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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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48/119

48話:決戦、声を宿す刃

文化祭本番。


 唐揚げの香り、笑い声、飾り付けられた教室――

 その“日常”の象徴が、突如現れた「声の狩人」によって脅かされていきます。


 平和と戦いの狭間で、クロヤ・マユは「誰かの笑顔」を守るため、剣を抜くことを選びました。


 仲間たちの声、そして剣に宿る“あの声”。

 これは、失われゆくものと、それでも残る想いの物語です。

空が、嘘のように静まり返っていた。


 ほんの数分前まで、紫の干渉波が渦巻き、裂けた空間から“理の異物”が侵食しようとしていたというのに。

 今はただ、茜色に染まった雲が空に滲み、柔らかな風がグラウンドを撫でている。


 クロヤ・マユは、剣を地面に突き立てるようにして膝をついていた。

 肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げる。


 見上げた空は、あまりにも穏やかで――だからこそ、逆に不安を誘った。


「……本当に、終わったの?」


 そっと肩に触れてきたのはエリナだった。

 額に滲む汗をぬぐいもせず、彼女は不安を隠せない表情でマユを覗き込む。


「“裂け目”は閉じた。でも……気配が消えてねぇ。まだ、何かが残ってる」


 マユは立ち上がり、剣を握り直した。

 地面に足をついた感覚が妙に薄く、どこか“揺れている”ような錯覚を覚える。


『……マユ。気をつけて。私も……うまく感覚を保てない』


 剣の奥、ユウの声が少しだけ震えていた。


「……どういうことだ?」


『さっきの一撃……あなたの剣は“理”に直接触れた。その影響で、私も……混ざりかけてる。向こう側と』


 その言葉に、マユの目が細められる。


(……混ざりかけてる?)


