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13話:欲望は仮面をつけてやってくる

第13話「欲望は仮面をつけてやってくる」を投稿しました!


第五の魔女ヴィオラ編、ついに始動です。


人間の“欲望”という誰もが抱える感情を正面から問う魔女――

その存在は、単なる敵や契約対象ではなく、

真夜たち自身の「心の奥」にも踏み込んでくる存在となりました。


仮面越しに語られる本音、暴かれる自我、揺らぐ信念。

契約とは、ただ力を得るためのものではなく、

“その魔女が背負うもの”を理解し、受け止めること。


ヴィオラとの関係は、今までとは違う“危うい引力”を秘めたものになりそうです。

焦げた村を後にし、真夜たちは西へと歩を進めていた。


日が沈みかける頃、風は湿気を帯び、まるで“人の熱”を孕んでいるかのようだった。


土の匂いに混じって、鉄と汗と……どこか生臭い“欲”の気配。


それは、理性をなぞるような囁きでもなく、

感情を煽るような炎でもない。


もっと根源的で、抗えない衝動。


「……感じる?」


真夜の隣で、ルーナが小さく呟いた。


「うん。まるで、呼ばれてるみたいだ」


 


ラグナの剣身が、静かに赤紫の紋様を浮かび上がらせる。


第五契印――“欲”の魔女、ヴィオラ。


その名を知らぬはずの剣が、惹かれ合うように脈打っている。


まるで、「そっちへ行け」と導くかのように。


 


「ねえ、“欲望”って、悪いことだと思う?」


ミナがぽつりと問いかける。


焚き火のあとに残る灰を踏みながら、彼女は真夜に視線を向けた。


「誰かに触れてほしいって思うのも、

 優しくされたいって思うのも、

 誰かに見てほしいって願うのも――

 全部、欲望だよね」


 


真夜は歩みを止め、しばらく考え込む。


「……俺は、“欲”があるから人は人間なんだと思う」


「へえ、らしくない答え」


セリスが笑う。


「けど、あたしも嫌いじゃねぇな。

 欲があるから、動ける。怒れる。誰かを守りたくなる」


 


「でも、その欲望が“剥き出し”になったら?」


アリエルが言う。


「制御されない欲は、牙を持つ。

 それに触れると……人間じゃいられなくなるわ」


 


その時だった。


風が止まった。


空気がざわつき、草木がざわりと揺れ、遠くから――“叫び”が響いた。


男の声。女の声。怒号と泣き声と、混濁した言葉。


 


「なんだ、あれ……?」


セリスが身構える。


真夜たちが駆け寄ると、小さな村の広場に出た。


そこでは数人の男女が互いに罵り合い、殴り合い、泣きながら倒れていた。


その様子は“正気”とは程遠かった。


互いの欲望をぶつけ、晒し、剥き出しの感情だけがそこにあった。


 


「なにがあった……?」


真夜が声をかけようとした瞬間、一人の男が振り返る。


その目は虚ろで、涙と唾液と血に濡れていた。


「うるさい! どうせお前らも、俺を笑ってるんだろ……!

 金をくれ! 愛してくれ! 褒めてくれ……! 満たしてくれよぉ……!」


 


「魔力反応……あるわ!」


ルーナが即座に詠唱に入る。


「これはただの発狂じゃない。“欲”を暴かれた状態」


「精神干渉……しかも、感情の“本音”だけを抜き取る系統」


アリエルが空気の波を読み取っていた。


「誰かが、この村を“感情の素”で覆ったのよ。

 仮面を剥がされた人間は、残った本音しか喋れなくなる」


 


真夜の胸元で、ラグナが低く震えた。


《第五契印の共鳴反応、急上昇。

 近距離にて魔女本体、または魔力の欠片と交信中》


 


「……見て」


ミナが、指差した。


焼け落ちた井戸の縁に、ひとりの少女が立っていた。


仮面をつけている。


白磁のような表面に、赤い口元だけが描かれていた。


その手には、一輪の黒いバラ。


そして、その周囲だけ空気が異様に“湿って”いた。


 


