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「ルリ!」
太郎の声がした。
「大丈夫か? どうしたんだよ? しっかりしろ!」
太郎はルリ子を抱きかかえて叫んだ。
「本物の太郎ちゃん?」
「あたりまえだろ!」
「何でここに太郎ちゃんがいるの?」
「何でって、おまえあんな風に別れたら心配になるにきまってるだろ! さっきルリの家に行ったんだ、そしたら…。」
「そっか…。ごめんね、心配かけて…」
「ごめんねじゃねーよ! 俺もうすぐここからいなくなるっていうのに、ルリがこんなじゃ、安心していけねーよ!」
太郎は涙を流しながら言った。
「太郎ちゃん…これ…」
ルリ子はモンペのポケットから千人針を取り出して太郎に手渡した。
「これ…ルリ子が作ってくれたの?」
「うん。ちゃんと千人の人に頼んで縫ってもらったんだからね!」
ルリ子はぐちゃぐちゃな顔で微笑んだ。
「…ありがとう…」
太郎は千人針を握りしめて涙を流した。
大粒の雨がルリ子の額に当たった。ルリ子は夢を見ていたことに気付いた。太郎はそこにはいなかった。
そしてルリ子は一人で息を引き取った。
雨に打たれて舞い散る花びらがルリ子の体を優しく覆った。
梅の木を囲む群衆
「…どうして…どうしてなんだよ」
立ちすくむ太郎。
女学生変死体
養父が殺害か?
ルリ子の死は紙面を賑わせた。
「…この縁談は無かったことにして下さい。本当に申し訳ありません。」
立川家で綾子の両親に土下座する太郎。
出征の日
太郎の家の前には国旗を振って見送る人々で溢れていた。万歳、万歳と声をかけられ、太郎はその花道を一歩一歩歩いて行く。
軍服の下には、ルリ子が作ってくれた、形見となってしまった千人針を巻いていた。
それ以来、空地の梅の木は実をつける事が無かった。しかし毎年早春になると、ただひたすら美しく花が咲き誇った。
まるでルリ子の死を悼むように…。




