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エッセイ・詩・告知などのシリーズ

一人分のカウンター席に二人分の人間が座ってしまった!

作者: ウナム立早


 午後の七時前ぐらいに、地元にある豚カツのチェーン店で夕飯を食べた時の話。


 特に何かが食べたいという意思があったわけではなく、最近豚肉食べてなかったな、という妙なバランス感覚を頼りにして、私はこの店を選んだ。それに空模様が怪しかったので、夕飯には早い時刻だけど、雨に降られる前にさっさと済ませてしまおうという思惑もあった。


 入店してみると、まずカウンター席のひとつひとつにタッチパネルが設置されているのが目についた。


(おっ、ここもタッチパネル注文を導入したのか)


 この店に来るのも数ヶ月ぶりな気がする。内装は特に変わっていなかったが、細かい所では着実にデジタル化が進んでいるみたいだ。


 カウンター席には誰も座っていなかったけど、テーブル席のほうはこの時間にも関わらず盛況のようで、トレイを持った従業員があっちこっちに行き来していた。


 満員でもない限り従業員の案内はない店なので、私は適当に奥から二番目のカウンター席に座り、タッチパネルに触れてメニューを開く。


(へー、今の時期はこんなメニューもあるのか)


 店に入る前から注文はカツ丼とおろしポン酢に決めていたのだが、ついタッチパネルをスライドさせて他の料理を探索してしまう。


 先週始まったばかりらしい季節のフェアセットがもう売り切れてしまっていることを残念に思った所で、私は尿意をもよおした。


(ちょっとトイレ行っとくか。と、その前に注文を終わらせとこう)


 私はちゃちゃっとカツ丼、おろしポン酢を選択し、注文ボタンをタップした。厨房前のプリンターから伝票が出たことを確認すると、席を立ってトイレへと向かった。




 トイレで用を足して店内に戻ると、サングラスをかけた新規のお客さんが一人、カウンター席に座っていた。


(あれ……)


 違和感を覚えた。


(私はどの席に座ってたんだっけ……?)


 自分が座っていた席が思い出せない。確か、奥から二番目の……ん!?


(ああっ!)


 ようやく事態に気づいた。私が席を立っている間に、サングラスの人が同じ席に座ってしまっている!


(こ、これは……どうしよう……)


 彼は何も知らないまま、眼の前のタッチパネルを指でなぞっている。


 考えてみれば無理もない話だ。カウンター席は自由に座って良いのだし、従業員が管理しているわけでもない。そして注文も終わってしまっているから、パッと見では誰かが座っていた証拠がどこにも残っていないのである!


『ご注文、ありがとうございました』


(げっ!)


 まごついている間に、サングラスの人は注文を完了させてしまった。私はやむを得ず、一つ開けた隣の席に座ることにした。


 心を落ち着かせながら状況を整理する。カウンター席は最初の時と同じようにガラ空きで、楕円形のテーブルに座っているのは私とサングラスの人の二人のみ。注文を受け付けたタブレットは一つだけ。つまり、たった一人しか座れないはずのカウンター席から二人分の注文が飛ばされたという、摩訶不思議な現象が起こっていることになる。


(どうしてこんな事にー! 今から事情を伝えて席を変えてもらおうか。でも、もう注文は飛ばされちゃったし……)


 従業員に伝えた方がいいかと迷っていた時、厨房のプリンターからさっき飛ばされた注文の伝票が出てくるのが見えた。


(ん?)


 私はあることに気づく。


(そうか、伝票は送信した注文ごとに発行されるんだ! てことは、自分が注文した分の料理と伝票だけこの新しい席で受け取ってしまえば、店側に不都合はないはず!)