「本音を隠すのって、罪ですか?」


 


その問いに、誰も即答できなかった。


少女はただ、井戸の縁から一歩、真夜のほうへと近づく。


「仮面がなければ、わたしはきっと……何も言えなかったと思います」


 


そして、仮面の奥から囁く。


「あなたの“本音”、見せてください。

 あなたの一番、汚いところを……暴かせてください」


 


ラグナが、一気に赤く光った。


第五の契印が脈打ち、真夜の中で“名が刻まれる前”の不穏な共鳴が始まる。


 


「“欲望の魔女”――ヴィオラ……!」

仮面の少女――ヴィオラの存在が、空気を変えた。


それは“圧”ではない。

むしろ、自然に、柔らかく、甘やかに染み込んでくる。


だがその柔らかさの内側にあるのは、“拒めない侵食”だった。


 


「あなたの一番、見せたくないものを教えてください」


ヴィオラの声は囁きだった。

なのに、耳元に直接吹きかけられたように全身を揺らす。


真夜の足が、思わず止まる。


 


「……やめろ」


自分でも意図していない声が口をついて出た。


だがヴィオラは、その反応すらも愉しむように笑った。


仮面越しの目元は見えない。

けれど、その気配は確かに“真夜だけ”を見ていた。


 


「怖いんですか? 自分の心が、誰よりも醜いって知るのが」


「俺は……」


言いかけて、言葉が詰まる。


足元で、村人の一人が泣き崩れていた。


「認めたくなかったんだ……

 あいつが死んで、ホッとした自分がいたこと……!」


別の男が壁に頭を打ち付けていた。


「俺は……金が欲しかっただけだ! あいつの店が邪魔だっただけだ!」


 


剥き出しの本音が、四方八方から押し寄せる。


ラグナが異常反応を起こし、真夜の手が震えた。


《警告:精神干渉進行中。主の内面に欲望素子が干渉》


 


「嘘だ……俺には……!」


“欲望”なんてものは――


……ある。


認めたくないだけで、自分の中にも確かにあった。


強くなりたい。

誰かに必要とされたい。

――誰かより“選ばれたい”。


 


「ねえ、真夜」


ヴィオラが一歩、近づいてくる。


「あなたの“名を刻む力”って、本当に他人のためだけ?

 本当は、“誰よりも多く刻まれたい”って思ってない?」


その一言が、胸を抉った。


ルーナが反応しようとした瞬間――


「動かないで」


ヴィオラが手を振った。


風が止まり、仲間たちの動きが鈍る。

それは強制ではない。ただ、“心”が乱され、判断を鈍らされているのだ。


 


「私の力は、“否定しようとする心”に触れやすいんです」


仮面の奥から、小さく息を吐く音がする。


「だから……あなたの“本音”が、一番美しい。

 嘘じゃない。抑えても、零れてしまうほど……あなたは、欲している」


 


真夜は、ラグナを地に突き立てるように構えた。


「お前は……何が目的なんだ。俺たちを試してるのか? 操ってるのか?」


「目的……」


ヴィオラは、仮面を傾ける。


「それを“欲”と呼ぶなら、きっとそうなのでしょうね。

 でも今は、ただ……あなたを見ていたい。

 どこまで自分を偽らずにいられるのか――それを」


 


その瞬間、地面に張られていた魔力の糸が切れるように、空気が裂けた。


ヴィオラの姿が、霧と共に掻き消える。


だが、完全に“去った”わけではない。

むしろその余韻が、空間そのものを染めていた。


 


ラグナの剣身には、すでに第五の契印がうっすらと浮かんでいる。


それはまだ輪郭すら曖昧で、けれど確かに“真夜を見ていた”という証拠だった。


 


「……本音、ね」


真夜は自分の胸に手を当てた。


そこには、まだ言葉にしていない“衝動”が確かにあった。


 


「何が悪い。俺が選ばれたいって思っても、

 強くなりたいって思っても――

 それで誰かを守れるなら、それは“俺の真実”だ」


 


