3-16
その夜
「ルリ子、ちょっと来なさい。」
ルリ子の父親が呼んだ。
何事だろうと思った。
母親・良子はルリ子を我が子同然に可愛がってくれて、ルリも良子を本物の母親のように思っていたが、父親には距離を感じていた。
両親の本当の子供である弟が生まれてからというもの、父親が次第にルリ子を疎ましく思うようになっているのをひしひしと感じていたからだった。
「おまえに縁談がきている。良いご縁だから喜んで受けるように。」
今日の太郎と綾子の一件で傷ついているルリ子にとって、父親のこの言葉はさらに追い打ちをかけた。
―前から私の事を疎ましく思っているとは分かっていたけど、とうとう追い出しにかけるのね…
聞けば縁談の相手というのは、子供の頃ルリ子をもらいっ子だとイジメていた悪ガキだった。
「死んでも嫌! あんな奴の妻になんて、絶対にならないわ!」
ルリ子は父親に向かって叫んだ。
バチン!
父親はルリの頬を思いっきり殴った。その音を聞きつけて母親が飛んで来た。
「あなた、止めてください! ルリちゃん、大丈夫?」
母親はルリ子を庇ってくれた。そんな母親を父親は足蹴にした。
「おまえには関係無い! すっこんでろ!」
そしてルリ子に向かってさらに殴りかかってきた。
「あんな奴とは何て言い方だ! 女の癖に!」
父親は頭に血が上ってルリ子を殴る手が止まらなくなった。
「あなた! ルリ子が死んでしまいます!」
良子が泣きながら父親を止めようとしたが、父親の耳には全くその声は届いていない。
殴られ続けて気が遠くなりそうなルリ子だったが、一瞬のスキをついて父親のみぞおちを蹴り上げた。
ウグッ
父親は倒れもがいた。その隙にルリ子は立ち上がり、足を引きずりながら玄関に向かった。
「ルリちゃん!」
良子が呼んだが、ルリ子は振り向きもしなかった。
初春の冷たい風がルリ子に吹き付ける。鼻や口から生暖かい液体が滴り落ちた。手で拭うと真っ赤に染まった。ルリ子は足を引きずるようにただ歩いた。
気が付くと、太郎とよく遊んだあの空地の梅の木の下に来ていた。
見上げると満開の梅の花がひたすら美しくルリ子を包み込んだ。ルリ子は晴れ上がった瞼を必死にあけて、美しい梅を眺めた。
子供の頃の楽しかった思い出が走馬灯のように蘇った。その全ての中に太郎がいた。
急にルリ子は激しい胸の痛みを感じた。直後、大量の血を吐いた。来ていた服が血まみれになった。ルリ子はその場に倒れ込んだ。




