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―アチャー
「申し訳ありません! 本当にどうやってお詫びしたらよいのか…。」
綾乃は慌てふためいた。
「…大黒堂の…塩豆大福か…。」
男は呟いた。
―何故この大福が大黒堂の物だと分かるのっ? この辺りに塩豆大福を売っているお店はあまたあると言うのに…。この方…もしかして…噂の千里眼なのかしら?
「あの…上着は私が責任を持って綺麗に洗いますのでお貸し願えますでしょうか? もちろんお詫びもきちんとさせていただきます!」
綾乃は恐る恐る言った。
男は上着に着いた小豆の染みをパンパンと叩くと綾乃に言った。
「このくらい大丈夫!」
「いえ、それはいけません! 助けていただいた上にご迷惑をおかけしてしまったのに…」
「それよりも…これをどうぞ。」
そういって男はカバンから箱を取り出して綾乃に渡した。
「…こ…これは!」
それは大黒堂の塩豆大福だった。しかも六個入り!
「これはいただけませんっ!」
「どうして?」
「だって! 大黒堂の塩豆大福と言ったらその人気は凄まじく、週に一回しか販売されないし、それに開店前に並ばないと買えないんですよ! そんな貴重な品をいただくなんて…しかも散々迷惑をかけた私が…罰が当たります!」
プッ
男は噴出した。するとツボに入ったのか笑いが止まらなくなった。
「…そんなに笑わなくても…。」
「君は本当に塩豆大福に目が無いんだね…。」
男は涙を流しながら笑って言った。
―失礼な方!
「アハハハハハ…」
男は抑えきれず、大笑いした。
「そんなに笑う事ないじゃないですか! 私なにか変な事しましたか?」
「失敬。それよりそこに座って!」
男はベンチに綾乃を座らせた。そしてカバンから靴紐を取り出して、綾乃の切れてしまった編み上げブーツの紐を外し、新しい紐を結んでくれた。
「これでもう大丈夫!」
男はそう言うと、綾乃に爽やかな笑顔を向けた。
ズキューン!
―く、悔しいけど爽やかだわ…
綾乃は迂闊にもときめいてしまった。
繁充
男の学生カバンにそう刺繍がしてあった。
「繁充さん…っておっしゃるんですか?」
綾乃が聞いた。
「君は千里眼なの?」
男は怪訝な目をして綾乃を見た。
「だって…そこに刺繍が…」
綾乃は男のカバンを指さした。
「あぁ…なるほど。」
男はカバンを見ながら納得した。
「私は…」
「立川さんとこのお嬢さんだろ?」
「え? どうして…」
「じゃあ、僕はこれで。」
繁充は手を振ってその場を立ち去ろうとした。
「あ! ちょっと待って!」
綾乃は叫んだ。しかし繁充は足早にその場を去って行った。