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日々充実したいだけの僕と食物部の立川さん  作者: まんまるムーン
5 雨
57/62

5-9



 ふみはずっと蔵に閉じ込められていた。ようやく表に出してもらえたのは一週間後の事だった。


 重いとを開け外に出ると、太陽の光に眩暈がして、ふみはその場に座り込んでしまった。


「…勝治さん…勝治さんは?」

ふみは呟いた。


「お父様、勝治さんはどうしたの? 勝治さんはどこ? あの人に会わせて!」

ふみは持っている力を振り絞って父親に叫んだ。


「まだそんな事を言っているのか。」

父親は呆れた顔をした。


「お願いだから!」

ふみは力が全く入らない頼りない手で父親の胸を叩いた。


「…あいつなら…もういない。」


「…それ…どういうこと?」


「いないと言ったらもういないって事だ。」


「…そんな筈無い…」


 ふみはフラフラと歩き出した。そして門の外へ出て行った。すぐ後を母親が追いかけようとしたが父親に制止された。


「ほっとけ。現実を見たら諦めがつくだろ。」





―勝治さん…勝治さん…


 ふみは必死になって勝治の元へ向かった。やっとの思いで、勝治が間借りしていた棟梁の家に着いた。


 ふみはガラス越しに窓から中を見た。中には誰もいなかった。それどころか、勝治の物は全て無くなっていた。部屋はがらんどうのように空っぽだった。


 ふみは表へ回っておかみさんに勝治の事を聞いてみた。


「…私は何も知らないよ。こっちだって迷惑してんだよ。帰ってちょうだいな。忙しいんだから。」

おかみさんはどこかバツが悪そうに奥へ引っ込んで行った。


―おかしい…何か変だ…

ふみは勝治が作業をしていた大黒堂の別邸へ行った。裏からコッソリと中に入って物陰から様子を伺った。


 多くの大工や左官が働いていたが、勝治の姿は見えなかった。ふみが身を潜めている物陰の横に、休憩に来た二人の大工が座って茶を飲み始めた。


「そういえばよ、知ってるか?」


「何を?」


「勝治だよ。」

勝治の名前が出ると、ふみの心臓はドクンと大きな音を立てた。


「あいつさ、急にいなくなっただろ。」


「そうだな。どうしたんだ?」


「例のさ、お嬢さんと駆け落ちしたんだとさ。バカだよな~。よりによってあの子はまずいよな。ここの旦那様の妾になるって子なのに…。」


「そうだったのか…。で、どうなったんだ?」


「結局見つかっちまって…」

男は急に話すのを止めた。


「何だよ、そこまで話して言わないってないだろ!」

相方がそう言うと、男は辺りをキョロキョロ見回してからまた話し出した。


「あくまで噂だよ! ここだけの話…」


「分かった。ここだけの話。」

男は相方の目を見ると、唾をゴクリと飲み込んだ。


「…殺されちまったらしい。」



―殺されちまったらしい…



 後ろで一部始終を聞いていたふみの頭は真っ白になった。ろくに吐く者も胃に残っていないはずなのに嘔吐した。




 その時を境に、文の心は無くなってしまった。


 感情を表に出すことが無くなってしまった。誰かに何を言われても、まるで人形のように言われるがままに従った。


 そして大黒堂の主人の妾となり、勝治が手掛けた別邸に住んだ。


 その後、長男が生まれたものの、ふみの心はますます病み、体も弱くなっていった。子供はほとんど女中が育てた。


 そして息子が5つの誕生日を迎える前に、ふみは静かに息を引き取った。





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