セリスが肩をすくめる。


「随分と吹っ切れたな、おい」


「でも、それが真夜なのよ」


ルーナは微笑む。


「次は、あなた自身の“欲”をどう扱うか――それが、契約の鍵になるわ」


 


アリエルが指を鳴らす。


「霧が晴れた。西の方角……まだ、残響がある」


 


真夜は剣を手に取り、前を見据えた。


「ヴィオラ。

 お前が俺に何を見せたがってるのか……

 その本音、俺の言葉で暴いてやるよ」


 


彼の中で、第五の契印が脈打った。

空気に、まだ仮面の残り香が漂っていた。


それは香水のように甘く、どこか冷たい。

空気を撫でただけで、心の奥を探られるような、居心地の悪い感覚。


真夜たちは森の中に一時避難し、火を囲んで沈黙していた。


誰もが、さっきの“声”を思い返していた。


――あなたの欲を、見せてください。


 


ルーナが、焚き火の枝を弄びながらぽつりと呟く。


「私も……少し、怖かった。

 あの子が“本音”を暴いたとき、私も一瞬だけ……」


「ルーナ?」


「……“私も真夜の特別でいたい”って、思ったの」


 


真夜は驚いたように彼女を見たが、ルーナは照れた様子もなく続けた。


「でも、それは別に悪いことじゃないって思えた。

 たぶん私が、それを認めてなかっただけなんだ」


 


セリスが鼻を鳴らす。


「ふん。今さらだろ?

 人間なんざ、欲があるから動いてんだよ。

 あたしだって、真夜にもっと頼られてぇし、

 ……たまには“守ってやったぜ”って顔したいんだよ」


 


ミナは火の向こうで、静かにその会話を聞いていた。


目を伏せたまま、言葉を吐き出すように言った。


「……私は、羨ましいと思った」


真夜が顔を向ける。


「私が“嘘を拒んだ”のは、自分の弱さを正当化したかったから。

 でもヴィオラは違う。“剥き出し”を受け入れてた。

 怖いけど、どこか……すごく人間らしくて、あったかいとも思ったの」


 


アリエルがうなずく。


「人間って、醜さと綺麗さのあいだで揺れてるもの。

 それを“見せられるかどうか”が――強さなのかもしれない」


 


真夜は、少しうつむいた。


焚き火の揺らぎが、彼の頬を照らす。


「……俺は、ずっと“誰かのために強くなりたい”って思ってた。

 でも、その裏に“認められたい”“必要とされたい”って気持ちがあるのも事実だ」


言い終えて、彼はラグナを見た。


剣の表面に、第五の契印が浮かんでいた。

それは今までで最も不安定な形――けれど、確かに“心の中”に存在している。


 


「俺は、それを否定しない」


静かに、はっきりと言った。


「“欲”があるからこそ、人は誰かを好きになれる。

 誰かに近づこうと思える。

 だから――

 ヴィオラの前でも、俺は“自分の本音”を認めて立ってやる」


 


その言葉に、誰も笑わなかった。


ルーナも、セリスも、アリエルも。

ミナだけが、ほんの少しだけ、微笑んだ。


 


「たぶんヴィオラは……“認めてくれる誰か”を、待ってるんだと思う」


ミナが小さく呟いた。


「だからあんなに、人の心に触れようとした。

 拒まれることを怖がってるくせに、誰よりも近くに来たがってる」


 


真夜はそっと立ち上がる。


「……なら、行こう。

 剥き出しの欲望が、暴走しないうちに。

 “名前を刻む”ってことが、誰かの傷を癒すなら……

 俺は、それをためらわない」


 


ラグナの剣が、赤紫に染まる。


第五契印が、確かな輪郭と鼓動を持ち始めていた。


風が吹いた。


西の森の奥――そこに、再び“仮面の気配”が漂っていた。

夜の森は静かだった。

けれど、沈黙は決して穏やかではなかった。


葉擦れの音も、獣の気配も消えた空間。

ただ風だけが、道なき道を撫でるように流れている。


真夜たちは、ラグナの契印の反応を頼りに、

“ヴィオラの痕跡”を追っていた。


 


