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ミッドナイト・ブレイカーD×M(デモンズ×メモリー)  作者: 一条信輝


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27話: 届いたかもしれない

「見えた気がする」「聞こえた気がする」

それは記録には残らない、とてもあいまいな感覚。

けれど、誰かがそこに“いた”という確かな手応えは、心の中にこびりついて離れない。


第27話では、前回の放課後の余韻を引き継ぎ、

ユウ・エリナ・レオ、それぞれの中に残った“名前のない違和感”を描きました。


ユウは「届いたかもしれない」という希望を。

エリナは「気のせいだったのかもしれない」という戸惑いを。

そしてレオは、「それはもう偶然ではない」という確信を。

それぞれが、自分の言葉で触れようとしているのは、まだ制度が“存在を許していない何か”です。


記録に残らなくても、記憶には残る。

その事実が、彼らの世界を少しずつ変え始めています。

教室の朝は、いつもと変わらない風景だった。

 誰かが椅子を引く音、端末を叩く音、眠たげな声、笑い声。

 全部が、日常のざわめきとして交じり合っていた。


 


 でも、その中に、ユウは静かに座っていた。

 “記録されない席”に、“名前のない存在”として。


 


 そこは、真夜の隣。

 名簿には存在しない空白の椅子。

 けれど、ユウにとっては唯一、“定位置”と呼べる場所だった。


 


 今日もまた、誰も彼女に気づかない。

 視線を向ける者もいなければ、声をかける者もいない。


 


 それが、当たり前のはずだった。

 けれど。


 


 ユウは、心のどこかが、そわそわと落ち着かないのを感じていた。


 


 理由はわかっていた。

 昨日――放課後の教室で、**“目が合った気がした”**から。


 


 そのときの記憶が、まだ胸の奥に残っている。

 窓の光、揺れるカーテン、扉の音、ふいに流れた風。

 ミナミ・エリナが入ってきて、机に手を伸ばし――

 その目が、一瞬だけ、こちらを見た。


 


 (気のせいだったのかもしれない。でも……)


 


 ユウは机に視線を落とし、そっと指先で木目をなぞった。


 


 あの時、自分がそこにいたことを、

 “誰かが認識したような気がした”。


 


 今までは、そんなふうに思ったことはなかった。

 見られたこともなければ、触れられたこともなかった。


 


 「……届いたのかな、私の声」


 


 小さくつぶやいた言葉は、教室の空気の中にすっと溶けた。


 


 誰にも届かない。

 でも、自分には確かに“そう言った”という実感がある。

 そのことが、なぜか少しだけ、怖くて、嬉しかった。


 


 そのときだった。


 


 教室の扉が静かに開く音がした。

 カタン、と軽い金属の軋みと共に、朝の光が差し込む。


 


 ユウは反射的に顔を上げる。


 


 足音。

 ゆっくりと、迷いのない、重さを持った足音。

 その歩き方には見覚えがあった。


 


 クロヤ・マユ――真夜だった。


 


 彼は無言で教室を進み、いつものように自分の席に腰を下ろす。

 その動作は何も特別ではなく、ただ“そこにいる”ことを当然のように受け入れていた。


 


 だが、ユウには、それだけで十分だった。


 


 彼が教室に入ってくるだけで、

 隣に座ってくれるだけで、

 “ここにいていい”と感じられる気がした。


 


 「……おはよう」


 


 ユウが声をかける。

 昨日と同じように。

 声は小さい。でも、確かに言葉として発した。


 


 真夜は、少しだけこちらに顔を向けて、静かに頷いた。


 


 それだけのやりとりだった。

 けれど、ユウはその頷きに――“答えてもらえた”実感を覚えた。


 


 「昨日ね、ちょっとだけ変なことがあって……」


 


 「変なこと?」


 


 「うん。あの子、エリナさん。放課後に教室に来たでしょ?」


 


 「来てたな。何かあったか」


 


 「私、あのとき……目が合った気がしたの」


 


 「“気がした”?」


 


 「うん。でも、本当にそうだったのか、わからない。

  でも、見られたって思った瞬間、すごく――」


 


 言葉が途切れる。

 何と形容すればよいのか、うまくまとまらなかった。


 


 けれど、それでも。


 


 「うれしかった、んだと思う」


 


