5-9
ふみはずっと蔵に閉じ込められていた。ようやく表に出してもらえたのは一週間後の事だった。
重いとを開け外に出ると、太陽の光に眩暈がして、ふみはその場に座り込んでしまった。
「…勝治さん…勝治さんは?」
ふみは呟いた。
「お父様、勝治さんはどうしたの? 勝治さんはどこ? あの人に会わせて!」
ふみは持っている力を振り絞って父親に叫んだ。
「まだそんな事を言っているのか。」
父親は呆れた顔をした。
「お願いだから!」
ふみは力が全く入らない頼りない手で父親の胸を叩いた。
「…あいつなら…もういない。」
「…それ…どういうこと?」
「いないと言ったらもういないって事だ。」
「…そんな筈無い…」
ふみはフラフラと歩き出した。そして門の外へ出て行った。すぐ後を母親が追いかけようとしたが父親に制止された。
「ほっとけ。現実を見たら諦めがつくだろ。」
―勝治さん…勝治さん…
ふみは必死になって勝治の元へ向かった。やっとの思いで、勝治が間借りしていた棟梁の家に着いた。
ふみはガラス越しに窓から中を見た。中には誰もいなかった。それどころか、勝治の物は全て無くなっていた。部屋はがらんどうのように空っぽだった。
ふみは表へ回っておかみさんに勝治の事を聞いてみた。
「…私は何も知らないよ。こっちだって迷惑してんだよ。帰ってちょうだいな。忙しいんだから。」
おかみさんはどこかバツが悪そうに奥へ引っ込んで行った。
―おかしい…何か変だ…
ふみは勝治が作業をしていた大黒堂の別邸へ行った。裏からコッソリと中に入って物陰から様子を伺った。
多くの大工や左官が働いていたが、勝治の姿は見えなかった。ふみが身を潜めている物陰の横に、休憩に来た二人の大工が座って茶を飲み始めた。
「そういえばよ、知ってるか?」
「何を?」
「勝治だよ。」
勝治の名前が出ると、ふみの心臓はドクンと大きな音を立てた。
「あいつさ、急にいなくなっただろ。」
「そうだな。どうしたんだ?」
「例のさ、お嬢さんと駆け落ちしたんだとさ。バカだよな~。よりによってあの子はまずいよな。ここの旦那様の妾になるって子なのに…。」
「そうだったのか…。で、どうなったんだ?」
「結局見つかっちまって…」
男は急に話すのを止めた。
「何だよ、そこまで話して言わないってないだろ!」
相方がそう言うと、男は辺りをキョロキョロ見回してからまた話し出した。
「あくまで噂だよ! ここだけの話…」
「分かった。ここだけの話。」
男は相方の目を見ると、唾をゴクリと飲み込んだ。
「…殺されちまったらしい。」
―殺されちまったらしい…
後ろで一部始終を聞いていたふみの頭は真っ白になった。ろくに吐く者も胃に残っていないはずなのに嘔吐した。
その時を境に、文の心は無くなってしまった。
感情を表に出すことが無くなってしまった。誰かに何を言われても、まるで人形のように言われるがままに従った。
そして大黒堂の主人の妾となり、勝治が手掛けた別邸に住んだ。
その後、長男が生まれたものの、ふみの心はますます病み、体も弱くなっていった。子供はほとんど女中が育てた。
そして息子が5つの誕生日を迎える前に、ふみは静かに息を引き取った。