「……この空気、また歪んできたわ」


アリエルが立ち止まり、周囲を見回す。


「霧が濃くなってる。これは自然じゃない。

 誰かの魔力が、空間の“情動”を引き寄せてる」


「……感情の結界ってことか」


真夜が呟くと、セリスが鼻を鳴らした。


「さっきよりマシだが……やっぱ気持ちわりぃな。

 歩いてるだけで、腹の底がざわざわする」


 


そのときだった。


茂みの先に、黒く焼け焦げた空間が広がっていた。


まるで爆発が起きたかのように木々が裂け、地面が穿たれている。


焦げた地面に、ひとりの男が倒れていた。

目は虚ろ。口元は笑っている――だが、その目には涙の跡が。


 


「“全部欲しかった”……って呟いてた」


ミナがそっと言う。


「愛も、金も、自由も、力も……

 それを全部口にしたあと、自分の魔力が暴走した」


「……つまり、ヴィオラの力が“誘発”したのか」


ルーナが小さく首を振る。


「いいえ。たぶん、ただ“触れただけ”。

 本来なら抑えていた欲望が、魔女の気配に反応して一気に表に出た……そんな感じ」


 


真夜は黙ったまま、その男の手をそっと閉じてやる。


「……これが、“剥き出しの欲望”の末路か」


誰かの声ではない。

それは“警告”のように、風が囁いた言葉だった。


 


そして森の奥に、祠があった。


古びた石と苔に覆われたその建物は、

かつて誰かが丁寧に祀った気配を残していた。


しかし今は、その中央に“鏡”が立てかけられていた。


人の背丈ほどの高さ。

枠は銀で縁取られ、表面は水面のように揺れていた。


 


「これ……魔女の封印?」


ミナが近づこうとしたが、真夜が手を伸ばして制止する。


「待て。これは……ただの“封印”じゃない。

 見てるだけで、何かが……中に、入ってくる……」


 


そのとき、鏡が震えた。


ラグナの第五契印が強く脈打つ。

真夜の手が、鏡の表面に触れる。


――映った。


そこには、笑っている少女の姿があった。


年齢は今のヴィオラと同じくらい。

けれど、まだ仮面はつけていない。

素顔のまま、誰かの手を握っている。


 


「ずっと待ってたの。誰かが……私を見てくれるの」


 


その映像に、ノイズが走った。


次の瞬間、笑顔の少女の背後に、黒い影が浮かぶ。

それは少女の内側から滲み出る“欲望”の塊だった。


「見て、もっと見て、全部見て……私だけを」


 


“その欲望が、彼女を仮面へと変えた”


真夜は、直感でそう理解した。


 


「……これが、ヴィオラの過去……?」


ラグナが共鳴する。


《第五契印、共鳴率80%。

 封印との再接続開始……次なる接触が可能な状態に移行》


 


風が止んだ。


鏡の中に――“仮面をつけた彼女”が、再び姿を見せた。


「……来てくれたんですね、名を刻む人」


その声は、どこか遠く。けれど、優しかった。


「私の“欲”は、まだ剥き出しになったまま。

 でも……

 あなたにだけは、私の顔を――本当の顔を、見せてもいいかもしれない」


 


そして彼女は、鏡の奥に手を差し出す。


「来ますか? 私の心核へ――“欲に支配された世界”へ」


 


真夜はラグナを強く握りしめた。


剣が赤紫の光を放つ。

第五の扉が、今、音もなく開こうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この13話では、欲望というテーマを軸に

仲間それぞれの“心の素顔”にも焦点を当ててみました。


真夜自身もまた、「認められたい」「選ばれたい」という衝動を抱えている。

それを否定するのではなく、“向き合い、肯定していく”姿勢は、

本作における「名を刻む力」の本質に近づいていく鍵となります。


次回、第14話ではいよいよヴィオラの“心核領域”へ――

仮面の奥にある彼女の本心と、契約の試練が待ち受けます。


どうぞ引き続き、ご期待ください!

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