 言い知れぬ不安が、足元からじわじわとせり上がってくる。

 それはまるで、重力が歪み、下に引っ張られていくような錯覚。


 だが、その思考を破るように、遠くから叫び声が上がった。


「た、助けてぇっ! 壁が溶けてる……!」


 マユとエリナが同時に振り返る。


 その視線の先――校舎の一部、三階の壁が、まるで砂糖菓子のように溶け、ゆっくりと崩れていた。

 ガラスが波打ち、コンクリートの表面がぬめるように変質している。


 空間そのものが“解けて”いくような不気味さ。


「これ……」


「干渉波……終わってないのか!?」


 エリナが一歩、後ずさる。

 その横顔に恐怖が浮かんだ瞬間――マユは、剣を構えて前に出た。


「まだ“裂け目”は開いている。見えねぇだけで、“中枢”がどこかに隠れてる……!」


 次の瞬間。


 駆け足の音。グラウンドの奥から、息を切らしたタカトが飛び込んできた。


「マユッ! ステージが、おかしい!」


「……ステージ?」


「演劇部の舞台セットが……浮いてるんだ! 吊ってるワイヤーも何もないのに、照明も、背景のパネルも……空中でぐるぐる回って……!」


 言葉を詰まらせたタカトの眼は、明らかに“異常”を見た者の色をしていた。


 演劇部。文化祭のラストを飾る、最大の舞台。

 多くの生徒の努力と想いが詰まったその“象徴”に、異変が起きている。


 マユは、息を吸い、静かに言った。


「……あそこが、やつらの“本命”ってわけか」


 そのとき、またしても剣が微かに揺れる。


『マユ。“あれ”が、“理の中核”。空間の座標が歪んでる。私の感覚も、もう少しで断絶するかもしれない』


「まだ耐えてくれ……ユウ」


 剣を静かに握りしめたまま、マユはグラウンドを見渡した。


 避難していたクラスメイトたちが、皆、言葉を失って立ちすくんでいた。

 手には紙皿やカップ。唐揚げの匂いだけが、まだどこかに漂っている。


 だがその“日常”は、今にも崩れようとしていた。


「みんな、聞いてくれ!」


 マユの声が、夕暮れの空に響く。


「“声の狩人”は、まだ完全に去っていない。あいつらの本隊が、ステージを拠点に“理の中枢”を構築しようとしてる」


「えっ……ステージって……演劇部の?」


「……まさか、狙いはそこだったのか……」


 騒然とする中で、マユは言葉を続ける。


「放っておけば、学園全体が“理の世界”に呑まれる。そうなったら、もう戻れない」


 そのとき、タカトが声を上げた。


「だったら、行こうぜ。俺たちの文化祭だろ!」


「そうだよ! 準備して、集まって、やっと笑えた日なんだから!」


 カレンが叫び、他の生徒たちも頷き始める。


 マユは、そんな皆の顔を見渡した。

 揺れる決意、けれど確かにそこにある“想い”。


「……分かった。俺たち全員で、あのステージを守る」


 その言葉に、皆の眼が強く光った。


 だが――その直後。


 ステージのある校舎棟上空に、空間が“割れた”。


 紫の光の渦が、ねじれるようにして現れ、そこから巨大な“眼”のような球体がゆっくりと浮かび上がる。


 風が吹き抜け、誰かが叫んだ。


「あれは……“声の理”……!?」


 球体の内部で、声と声が重なり合い、無数の言葉にならない“音”が渦巻いている。


 マユは剣を構え、ゆっくりと歩き出した。


「来たな。……俺たちの舞台に」

ステージの上空に浮かぶ巨大な“眼”。

 それはまるで、空間そのものが生み出した異物だった。


 中央には光の球体。

 その中で幾層にも重なる“声”が、意味を成さない音波として波打っている。

 笑い声、悲鳴、怒号、囁き。

 あらゆる感情が圧縮されたそれは、“声の理”の結晶に他ならなかった。


「……気持ち悪い……!」


 カレンが思わず顔を背ける。

 ステージに立つというのに、誰もマイクを握っていない。なのに、“音”だけが空気を震わせている。


 マユは、剣を強く握った。

 その刃先には、かすかに光が宿っている。


『マユ。これ……あれは、“理の核”だと思う。今までとは違う。次元の奥から、干渉してる……!』


「つまり、これまでの“仮面ども”とは格が違うってわけか」


『うん。でも……』


 ユウの声が、そこでかすかに揺らいだ。

 刃の中に宿る光が、一瞬だけ弱まったのをマユは見逃さなかった。


「……おい、まさか」


『ごめん。私……もう、長く持たないかも』


 はっきりと、そう言われた。

 剣に宿る声。それが消えるということは、ユウという“存在”そのものが断ち切られるということ。


「……ふざけんなよ。まだ終わってない。終わらせてなんかやらねぇ」


『マユ……』


 ユウの声が微かに震えた。


「だから一緒に戦うって、言ったろ。最後まで、いろよ」


 剣の奥で、何かが脈打った。

 それは、彼女の心臓にも似たリズムだった。


 そのとき、上空の“眼”が大きく開く。


 中心部から、黒い帯状のエネルギーが放たれ、ステージ全体を覆っていく。

 照明、幕、背景パネル――あらゆるものが持ち上がり、逆巻く風に巻かれ、空間そのものがねじれていく。


「やばい……あのままじゃ、校舎ごと……!」