 スマートな解決策が浮かんできた所で、私の元に従業員がやってきた。


「お冷やをお持ちしました」


(ああ、このお冷やがトイレの前に来ていればなぁ……)


 お冷やが置いてあれば誤って座られることもなかったが、もはや後の祭り。私は誰も存在しないはずの席に座り、カツ丼とおろしポン酢が厨房からやってくるのを待つしかないのだ。




 数分の間、私はスマホをいじりつつも、意識はつねに厨房のほうを向いていた。


(あれは……定食か、カツ丼じゃないな)


 厨房から出てくる料理を逐一確認するその様子は、冷静に考えると怪しい。だが私には運ばれていくカツ丼をここでくい止める責務がある。いくつかの料理がトレイに乗せられては運ばれてを繰り返しているが、まだカツ丼単品と小皿を乗せたトレイは出てこない。


(もうそろそろ出来そうなんだけど、まだかな――)


「お待たせしました。カツ丼とおろしポン酢になります」


 !?


 振り返ると、サングラスの人の前にカツ丼とおろしポン酢が置かれていた。


(な、何いィ! 奥から回り込んできやがったのか!?)


 おそらく注文内容が少なかったため、テーブル席の料理とついでに運ばれてしまったのだ!


 あの席に座る彼が、身に覚えのない料理を目の前に出されて困惑しているのが、サングラスをしていてもしっかりと伝わってくる。


「す、すみません! それはこっちのやつです!」


 慌てて私はカツ丼の注文者を名乗り出る。従業員とサングラスの人は少し怪訝けげんな顔をしたものの、さして揉め事にはならず、私の前にカツ丼とおろしポン酢、そして伝票が置かれた。


 従業員が厨房へ戻ったのを見て、すぐに伝票を確認する。よし、思っていたとおりだ。私が注文した内容の金額だけが載っているぞ。


「お待たせしました、ロースカツ定食と、チキンカツ単品と、唐揚げ単品と、フライドポテトになります」


 そうしているうちにサングラスの人の注文もやってきた。


(すげえ、なんて物量だ。私の注文とぜんぜん違う内容で良かった。これで内容まで似ていたら少し揉めていたかもしれない)


 ひとまず安心だ。これで心置きなく、カツ丼とさっぱりとしたおろしポン酢を楽しめる。




 しかし――事態はこれで終わりではなかった。


 厨房の方を見てみると、2人の従業員がタブレット端末を見ながら何か話をしていた。タブレットには店のマップが表示されているように見える。さらに、時々私と目が合いそうになるのだ。


(お、終わったはずだろ……これ以上何が!?)


 お腹に入れたカツとご飯が、ずしりと重さを増しながら溜まっていく。おろしポン酢で箸休めをしても、この感覚は拭えそうになかった。


 そして、従業員の中でも年配だと思われる女性が、タブレットを持ってこちらへとやってきた。へその周りが妙な熱を持ち始める。


「あの、すみません」


「は、はい」


「確認なのですが、お席を移動とかされました?」


「あ……はい。注文の後にですね、トイレに行ってたら、その、座られちゃって」


 自分でも笑えるぐらい小さな声だった。サングラスの人はこちらを気にすることなく食事を楽しんでいる。


「ああ、わかりました。伝票出し直しますので、こちらは回収しますね」


 そう言うと従業員は伝票を持っていって、一分も経たないうちに新しい伝票がやってきた。


 すみません、と一声かけて私は伝票を受け取った。たぶん、テーブル番号以外、何も変わっていない伝票だった。


(これなら前のやつでレジ通してしまってもいいんじゃないかな……それとも精算の時に面倒なエラーでも発生するんだろうか)


 私は悔やんでいるのか、腑に落ちていないのか、それとも居たたまれなくなっているのか、わからないままカツ丼をかき込んでいく。


 お冷やを飲み干し、手が濡れたまま伝票をつかんで、そそくさとレジに進む。


「800円になります。クーポンやポイントカードはお持ちですか?」


「ふぇ!? あう、いや……無いです」


 また何かやっちゃったのかと一瞬思ってしまったのが情けない。たどたどしくも会計を終え、ようやく店の外に出る。


「次は、ちゃんとお冷やが来てから席を立とう……」


 そう独りごちて、私は家路についた。自業自得とはいえ、カツ丼とおろしポン酢の他に、消化の悪いモノも一緒に注文してしまった夕方の一幕なのでした。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みながら、自分も同じ状況だったら……と冷や冷やしました。 最近タッチパネルだけ置かれているカウンター多いですよね。 確かにお冷が置かれていないと間違えて座ってしまうかも知れませんね。 サン…
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