 ユウは、ゆっくりと机の上で指を重ねた。

 その動きはどこかおずおずとしていて、でも丁寧だった。


 


 「私のことなんて、誰にもわからないって思ってた。

  誰にも見えない、誰にも聞こえないって。

  でも、もし……少しでも残ったなら。

  誰かの中に、私の“気配”が残ってくれたなら――

  それって、ほんのちょっとだけ、生きてるってことなんじゃないかなって」


 


 真夜はしばらく何も言わなかった。

 けれど、その隣にある沈黙は、やさしく、あたたかかった。


 


 そのとき、ラグナが微かに震えた。

 かすかな共鳴。金属の芯が、小さな音を立てる。


 


 ユウはその震えに気づいて、顔を上げる。


 


 「今、揺れた?」


 


 「……ああ。おそらく、“肯定”だろう」


 


 ラグナは“記録の剣”。

 制度では扱えない感情の波も、ときに“気配”として拾い上げる。


 


 真夜は、ラグナの柄を軽く叩いてから言った。


 


 「見えないものを、見ようとすることは、時に制度を揺るがす。

  でも――それを選ぶ者も、たしかにいる」


 


 ユウは少しだけ目を見開いたあと、小さく笑った。


 


 「……だったら、もう少しだけここにいても、いいかな」


 


 「ああ」


 


 その答えが、今日の“記憶”となった。

朝の教室は、いつも通りの賑わいを見せていた。

 笑い声と私語が飛び交い、端末を叩く音と鞄の留め具の金属音がリズムのように混ざり合っていた。

 講義前のこのざわめきは、ミナミ・エリナにとっていつもの空気――のはずだった。


 


 けれど今日は、どこか微妙に調子が狂っていた。


 


 端末を開こうとして、途中で止まる。

 筆箱を取り出しかけて、チャックを中途半端に閉める。

 周囲の会話も、どこか上滑りして聞こえる。


 


 “昨日のこと”が、まだ頭から離れていなかった。


 


 放課後、忘れ物を取りに教室へ戻ったとき――

 誰もいないはずの空間で、ふいに感じた気配。


 


 (……ほんの一瞬だけだった)


 


 そう、ほんの数秒。

 風に揺れるカーテンの奥、窓際の席。

 確かに、誰かがそこに“いた”ような気がした。


 


 あのときは、すぐに気のせいだって思い込もうとした。

 端末にも何も反応はなかったし、記録には何も残っていない。

 誰も、そんなこと話題にしていない。


 


 だから、自分だけが“変なことを感じてしまった”のだと思っていた。


 


 ……けれど。


 


 「……あれ、本当に気のせいだったのかな」


 


 エリナは、自分でも驚くくらい自然に呟いていた。


 


 隣の席の子が「ん?」と反応しかけたが、エリナは「なんでもないよ」と笑ってごまかす。

 でもその笑顔の裏では、ずっと同じ問いが繰り返されていた。


 


 (私、本当に“見てなかった”のかな?)


 


 あの時、確かに視線が何かを捉えた気がした。

 輪郭はぼんやりしていたけれど、黒髪だった。

 表情まではわからなかった。

 でも、“誰かがいた”って、確かに体は反応していた。


 


 けれど、その記憶には名前がない。

 思い出そうとしても、ぼやけている。

 光の揺れと、風の音と、ほんの少しの温度だけが、微かに残っていた。


 


 (……あの席、クロヤくんの隣)


 


 エリナは、ふとその方向に目をやる。


 


 真夜は、いつも通り黙って端末を操作していた。

 その隣――いつも空いている席。

 “誰も座っていない”はずの場所。


 


 けれど、その空白が、今日に限っては“埋まっている”ような気がしてならなかった。


 


 ユラリ、と風が吹く。

 カーテンが揺れ、窓際の光が床にやわらかく落ちる。


 


 まるで、誰かの存在を隠すように、そっと布が揺れていた。


 


 「…………」


 


 エリナは、机の上に手を置いたまま、そっと拳を握った。


 


 どうしてこんなに気になるんだろう。

 どうして、忘れられないんだろう。


 


 目が合った気がする。

 声にならない何かが、確かに“届いた気がする”。

 それなのに――


 


 (私は、それを“気のせい”って言って、終わらせてしまった)


 