 誰かが叫ぶ。


 マユは叫んだ。


「全員、下がれ! ここから先は、俺が行く!」


「冗談じゃない!」


 その声を遮ったのは、タカトだった。


「ここは俺たちの舞台だ! マユだけに守らせて、何が文化祭だよ!」


 隣でカレンも叫ぶ。


「唐揚げ、看板、装飾……全部私たちが作ったんだから! それをこんな奴らに壊されたくない!」


 その瞬間――マユの剣が光った。


 淡い光だった。だが、それは確かに“誰かの声”が宿った証だった。


『……聞こえる。マユ、みんなの声が、ここまで届いてる』


「……やっぱり、俺だけじゃねぇんだな」


 剣を胸元に構え、マユは一歩、ステージに踏み込んだ。

 床が軋み、舞台セットが空中に浮かんだまま、不安定に揺れている。


 その中に、光の帯が一本。まるで斬撃のようにマユへと襲いかかった。


「──ッ!」


 マユは紙吹雪の舞う中、剣を構えて走る。

 光の帯を斬り裂いた瞬間、空間に亀裂が走った。


『そのままいって! ステージの中央、あそこが干渉の根!』


「わかった!」


 仲間たちの叫びが、背中に届く。


「マユ、行けーっ!」

「決めてこい、主役!」


 笑い混じりの声が、剣に力を注ぐ。

 マユは再び地を蹴り、光の渦の中心へと飛び込んだ。


 風が吹き荒れる。


 演劇用の幕が破れ、天井から吊られていた星形の飾りがマユの頬をかすめて舞い落ちた。

 それは、青春の象徴だった。


 そして――


「行けえぇぇぇっ!」


 剣が、干渉波の中心を貫いた。


 音が消えた。


 全ての“声”が、一瞬、空間から抜け落ちたような静寂が訪れる。


 だがその後、静かに、そして確かに――


 剣が光を放った。


 それは、ユウの声だった。

 それは、タカトの声。カレンの声。エリナの声。皆の、願いだった。


『私……まだここにいるよ。マユ。ありがとう……』


 マユの目が、ほんの少しだけ潤む。


「こっちこそ……ありがとな」


 その瞬間、空の“眼”が崩れ落ち、紫の光が霧のように散っていった。


 ステージの上に、静寂が戻る。

 風が止み、空が、再び夕闇に染まっていく。

“声の理”の核が砕け散り、空に溶けていった。


 紫の光の粒が夜風に舞い、消えていくたびに、マユの胸に何かが引き剝がされていくような感覚が残った。


 ステージ上には、もう敵はいなかった。

 だが、マユは剣を構えたまま、動けずにいた。


『マユ……』


 聞き慣れたはずの声が、妙に遠かった。


「……ユウ?」


 刃の奥で響くその声は、まるで遠くの空にいる誰かの声のように、風にかき消されそうだった。


『私……もう限界かもしれない。さっきの“理”に触れたとき、境界が……崩れかけて……』


「……そんなこと、言うなよ」


 マユは歯を食いしばった。

 喉の奥に、言葉にならない痛みがせり上がってくる。


「やっと、ここまで来たんだぞ……!」


『うん。ここまで来られたのは、あなたのおかげ。……ありがとう、マユ』


 剣の光が、ほんのわずかに淡くなった。


 このまま彼女の存在が、世界から“滲むように”消えていくのだとしたら――。


 その瞬間だった。


「マユ!」


 エリナがステージに駆け寄ってきた。

 埃まみれの制服のまま、真っ直ぐにマユの背中へ手を伸ばす。


「……しっかりしなさいよ。あんたが倒れたら、どうすんのよ!」


「……俺は、大丈夫だ」


「嘘つけ。顔が限界って言ってる」


 そう言いながら、彼女はそっとマユの背中に手を当てた。

 その瞬間、剣の光が、かすかにだが力を取り戻した。


『……これは……』


 ユウの声が、わずかに強くなる。


「エリナの……“声”か?」


「……なに?」


 マユは振り返らずに答える。


「いいや、こっちの話だ。……でも、もうちょっとだけ、立っていられそうだ」


 剣を見下ろし、マユは息を整えた。

 だが、剣の奥にいるはずのユウの存在が、徐々に輪郭を失っていくのを、彼は感じていた。


 そこに、タカトが駆け寄ってくる。


「マユ、まだ立ってんのかよ。……ったく、あんたが主役なのはわかってるけどさ、こっちにも出番くれよな!」


「……タカト」


「ほら、唐揚げで命つないできたんだからさ、恩返しってやつしねぇと、気が済まないっての」


 続けて、カレンがステージの反対側から走ってきた。


「マユ、私、すっごい不思議な感覚がしてたの」


「不思議な感覚?」


「うん。……このステージの上に、もう一人いた気がした。顔も名前も思い出せないのに、ずっと近くにいてくれたような……そんな感じ」


 マユは言葉を失った。


 クラスメイトたちは“ユウ”を知らない。

 だが、彼女の“想い”だけが、微かに届いていた。


 それだけで、胸がいっぱいになった。


 誰かが、そっと囁く。


「……なんだろうな。誰かが、このステージを守ってくれてた気がした。気のせいかもしれないけど」


「でも、あたたかかった。……確かに」


 その“言葉たち”が、ひとつ、またひとつと、剣に宿っていく。


 それは、“奇跡”だった。


 誰も名前を呼ぶことはできない。

 記憶には残らない。

