5-7
―雨が降ればあの人に会える…
「ふみちゃん!」
軒下で雨宿りしているふみの元に勝治がやって来た。
「勝治さん、今日はお仕事は?」
分かっていながらもふみは尋ねた。
「雨が降ると左官の仕事は出来ないからね。」
勝治は腕組みして空を見上げた。
「…そう。」
ふみは笑顔を隠すため俯いた。
「ふみちゃん、今日は学校は?」
「…あの…今日は早くに終わったの!」
ふみは咄嗟に言った。本当はもう彼女はすでに学校を退学していたのだが、勝治に心配をかけまいと、咄嗟に嘘が口をついて出た。
ふみはこの町の女学校に通っていたが、実家の商売が破綻して女学校の学費どころかこの先家族がどうやって生きて行くかがままならない状態だった。
―勝治さんにはそんな惨めな姿を見せたくない…
雨が降ると、ふみは女学校の制服を来ていつもの軒先へ走るのだった。
「俺さ、今、大黒堂の新しいお屋敷の仕事をしてるんだ。」
「大黒堂? あの大きなお菓子屋さんの?」
「うん。今、あそこの別宅を作っていて、その仕事が上手くいくと、俺もやっと親方から一人前として認めてもらえる。」
「そうなの! すごいじゃない!」
ふみは満面の笑みで勝治を見つめた。勝治はふみの笑顔を見ると顔が真っ赤になり、思わず目線を逸らした。
「…ふみちゃん…俺がさ…その…」
勝治は言葉がまとまらず悔しそうに頭を掻いた。
「何?」
ふみは勝治の顔を横から覗き込んだ。勝治の顔はみるみる赤くなった。
その時、
「ふみっ!」
突然大声がした。振り向くと、ふみの父親が物凄い形相で二人を睨んでいた。
「何をしてるんだっ!」
父親は大声でふみを怒鳴った。
「何もしてません。ただ勝治さんとお話してただけです。」
ふみは言った。
「おまえ、うちの娘をたぶらかそうとしてるんじゃないのか?」
「そ、そんな…」
勝治は父親に言った。そして肩にかけていた手ぬぐいを取ると、ふみの父親に向かって姿勢を正し、深くお辞儀をして言った。
「僕が一人前と認められたら、お嬢さんと結婚させていただけないでしょうか。」
ふみは体の奥底から何かが頭に向かって沸騰して昇って行ったように熱くなって耳まで真っ赤になった。
「ふざけるんじゃない。何でうちのふみをおまえなんぞにやらねばならんのだ。」
ふみの父親は鼻で笑った。
「ふざけてません! 僕は真剣です。必ずふみさんを幸せにします!」
勝治は真剣に訴えた。
「ふみの相手はな、もう決まってるんだ。」
―え?
ふみは突然の言葉に凍り付いた。
「お父様、それはどういうことですか?」
「おまえを是非もらいたいっていうお方がいてな、あの有名な大黒堂さんのご主人様だよ。」
ふみの頭は真っ白になった。
「大黒堂のご主人様には奥様がいらっしゃるはずですが…。」
勝治が言った。
「そんなことどうでもいいんだよ! あの方がもらって下さるっておっしゃってるんだから、部外者は口を出さないでくれ!」
ふみの父親はまるで汚い物を見るかのように勝治にそう吐き捨てると、ふみの腕を強引につかんで連れ去った。




