戻って来た先輩
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「やだ、ミルルじゃないっ?」
今夜は外で食事をしようと夫ハルジオに誘われたミルルが魔法省のロビーに辿り着いてすぐ、後ろから声をかけられた。
ミルルが振り向くとそこには魔法省職員時代の同期、レア=マルソーがいた。
「レア、久しぶり!」
ミルルが笑みを浮かべるとレアは急足でミルルの側までやって来た。
「ホントに久しぶりね!あなたの結婚式以来じゃない?旦那さまは同じ職場だからよく見かけるけど。元気だった?」
レアは嬉しそうにミルルの手を握ってぶんぶんと上下に振る。
「おかげさまで。レアこそ元気にしてた?同期のみんなは頑張ってるのかしら?」
「みんなボチボチね。入省してもう四年になるもの。新人を任されたりちょっと複雑な案件を任されたり、ひーひー言いながら駆けずり回ってるわ」
「そっか。凄いわみんな」
「凄いのはミルルよ。もう歩くのは不可能だと言われていたのに、ここまで回復するなんて。あなたの根性を見せて貰ったわ」
「ふふふ。だって意地でも歩けるようにならなければいけなかったのだもの。じゃないと一人で歩いてゆけないでしょ……う……」
「ミルル?」
久々に会った同期の変わらない気さくさを嬉しく思いながら会話をしていたミルルが、その相手の肩越しに見えた人物に息を呑んだ。
いずれ戻って来るとは分かっていたが、
いざその姿を目の当たりにすると、言い様のない感情に体が支配された。
途端に硬直して動けなくなる。
突然目を見開いて固まってしまったミルルの様子を怪訝に思ったレアがミルルの名を呼んだ。
「ミルル?どうしたの?」
その声に硬直を解いて貰ったかのように、ミルルは我に返った。
「あ、ごめんね。久しぶりにリッカ先輩の姿を見かけて驚いたの。先輩、戻って来られたのね」
「あ、そうなのよ!凄いわよね。王都の本省でスキルアップして、昇進して戻って来られたのよ。カッコいいわよね、同じ職業婦人として憧れちゃう」
「本当ね!すごいわ!」
それにはミルルも激しく同意した。
まだまだ働く女性の少ない時代。
それでも職を持つ道を選んだ女性達にとって、優秀でキャリアを積んでゆく同性を見ると尊敬の念を抱かずにはいられないのだ。
もう魔法省の職員ではないが、自立するための仕事を探し始めているミルルにとっても、輝かしく眩しい存在である事に変わりはない。
「リッカ先輩、今日は来月の帰省に先立って挨拶に来られたんだって」
「そうなのね。じゃあ来月からはずっとこの街に居られるのね」
ハルジオの側に。
彼女のかつての恋人の側に。
もう距離が二人を隔てる事はない。
ーーあ、
この場合、わたしが二人を隔てる壁になってしまっている?
大変だわ。こんなペラッペラの壁でも邪魔になるなら早く撤退しなきゃ……
その後は仕事中のレアと別れ、ロビーに座ってハルジオが降りてくるのを待った。
持参した文庫本を読むともなくページを開く。
頭の中にあるのはさっき見た彼女、リッカ=ロナルドの姿。
魔法省法務局の文官で、魔術学園を首席で卒業した才女だ。
ハルジオとは魔術学園時代からの付き合いで、卒業と同時に二人揃って魔法省に入省。
同期で恋人。
かつては将来を約束し合っていたらしい。
「……リッカ先輩、キレイだったなぁ」
自信に溢れ、内側から輝くような美しさだった。
ーーすごいわ、ああいう人の事を麗人と呼ぶのねきっと。
王都へ行き更に垢抜けて、その美しさに磨きが掛かっていた。
ミルルと同じ女性というイキモノとは思えない。
ーーぷ…月とスッポンとはこの事ね。この場合、わたしがスッポンよね?でもわたし、泳げないのよね……スッポンらしく上手に泳げるように練習するべきかしら?
ミルルはスッポンのように池で泳ぐ自分の姿を想像して思わず吹き出してしまっていた。
側から見たら変な人間である。
その時、ソファーに座るミルルの頭上から声が聞こえた。
「何を笑ってるの?思い出し笑い?」
朝、見送って以来久しぶりに聞く大好きな声。
ミルルは嬉しくなって微笑みを深くして見上げる。
そこにはやはり、
大好きな夫ハルジオの姿があった。