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──私はどうにかなってしまったのだろうか……。
頭を抱えて机に突っ伏す私の耳には、何を言っているかまではわからないが、女性二人がひそひそと話す声が聞こえる。今の出来事と私の姿は、彼女たちの格好の暇つぶしになっていることだろう。
そちらには目を向けずに、若い男性社員のほうを見ると、すでに何事もなかったように黙々とパソコンのキーボードをいじっている。ああ、この男はそういう男だった。自分に直接関係のあること以外には、いくらかの興味も示さないのだ。
中年男は、さも心配そうな表情で──元々が気の弱そうな、情けない面構えなのだが──ちらちらとこちらを見ているようだった。それが癇に障り、キッと睨みながら目が合うのを待っていると、男は私の顔を見た途端に慌てて正面を向いて、それ以降は頭を微動だにさせなかった。
私はぎゅっと目をつぶり、頭に当てていた手でこめかみをぐりぐりと押し回した。そのまま洗うようにして顔全体を撫でつけ、冷静さを取り戻してから手を離し、パソコンの画面を見た。
その瞬間、私は目を見開いた。また、あの顔が──眼球のあるべき場所に時計の嵌め込まれたあの顔が、再び現れていたのだった。
数分前なら喜んだだろう。しかし今、そんな感情は持ち合わせていない。初めにこれを見た時の好奇心は失われ、また何か恐ろしい幻覚でも待ち構えているのではないかと思い、パソコンの電源を落とそうと震える手でマウスを握った。
すると、画面の顔に変化が現れた。左側の時計が外れて黒い穴だけが残り、その穴はみるみるうちに広がってゆき、顔の左半分を埋め尽くした。同時に、右側の時計はぐるぐると高速で回転し、その速さは、さっきまでとは比べものにならないほど速い。
──嫌な予感がする……!
私はすぐにマウスを動かしたが、画面の右端に置かれたポインタは反応しない。机がその摩擦で削れてしまうかというほどマウスを振るが、まったく動かない。ケーブルが外れているのだと思って確認するが、ちゃんと繋がっている。焦りと苛立ちでキーボードを滅茶苦茶に叩いてみるが、うんともすんともいわない。電源ボタンを連打しても同じことだった。
──そうだ、電源コードだ!
そう気付くやいなや、すぐに机の下のコンセントから電源コードを引き抜き、大きな地震が収まった時に似た安堵のため息を、その場で深く洩らした。ゆっくりと机の下から這い出て、パソコンを振り返る。
……愕然とした。パソコン自体の電源は落ちたのだろう、青かった画面は黒くなっていたが、顔は依然としてそこにあった。
私は激しい怒りを覚えた。──それは恐怖を打ち消そうとするために、無意識に表れた感情だった。怒りと恐怖に震える手でディスプレイの両端をしっかりと掴み、最終手段を実行するべく大きく息を吸い込んだ。
だが、ディスプレイを持ち上げようと呼吸を止めた、その時だった。黒く広がった穴の中に、白く霞む大きな渦が立ちこめた。同時に画面の顔が、にゅうっとディスプレイを突き抜けて──いや、突き抜けるというより、顔で画面をゴムのようにこちら側に押し出して、平面から立体へと姿を変えた。
──なんだ、これは……!
現実にはあり得ない状況に、先ほどまでの怒りは消え失せ、私の心を完全に恐怖が支配し、恐怖には、その顔から目を逸らさせまいとする力があった。
白い渦は穴を飛び出して広がり、机の上の書類やペン、キーボード、その他のあらゆる触れたものを、ブラックホールのように吸い込んでゆく。右側の時計は高速で逆回転を続け、その速さが増すごとに渦の吸引力も増していき、ついに渦に触れられた私は逃げる間もなく、黒い穴の中へと吸い込まれていった……。




