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綾乃と砂原の見合いは近くのホテルで行われた。砂原側からの申し出で、最初の挨拶の後は当人同士で話をする事となった。
仲人とお互いの母親が帰ると、砂原は綾乃をホテルの庭園へ案内した。
その昔、武家屋敷だったというその庭園は見事な日本庭園で、滝が流れる見事な物だった。
綾乃は前を歩く砂原の後姿を眺めた。見上げる高さで肩幅も広くがっしりしている。顔だって悪く無いどころか、誰もが好印象を抱くタイプだと思った。その上家柄まで良いとなると、断る理由なんて無い。
それでも綾乃はこの男との未来が想像できなかった。自分でもそれが何故だか分からなかった。
「堅苦しい話は抜きにして、ざっくばらんにお話しませんか?」
砂原が爽やかな笑顔で言った。
「…ざっくばらん…そうですね!」
砂原はただ綾乃を微笑みながら見ていた。
―優しそうな方…。誠実さが表情に溢れ出ているわ…。でも…だからこそ、こんな方に適当な気持ちで嫁ぐなんてダメよ。砂原さんを幸せに出来る女性はいくらでもいるはず…。
綾乃は心を決めた。
「砂原さん! 」
「はい。」
「私…あなたとは結婚できません。ごめんなさい。」
綾乃は深々と頭を下げた。
「え? どうして?」
砂原は戸惑った。
「砂原さんなら私なんかよりももっと素敵なご令嬢とのお話があると思います。だから、今回の事は無かったことにしていただきたいんです。」
「僕の事が気に入りませんか?」
砂原は狼狽えるように言った。
「決してそんな訳では無いんです…ただ…」
「ただ?」
その時、綾乃の頭にまた繁充の顔が浮かんだ。
「私…気になる方が…」
綾乃はそう言った後、砂原を見ると、彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
「綾乃さんはその人と結婚の約束でもしているんですか?」
「いえ…そういう訳では…」
「だったら僕にもチャンスを下さい! 僕は必ずあなたを幸せにしてみせる! 自信があるんです。実は僕…以前は来る縁談を全て断っていたんです。でも…あなたの写真を見せてもらってからというもの…食欲が無くなるわ、夜も眠れないわで…要するに、あなたに一目惚れしてしまったんだ。綾乃さんの気持ちが今は僕に無くても僕は待ちます。あなたが僕を好きになってくれるまで。だから!」
綾乃は砂原の必死な態度に折れそうになった。しかしその時るり子の事を思い出した。あれだけ必死に綾乃にすがってきたるり子。彼女の砂原への気持ちは相当な物だろう。
「ごめんなさい。私、どうやっても砂原さんと結婚する事は出来ません。待っていただいても、この気持ちは絶対に変わりません。」
思いのほかかなり強い口調になってしまった。砂原は地獄へ落とされたかの如く、地面に足をついてうなだれた。
綾乃は言った後で言い過ぎてしまったと反省した。が、出てしまった言葉はもう回収する事は出来ない。
「本当に申し訳ありませんでした。私はこれで失礼させていただきます。」
気まずくなってしまった綾乃は足早にその場を離れた。