 けれど、確かに“そこにあったもの”を、誰もが感じていた。


 剣が、柔らかな光を灯す。


『マユ……みんなの“声”が、私を繋いでくれてる。消えることは……ないかもしれない』


「お前は……お前も、俺たちのクラスの一員だ。そうだろ?」


 微かに、微笑むような気配が返ってくる。


『……うん。私も、そう思っていいのかな』


「……当たり前だ」


 そのとき、剣から広がった光が、ステージ全体を包み込んだ。


 破れたはずの幕が再び風に揺れ、照明が戻り、舞台セットの埃が吹き払われる。

 紙吹雪がふわりと舞い、足元の板張りのステージが温かくきらめいていた。


 マユが剣を構えたまま立ち尽くすその姿に、どこからともなく拍手が送られた。


 それは、客席から。

 体育館の奥で、控えていた生徒たちの一人が、そっと手を叩いていた。


 やがて、拍手は広がり、静かなざわめきのように学園の中へと満ちていった。


 マユは、そっと剣を鞘に納めた。


 その中に、彼の“仲間”である声が、今も生きている。

翌朝、学園には、少しだけ風が強く吹いていた。


 壊れかけたステージ。落ちた装飾。

 それでも、校庭に広がる空気は穏やかだった。


 「大きな事故はなかった」――それが、校内放送で最初に流れた言葉だった。

 そして生徒たちは、まるでそう思い込むように、何事もなかったかのように片付けを始めていた。


 グラウンドに残ったテントを畳む者、演劇部の舞台道具を運び出す者、唐揚げ用の調理器具を洗う者。


 日常が、戻ってきていた。


「……なあ、マユ。昨日のこと、さ」


 タカトが言いながら、油の染みたテーブルクロスを丸めていた。


「うん?」


「いや、なんか……全部夢だったみたいに思えてきてさ」


「……夢だったら、どんなによかったか」


 マユは小さく笑った。

 だが、その顔はどこか寂しげだった。


 彼は、今も剣を持っている。

 その中に、あの声がある。

 誰も覚えていなくても、たしかに“そこにいた”誰かが。


『……マユ』


 剣から、静かな声が届く。

 それは昨日よりも少しだけ澄んでいて、そして少しだけ遠かった。


『もう大丈夫。私は、ここにいる。誰かの記憶に残れなくても……あなたの声があれば、それでいい』


「ユウ……」


『あなたが覚えていてくれる限り、私はここにいるよ』


 その言葉に、マユは深く頷いた。


 剣は、静かだった。

 でも、その“沈黙”は、もう孤独ではない。


「マユ、そっち片付いた?」


 エリナが、両手にビニール袋を抱えてやってきた。

 制服の袖をまくり、額にはうっすらと汗がにじんでいる。


「こっちは大丈夫。……手伝うか?」


「ううん、大丈夫。……それよりさ」


 エリナは、唐突に言った。


「来年もさ、文化祭やろうよ。……今度は、全部無事に終わる文化祭を」


 マユは少し驚いたように目を瞬かせたが、やがて口元をほころばせた。


「……ああ。約束な」


「じゃあ来年は、また唐揚げ?」


「さすがに飽きるだろ。……焼きそばとか?」


「えー、油のにおいが似合うのはあんたでしょ?」


「ひでぇな」


 二人の笑い声が、片付けの喧騒に溶けていった。


 遠くでは、カレンがステージの掃除をしながらバケツをひっくり返してタカトに怒鳴っていた。


「ちょっと! だからそっち持つって言ったでしょ!」


「いやいや、持ったじゃん! でもそっちが急に……」


 それもまた、何よりの“日常”の証だった。


 マユは静かに立ち上がり、舞台の方へと歩く。

 昨日戦った場所。仲間と声を交わし、そして――ユウと共に立った場所。


 破れかけた垂れ幕の下、彼はそっと剣に触れた。


『マユ……』


「なあ、ユウ」


『なに?』


「……また文化祭、来年もあるんだって」


『うん、聞こえてた。……楽しみにしてる』


「お前の名前、他のやつらは忘れてる。でも、俺は忘れねぇからな」


『ふふ、嬉しい。でもそれ、当たり前でしょ? あなたの“声”だもん』


「そうだな……俺の“声”だ」


 風が吹いた。


 ステージの上に、昨日舞った紙吹雪の名残が一枚だけ舞い上がる。

 それは、誰かの“記憶”のように、空へと昇っていった。


 そして、マユは剣を腰に収め、仲間たちのいる方へと歩き出す。


 どこまでも、日常が続いていく。

 けれどその中に、確かに――“戦った記憶”が、声として残っていた。

青春の舞台である文化祭が、非日常の戦場となり、そしてふたたび“日常”に戻っていくまで。


 第48話では、“声の理”との衝突と、マユの中にしか残らないユウの存在が、大きな転機として描かれました。


 誰も覚えていなくても、たしかにあった“声”。

 記録にも記憶にも残らなくても、誰かの心に届いたなら――それは存在していたのだと、そう思います。


 次回からは、再び穏やかな日々が訪れる……はずですが、彼らをめぐる「理」と「記録」の物語はまだ続いていきます。


 マユとユウ、そして仲間たちの小さな奇跡に、どうかこれからも耳を傾けていただけたら幸いです。

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