熱血番長と情熱の花
「赤羽えええええ!!!!お前は俺の女だあああああ!!!!」
「誰がお前の女だあああああ!!!!」
がたいがいい学ランの男の拳と、やたらスカートの短い金髪の少女の蹴りがぶつかり合う。2人の攻防はそう長くなく、勝利するのは金髪の少女。いつものことだった。
司高校2年生で『番長』と称される石濱竜二は、元・不良で同じく2年生の赤羽花琳にぞっこんだった。見た目・言動共に一昔前の雰囲気を漂わせる彼は、花琳に対して熱烈に交際を申し込むも、彼女の方は一向に相手にしようとしない。それでも引き下がらない彼に対し、花琳は「自分に喧嘩で勝ったら交際する」という条件を突きつけた。以後、石濱は度々花琳に勝負を挑むも、1度も勝利することができない。その様子は、すっかり校内でお馴染みのものとなった。…喧嘩をしたことがばれた花琳が、幼馴染で生徒会長の青井水波に怒られるところまでセットで。
ある日の帰り道。花琳は、目の前に石濱が立ちふさがっていることに気付いて足を止めた。いつものように暑苦しく勝負を挑んでくるだろうと、ため息をついて荷物を下ろす。しかしながら、石濱は喧嘩を仕掛けてくるどころか、その場から動くことも声を発することもない。
「…石濱?」
花琳は、彼の様子がおかしいことに気付き、不審に思いながらゆっくりと近づいていく。
「…赤羽」
これまで聞いたことのないような低く重い声に、花琳はぴたりと足を止める。顔を上げる石濱。彼の瞳を見た花琳は、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまった。そんな彼女に石濱は勢いよく向かっていくと、そのまま壁に押し付け、さらに自らの唇を彼女のものに重ね合わせた。
「…!」
花琳は抵抗しようとするも、まるで身体が動かない。その体勢のまま、しばらくの時間が流れた。やがて石濱がゆっくりとその身を離すと、花琳は糸の切れた人形のようにその場に座り込んだ。
「…お前は俺の女だ」
石濱は静かにそれだけ言い残し、その場を去って行った。
「……誰が、お前の女だ…」
誰もいない空間に、花琳は力なく呟いた。
――――――
翌日、花琳は登校すると、掲示板の辺りに生徒達が群がっていることに気付いた。気になり、群衆の方へ足を向ける。彼女の存在に気付くと、生徒達のざわめきが大きくなっていった。その中で、クラスメイトの黄谷雷亜と桃山愛里が花琳に声をかける。
「ちょっと花琳!大変なことになってるじゃん!!」
「そうよ、どういうこと?!あれ本当なの?!」
愛里が掲示板に貼られた校内新聞を指さした。
「はあ?朝っぱらから何…」
示された方向を見て、それを捉えた花琳は目を見開いた。そこには、「不良女、とうとう番長に敗北?!」という見出しとともに、昨日の花琳と石濱のキスシーンの写真がでかでかと貼り出されていたのだった。花琳は大きく舌打ちをすると、群衆をかき分けずんずんと新聞の方に進んでいき、それをべりっとはがして握りつぶした。
「…誰が誰に負けたって…?」
静かに睨んだ不良女の様子に、生徒達はびびって声を止めた。しかし次の瞬間、再びざわめきが起こる。記事のもう1人の登場人物・石濱が現れたのだ。
「ちょっと石濱!あんたのせいで…」
花琳は怒りを露にしながら石濱に近づいていく。だが、彼の瞳を見た途端、昨日同様動くことができなくなってしまった。そして、石濱は記事の写真を再現するかのように、再び花琳に口付けをする。その様子を、周囲の生徒達はぽかんと見つめていた。
そんな中、1人の少女が2人に近づいたかと思うと、手にしていた青いバケツから2人に向かって水をぶちまけた。それを機に、2人の体勢は崩れ、花琳はまたも床に座り込んだ。
「…水波…!」
花琳は自分を呪縛から解き放ってくれた人物を確認し、感謝と安堵の表情を浮かべる。一方の水波は、厳しい表情で石濱を見ていた。
「…一体朝からこんなところで何をしているの?」
「…」
石濱はそれには答えず、静かに水波を睨み返し、その場を去った。
「朝から災難だったようね」
「花琳さん、大丈夫でしたか…?」
教室でクラスメイトの水原氷奈と緑川葉子が心配して花琳に声をかけた。
「まあ、水波が来てくれたおかげで助かったけど…。まったく、何がどうなってるんだか…」
花琳は疲れきった表情で大きな溜息をつく。
「それで、あからさまに様子がおかしかったってことは、やっぱり魔物が絡んでそうなの?」
「うーん…雷亜は特に妖気とか感じなかったけど、魔物が化けてる可能性も高いかな…」
「いや、あれは間違いなく石濱よ。私があいつを間違えるはずない」
