彼女の涙
魔法省の同期だったレアの結婚式にハルジオと共に夫婦で出席しているミルル。
サマープディングをハルジオと仲良く食べ、
式に出席しているミルルの同期達やハルジオと共に新婦のレアを囲んで和気あいあいとしたり、
式の余興のゲームをハルジオと楽しんだりと、
ハルジオがリッカや他の同期に言ったように、
片時も離れる事となく常に夫婦で一緒に行動していた。
まるでハルジオがミルルから離れるのを避けているかのように。
――まぁ夫婦で出席しているのだから当たり前よね。
そろそろ結婚式も終わりを迎えようかという頃、ミルルはトイレに行きたくなってレストルームへ行くとハルジオに告げた。
ハルジオはレストルームの側まで送ってくれて、そこで待っていると言う。
「そんな、大丈夫よ?ちゃんと会場に戻れるわよ?」
待ってて貰うなんて申し訳ないのでミルルがそう言うと、
「ミルルは来た方向と逆の方へ行ってしまう事が多いからね、ここは広い庭だから迷いやすい。俺が待ってる方がいいと思うけど?」
「………すぐに戻るわね」
絶対に迷わない、とは言えない自分が情けない……と思いつつもハルジオの好意に甘える事にした。
そして“所用”を済ませてハルジオの待つ場所まで戻ろうとしたミルルは、ある方向を見たままじっと佇むリッカの姿を見つけた。
――リッカ先輩?
リッカは何をする訳でもなくただ一心に、ある人を離れた場所から見ていたのだ。
ハルジオを。
胸に手を当て、辛そうに。
幾つもの言葉を紡ごうとして、だけどそれを何度も呑み込んでいるように見えた。
そしてリッカは何かを振り切るようにゆっくりと踵を返した。
その瞬間、ミルルと目が合う。
「っ……リッカ先輩……!」
リッカは目に涙を浮かべていた。
とても綺麗な、純度の高いクリスタルのような涙を。
涙を見られて居た堪れないのか、リッカは無理に微笑みを浮かべて誤魔化すようにミルルに言った。
「ミルルちゃん……ごめんなさい、ちょっと目にゴミが入っちゃって……!レストルームへ行ってくるわね……」
「あ……リッカ先輩……」
そしてミルルが引き止める間もなく、足早にレストルームへと入って行った。
――リッカ先輩が………
泣いていた。
一人離れた所から、かつての恋人ハルジオを見つめて。
ミルルは激しく後悔した。
どうして式に参列して、ハルジオと夫婦でいる姿をリッカに見せてしまったのだろうと。
愛する人が違う女性と夫婦として共にいる姿なんて、ミルルだったら悲しくて見ていられない。
だから離婚後も魔法省への復職はしないというのに。
自分が辛いと思った事を、ミルルはリッカにしてしまったのだ。
思えばハルジオにだって、とても残酷な事だったはずだ。
――だからハルさん、リッカ先輩のテーブルから離れたんだわ……
これ以上、リッカにその姿を見せたくなくて。
夫婦として最後のお出かけ……なんて浮かれている場合じゃなかった。
もっと早く、リッカが戻ってくる前に離婚しておくべきだったのだ。
――わたしはいつもそう。
のろまでマイペース過ぎて、人に迷惑をかける。
リッカを傷つけたという現実が、ミルルをその場へと縫い止める。
俯くと自分の靴のつま先が見えた。
エナメルのローヒールパンプス。
歩き易いようにミルルの足に合わせて作った靴だ。
一年目の結婚記念日にハルジオから贈られた。
この靴だけではない。
ハルジオには形に表せない沢山のものを貰った。
今度はミルルの番である。
ミルルに出来る最高の贈り物として、ハルジオに人生を返そう。
その時、ハルジオの声が聞こえた。
「……ミルル?」
レストルームから戻らないミルルを気遣って迎えに来てくれたようだ。
「ハルさん……」
「どうかした?顔色が悪いけど……」
「う、うん……なんだか疲れちゃった」
「……今日はもうこれで失礼しよう。歩ける?」
「足はもう何ともないわ。そう、もう何ともないの。大丈夫、大丈夫だから……」
ミルルはそれ以上何も言えなくなって俯いてしまう。
そのミルルの様子をよほど体調が悪いとハルジオは思ったのだろう。
式場の係の者に途中で帰る事を新郎新婦に伝えて欲しいと伝言を頼み、ミルルを連れて式場を後にした。
――明日から色々と準備をしなくちゃ……
帰りの乗り合い馬車の中、ミルルはそう思った。
◇◇◇◇◇
「よお、ハルジ。昨日の結婚式はどうだった?」
ハルジオのデスクに、同期で親友のレガルド=リーがやって来た。
ハルジオは目を落としていた書類から顔を上げてレガルドを見る。
「まぁ……良い式だったよ」
「なんだよ浮かない顔だな。ミルルちゃんと参列したんだろ?」
「あぁ」
「あれれ?ご機嫌斜めそうだな、まぁいいや。
ホラこれ、いつもの定期便だ。
コードネーム“カワイコチャン”の閲覧記録」
そう言ってレガルドは数枚の紙が束ねられた書類をハルジオのデスクに置いた。
「サンキュー」
ハルジオはそれにさっそく目を通す。
肩を竦めながらレガルドが言った。
「定期的に図書館の閲覧記録を裏で調べてどうするんだよ?それにこれって私用だろ?職権濫用も甚だしいぞ」
「妻が絡むと職権濫用以上の事をするお前にだけは言われたくないな」
「それを言われると何も言い返せなくなっちゃうじゃねーか」
「……」
ハルジオはぺらりとページを捲り、書かれている内容を隈なくチェックしている。
「それにしてもさぁ?“カワイコチャン”はなんで、図書館で〈フンドシ〉の本を借りて読んだんだろ?履いてみたいとか思ったのかな?」
その言葉を受け、ハルジオは書類から顔を上げて射殺すような視線をレガルドに向けた。
「今、頭に思い浮かべた光景をすぐに記憶から抹消しろ。でないと殺すぞ?」
「ゲっ、怖っ!お前、ホントは特務課の方が適性あるよな」
「特務課は不規則であまり家に帰れないから絶対に嫌だ」
「へーへー、お家で可愛い子ちゃんが待ってるもんな」
ハルジオは「ふ」と鼻で笑い、再びレガルドから渡された書類に目を落とした。