 でも。

 もし、本当にそこに誰かがいたなら。

 その人が、名前のない誰かだったとしたら。


 


 「……私は、あのとき……“無視”したんじゃないよね?」


 


 答えは出ない。

 けれど、心の奥にしこりのように残ったその問いは、今日のエリナにとって、

 ただの“気のせい”とは思えなくなっていた。


 


 チャイムが鳴る。

 講義の準備が始まり、空気が切り替わる。


 


 けれど、エリナの心の中だけは、まだ昨日の教室に取り残されたままだった。

講義が始まり、生徒たちが一斉に端末に意識を向けると、教室は一瞬だけ、別の世界に変わる。

 全員が何かを「見ている」ようでいて、その実、誰も互いを見ていない――そんな感覚。


 


 その静寂の中で、ユウはまたひとり、そっと息を殺して座っていた。


 


 先生の声は遠く、スクリーンの文字もぼやけていた。

 ユウの意識は、ただ“誰かの視線”を探していた。


 


 (……また、あるかもしれない)


 


 昨日の放課後、ミナミ・エリナと目が合った“気がした”。

 それは記録にもならず、言葉にもならず、ただ“感覚”としてユウの中に残っていた。


 


 その後、何度思い返しても、あの瞬間のことを説明する言葉は見つからなかった。

 でも、確かに心が揺れた。心臓が跳ねた。

 “誰かとつながったかもしれない”という高鳴りが、胸の奥に静かに残っている。


 


 (今日も……どこかで、誰かが気づいてくれるかもしれない)


 


 その願いにも似た思いを、ユウは強く握りしめていた。


 


 そして。


 


 ふと、何気なく顔を上げた瞬間だった。


 


 前方の、数列先。

 斜め後ろを振り向くように、ミナミ・エリナが顔を少しだけ動かした。


 


 まっすぐではない。偶然かもしれない。

 でも、その目の動きが、一瞬だけ――ユウの方向をかすめた。


 


 (……今のって)


 


 ユウの指が、机の縁を掴んだ。


 


 確証なんてない。

 でも、自分の中にざわりと波紋が広がっていく。


 


 目が、合った。

 いや――合った「ような気がした」。


 


 だが、それだけで十分だった。


 


 「……ねえ、クロヤくん」


 


 講義の最中、小声で、隣の真夜に話しかける。


 


 彼は、声をかけたことを当然のように受け止め、目を逸らさずに聞いてくれる。

 それだけで、ユウの胸は少しだけ軽くなる。


 


 「今、また……エリナさん、こっち見た。

  ほんの一瞬だけど。昨日みたいに、目が合った気がして……」


 


 「昨日と同じ?」


 


 「似てる。でも……今日の方が、はっきりしてた」


 


 ユウは、言葉を探しながら話し続ける。


 


 「こっちを“見ようとした”っていうのかな……。

  視線の動きに、意味があったって感じたの」


 


 真夜は少しだけ黙っていた。

 その静けさが、逆にユウの話をじっくり受け止めているように感じられた。


 


 「“見ようとした”なら、意味はある。

  見るって行為は、記録よりずっと先にある“行動”だ」


 


 「……記録より、先?」


 


 「ログや数値じゃなくて、“感じたこと”はその人の記憶になる。

  例え言葉にならなくても、ね」


 


 ユウは、はっと息をのんだ。


 


 (……記憶に、残る)


 


 誰にも覚えられなかった自分。

 誰の記録にも載らなかった存在。


 


 それでも、もしエリナの中に“わずかでも残った”なら――


 


 それは、記録じゃなくても“証拠”になる。

 この世界の制度では数えられないけれど、たしかにここにいる証になる。


 


 ユウは机の下で、そっと両手を握りしめた。


 


 「私……もしかして、もう少しだけ、ここにいていいのかも」


 


 真夜は、何も言わなかった。

 だが、わずかに揺れたラグナが、彼の“肯定”を代わりに伝えてくれていた。


 


 ユウの視線は、もう一度教室の前列に向いた。

 エリナは、端末を見つめたまま微動だにしなかった。

 けれど、ユウにはわかっていた。


 


 あの一瞬、彼女は“気づこうとしていた”。


 


 視線が触れた気がした。

 誰かに、今度こそ“見られていた”気がした。


 