氷奈と雷亜が示した可能性を、花琳は強くというわけではなく、あっさりと否定した。その様子を見た愛里は、はっとしたような表情をしたかと思うと、ピンクのボールペンを握りしめ、猫なで声で花琳に話しかけた。
「ね~え花琳。私のためにぃ、自販機でジュース買ってきてくれな~い?」
「は?いきなり何言ってんの?自分で行けば?」
いつもと変わらない呆れたような返答を聞くと、愛里はがたんと立ち上がり、花琳を指さした。
「あーーーーやっぱり!!私の能力が効かないってことは誰か想ってる人がいるということ!つまり!花琳は石濱のことが好…ぐあっ」
愛里が最後まで言い終わる前に、花琳の回し蹴りが炸裂した。愛里が床に倒れ込んだタイミングで、水波が教室に入ってきた。
「花琳!あの後、彼は?」
「ああ、別に何も。大丈夫だよ。水波が助けてくれたおかげかな」
「助けるなんてそんな大袈裟な…。むしろ、濡らしてしまってごめんなさい」
「ああ、平気平気!すぐ水分吸ってくれたし風邪とか引きそうもないから」
いつものように2人の空間を作って和やかに話す花琳と水波。しかし、水波はふっと真剣な表情になって花琳に忠告する。
「…それはそうと、彼には注意しておいた方がいいわ。今日は一緒に帰りましょう」
「…心配してくれてありがとう。でも大丈夫。っていうか、水波今日も生徒会じゃなかった?」
「それはそうだけど…でも…」
「あ、じゃあ、私達が代わりに花琳の護衛しようか?」
「いや、いい。…これは、私とあいつの問題だから…」
「……」
決意に満ちた言葉に、その場の誰も言い返す言葉がなかった。
その日の帰り道。またしても花琳の前に石濱が立ちふさがった。
「…言っとくけど、そう何回も同じ手にかからないわよ!」
花琳の言葉を合図に、ぶつかり合う2人。いつもは短ければ数秒で片付く勝負が、今回はなかなか決まらない。石濱の動きが機敏になっているうえ、花琳は彼の瞳を見ないよう注意しなければならないため、尚更戦いづらそうだった。
「あんた、いっつも手抜いてたんじゃないの?!」
軽口をたたきながらも、花琳には内心焦りが出てきていた。そして、とうとう石濱の拳を防ぎきれず、地面に転がり込んでしまう。石濱はその機を逃さず、花琳の両手首を片手で押さえつけた。花琳は石濱から顔を背けたまま抵抗を試みるが、振り解けない。
「赤羽っ!!!!」
「!!」
気迫に満ちた石濱の声に、つい彼の方へ顔を向けてしまった花琳。そこで、2人の視線がぶつかり合った。
「しまっ…」
花琳が動けなくなったことを確認すると、石濱は彼女を押さえていた手を離し、制服の胸元を掴んで強引に引き裂いた。そうして、彼女が纏っていた衣類をすべて引きはがすと、己の服にも手をかけた。
「おい馬鹿…やめろ…。…やめ…ああああああ!!!!」
―――
「…ん…?俺は…一体…?」
衣類を再び身に纏い、正気に戻った石濱は、しばらく自分が何をしていたのか思い出せなかった。記憶を辿ろうと彼なりに頭を働かせていると、ふと自分の近くに人が倒れていることに気付いた。
「!!赤…羽…?」
そこにいたのは、己が愛してやまない少女だった。裸で横たわっている彼女は、虚ろな瞳をしていた。
「おい…おい、赤羽?!しっかりしろ!一体、誰がこんな…」
「あら?覚えていないとでも言うの?」
「?!お前、誰だ…?」
いつの間にか、彼らの後ろに、黒の長衣を纏って地面にまで届くほどの黒髪をなびかせた少女が立っていた。
「私?そうね、『魔女』…とでも言っておくわ。それよりも、あなた、本当に覚えてないの?自分が彼女に、何をしたのか…」
「…俺が、赤羽に…?!」
「そう。ようく思い出して。あなたが本能のまま、無理矢理彼女を自分のモノにしたこと…」
「……あ…俺…は…」
『魔女』の言葉で、石濱は断片的にだが、己の行為が脳裏に蘇ってきた。
「ふふ、哀れね。己の身体を道具のように考え、幾人もの男と平気で交わってきた娘が、あんなに必死に拒絶するだなんて…。愛する貴方から無理強いされるのが、よっぽど辛かったんでしょうね…」
「愛する…?赤羽が、俺を…?」
「ええ。貴方を強く想うからこそ、この娘は貴方の瞳から逃れられなかった。無感情な獣と化した貴方に襲われた彼女の絶望は、計り知れないわ…」
「そんな…そうだったのか…。俺は、なんてことを…」
声を震わせ、地面に両手をつく石濱。そんな彼から、どす黒い靄のようなものが沸き上がる。それを見た『魔女』は、満足げに笑みを浮かべた。
