって空気を震わせた。


 それは文化祭で流れていたBGMのアレンジだった。

 戦いの喧騒の裏で、あのとき流れていた音――平和で、誰かの笑顔のためにあった音。


 マユは目を閉じて、その音に身を委ねた。

 声なき声。音にならない想い。それらがすべて、この旋律のなかに溶けていくようだった。


 「……ありがとう、エリナ」

 小さく呟いたその言葉に、エリナはそっと微笑んだまま、演奏を続けた。


 その夜、学園の音楽室には、ただ一つの旋律だけが流れていた。

 それは“失われた声”の余韻でもあり、“これからの始まり”を告げる音でもあった。

校舎裏の旧温室。その軒先には、いまや誰の足音も届かない。

 枯れかけた蔓が鉄骨に絡まり、曇ったガラス越しに落ちる夕陽が、かつて賑わった学園の余韻をそっと包み込んでいた。


 マユは、そこでひとり佇んでいた。

 制服の裾が風に揺れ、手にした剣の鞘がわずかに軋む。


 「……また、お前の声が聞こえそうな気がした」


 独り言のように、かすかに口元が動いた。

 けれど応える声は、もうどこにもない。


 剣を抜く。風を切る金属音が、夕暮れの空気を裂いた。

 陽に照らされた刃先に、あの日の記憶がよみがえる――声の狩人との決戦、崩れゆく“声の理”、そして、消えてしまった彼女の存在。


 「……なあ、ユウ。全部思い出せたわけじゃねぇけどさ」

 「俺さ、ちょっとずつ分かってきたんだ。あの声が、ただの幻じゃなかったってことくらい」


 それは願望であり、祈りでもあった。


 マユは剣を振る。軌道は乱れず、静かに、正確に。

 その動きは、まるで誰かの声をなぞるように、柔らかさと決意を帯びていた。


 「伝わってるかな……この想い」


 風が吹いた。温室のガラスが軋む音が、ひときわ大きく響く。

 そのとき、背後から小さな足音が近づいてきた。


 「……あれ? こんなとこにいるなんて、珍しいな」


 振り返れば、そこに立っていたのはレオだった。

 普段より少しラフな服装。腕を軽く組み、訝しげにマユを見つめている。


 「お前こそ、記録係のくせにフィールドワーク?」

 マユが肩越しに軽口を飛ばすと、レオは小さく鼻を鳴らした。


 「誰かが地下の“理核”に触れたあと、周辺に奇妙なエネルギー反応が残ってる。学園の記録網には反映されていないが、僕の端末では微弱な波形として検出できた」

 「……また面倒なこと探ってんな」

 「君が関わってる時点で“面倒”になることは確定してる」


 二人の間に、風がすり抜ける。

 無言が流れる。けれどその静けさは、心地悪いものではなかった。


 「なあ、マユ」

 レオがふと、声を潜める。


 「君、誰かと話してたのか?」

 「……何の話だよ」

 マユは背中を向けたまま答える。


 「風の音か、俺の独り言だろ。ほら、剣振ってるとさ、無意識に声出るときあるじゃん」

 「……ふぅん」


 レオはそれ以上は突っ込まなかった。ただ、わずかに目を細める。

 観察者としての目。その奥に、何かを探るような光があった。


 「ま、いいさ。記録上は“異常なし”ってことで」

 「それで頼むわ」


 それきり、二人はまた沈黙した。

 温室の蔭に落ちる夕陽はもうほとんど赤く染まりきり、マユの影が長く地面に伸びていた。


 「……レオ、お前さ。たまには剣、握ってみたらどうだ?」

 「僕は記録係だ。前に出るのは、君らみたいな剣士の役目だよ」


 マユは笑う。少しだけ、心から。


 「でも、たまに剣の重さを知ってる奴の言葉ってのは、響くんだぜ」

 「……考えとく」


 レオが背を向ける。記録端末を懐に戻し、歩き出した。

 その背に、マユは静かに問いかけた。


 「レオ……お前って、覚えてたい方? それとも、忘れたい方?」


 一瞬、レオの足が止まる。


 「覚えていたい。でも、忘れたふりもできる」

 「……器用だな」

 「職業病だよ。記録係だから」


 ふっと笑って、レオは歩いていった。


 マユはもう一度、剣を抜いた。

 振り下ろすその刃に、もう“声”は宿っていない――はずだった。


 けれどその瞬間、確かに一瞬だけ。

 風に混じるように、やわらかな“息遣い”が耳元を掠めたような気がした。


 「……気のせいか」


 微笑んで、マユは剣を収めた。


 空はすっかり暮れ、最初の星が瞬き始めていた。

「風の音」として流れていく記憶があるなら、

それでも剣を振るうことで残せるものもある。


この話では、マユの剣士としての“沈黙の戦い”と、レオという観察者の静かな寄り添いを描きました。

ユウのことを語る場面こそありませんが、彼女の存在が“消えたことすら口にできない”という状況が、より切なさを滲ませていると思います。


声は消えても、想いは残る。

そんなテーマを、次話でも引き継いで描いていきます。

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