 その確かさだけを、ユウは胸にしまった。

教室のスクリーンに、魔導式の講義スライドが映し出されていた。

 感情波と契印同期理論――内容自体は初歩的な範囲だが、解釈次第で制度の根幹にも関わる。


 


 キサラギ・レオは、その理論の“応用”の方にこそ意識を傾けていた。


 


 彼の端末には、通常の講義ログとは別に――非公式の観測記録ウィンドウが開かれていた。


 


 視線誘導の集計ログ、感情波の局所濃度、反応ラグ、視野中心点の微細ズレ。

 それらが、何気ない教室の中に存在する“異常”を、確かに浮かび上がらせていた。


 


 (昨日と違う。今日の波形には、“対”がある)


 


 昨日は一方的だった。

 未登録存在――おそらく“ユウ”と名付けられるはずの少女の波だけが、教室の中で揺らいでいた。


 


 だが今日は、明確にもうひとつの揺らぎが存在した。

 それは――ミナミ・エリナのものだった。


 


 彼女の視線が、ごく短い間だが“空席”のあたりを正面から捉えていた。


 


 【視線接触率:1.12秒/中心誤差:−0.03/焦点ブレ:なし】


 


 レオの指が止まる。


 


 (意図的、だ)


 


 偶然ではない。気配を感じた結果として“探した”のではなく、

 彼女は“そこに誰かがいる可能性を想定して”見ようとした。


 


 その行為そのものが、制度においては“記録されないものに記憶を割く”という逸脱だ。


 


 (エリナは……無意識のうちに、“あれ”を認識しはじめている)


 


 その“あれ”――すなわち、制度に記録されない存在、ユウ。


 


 レオは、ユウの感情波記録――もとい、“照合不能ノイズ”の時間変化を並列して確認した。

 そしてそこに、もうひとつの“異常”を見つける。


 


 【共鳴反応:+0.7/感情波干渉:微弱/ラグナ波動反応:僅少】


 


 (……ラグナ、か。クロヤ・マユの“記録剣”が反応してる)


 


 記録剣ラグナ

 契印を記録するために調律された特殊な魔具。

 本来、登録された“確定情報”にのみ反応するそれが――いま、“名前のない存在”に揺れている。


 


 制度に守られた剣が、制度の外に共鳴する。

 それは、静かだが大きなひずみだった。


 


 (ふたりとも……もう戻れない)


 


 エリナも、ユウも。

 まだ何も知らず、何も確かめていない段階。

 けれど、もう“交差してしまった”。

 視線と感情波が二重に触れ合ってしまったのだ。


 


 「……さて」


 


 レオは、端末のログウィンドウを閉じ、静かに席を立つ。

 休み時間に入り、教室は再び騒がしくなり始めていた。


 


 だが、その騒がしさの中でも――空席の隣に座るユウの輪郭だけは、レオの目にははっきりと“見えている気がした”。


 


 それは、制度に照らしてはいけない“気のせい”。

 でも、観測者であるレオは、自分の直感を無視できない。


 


 (俺がこの“揺らぎ”を記録するのは……今じゃない)


 


 まだ、その時ではない。

 もしこの“存在”に正式なプロトコルが発動すれば、制度は抹消へと動く。


 


 (だが、このまま観測を続ければ――いずれ確定する)


 


 そのとき、レオの中で“観測者”としての自我と、“何かを守りたい”という微かな情動が交錯した。


 


 それは、彼にとって初めての揺らぎだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。

第27話では、“気づく側”と“気づかれた側”、そして“それを見ている者”の三者が、静かに重なり始めました。


ユウは、ほんのわずかな視線の交差に希望を見出し、

エリナは、「気のせい」にしてしまった自分の違和感を無視できなくなっていきます。

レオは、制度の隙間に現れた“にじみ”が、ただのノイズではなく“対”の揺らぎであることに気づき、

それでもまだ“今は確定しない”という選択をしました。


この一話で、誰もまだ“何が起きているのか”を理解していません。

けれど、感情だけが、記録に先んじて彼らをつないでいます。


次回、第28話では、“夢”という記録外の空間を舞台に、ユウとエリナの距離がまた少しだけ近づきます。

どうぞ、彼女たちの“まだ名前のない接触”を見守っていただければ幸いです。

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