「愛する男に裏切られた絶望…愛する女を自ら傷つけてしまったという後悔、自己嫌悪…。素晴らしい心の闇だわ。あの男の『真実の姿』を解放し、我が能力を貸した甲斐があったというもの。これであのお方も、さぞやお喜びになってくれるでしょう…」
『魔女』はさらに愉快そうに笑った。
「……うる、さい…わね…」
「何?」
『魔女』が声が聞こえた方へ振り向くと、花琳が少しずつ立ち上がろうとしている姿が、目に入った。
「……あんた…『闇の女王』のくせに、愛だの想うだの、随分綺麗事が好きなのね…。…聞いて呆れるわ…」
「何ですって…?!」
「……赤…羽…?」
負の感情に支配されかけていた石濱は、意識が朦朧としつつも、花琳が起き上がったことに気付いたようだった。
「まったく、馬鹿げてるわよ…。私がこんな男を愛してる…?有り得ないわ…。…言っとくけど、私が惚れた石濱竜二って男はねえ…こんな簡単に、闇に呑まれたりなんかしないわ…!」
そうはっきりと言い放ち、『魔女』を睨みつけた花琳は、制服の残骸と共に周囲に転がっていた赤のボールペンを素早く掴んだ。
「チェンジ!フラワーレッド!!」
赤い光に包まれたかと思うと、花琳は真紅の髪で真紅の丈の短い着物のような衣服を纏った戦士に変身した。
「情熱香る、赤き花!ピーカフラワー!…『魔女』、よくもこの私を利用しようとしてくれたわね!」
フラワーは真っ直ぐ『魔女』へ向かっていき、彼女に足技を繰り出す。しかし、『魔女』はそれを片腕で受け止めた。
「…貴女を少し甘く見過ぎていたようね。まあいいわ。また会いましょう、花の戦士さん」
そう言い残し、『魔女』は闇の中へと姿を消した。
「……赤羽…お前…やっぱり本当に俺のこと好きだったんだな…?!」
「……だったら何」
花琳の言葉ですっかり正気に戻った石濱の問いに、彼女は素っ気なく答えた。
「だったらとっとと俺と交際しろ!!」
「喧嘩で私に勝てたら、って条件つけてあんたも納得したでしょ」
「なら今すぐ俺と戦え!!」
「戦士の(この)姿だと流石に私に叛出ありすぎじゃない?」
「なら変身を解け!!」
「裸になるんですけど」
「なら服を着ろ!!」
「は?誰かさんに破られて墓露墓露の服を着ろと?」
「!…それは…。…というか、お前裸でも気にしないだろ!」
「しないけど。流石に裸で喧嘩してたら亜兎斗ってことくらい分かるわ」
「……だったら…!」
「はいはい、分かったわよ。明日勝負してあげるから」
今すぐにでも勝負したくて仕方のない石濱だったが、とりあえずその言葉に納得したようだった。こうして、その日は2人ともそのまま帰途に就いた。
――――――
翌日放課後。昨日と同じ場所で、2人は対峙した。
「言っとくけど、本気で行くわよ」
「当然だ。それでこそ俺の女だ!」
「…誰がお前の女だ!」
こうして、2人の熱い戦いが始まった。昨日と違い、石濱は正真正銘正気だったが、やはりなかなか決着がつかない。
「…あんた、やっぱりいっつも手抜いてたんじゃないの…?!」
「そんなことはない!だがしかし、今日の俺はいつも以上にやる気に満ち溢れているのだ!!」
言葉と共に繰り出される力強い拳。花琳はそれを受け止めきれず、ついに地面に転がり込んだ。
「……あ」
「……」
「……勝った…のか…?俺が…」
「……そうね。私の…負けだわ…」
身体に付いた砂を払いながらゆっくりと立ち上がる花琳。対する石濱は勝利したことが信じられないのかしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて大きくガッツポーズをして飛び上がった。
「……よっ…しゃああああああ!!!!これでとうとう、本当にお前は俺の女だあああああ!!!!」
勢いよく花琳に向かっていき、そのまま花琳を力強く抱き締める石濱。そして、その熱い抱擁をすんなり受け入れる花琳。彼女のその対応に、石濱は逆に困惑した。
「…ん?拒んだり、足蹴にしたりしないのか…?」
「は?されたいの?」
「い、いや!そんなことはない…が…」
「…まったく、暑苦しいほど餓津餓津来てたくせに今更面倒くさいわね」
花琳は両手で軽く石濱を突き放したかと思うと、今度はその胸倉を掴んで背伸びをし、彼に口付けた。
「…!」
「…私はもう、あんたの女よ」
そう囁くと、花琳はくるりと後ろを向いて、小さく呟いた。
「…『不良』にも『正義の味方』にもなりきれない、中途半端な私なんかに惚れて真っ直ぐ向かってきてくれたこと、正直嬉しかったわ」
「…ん?何か言ったか?」
「いや?別に?」
花琳は再度石濱に向き直って答える。
こうして、晴れて司高校の『番長』と『不良女』は交際を開始したのだった。