3-12
「立川…綾子さん…ですよね。」
偶然同じ女学校に通っていた綾子にルリ子は学校の帰り道に声をかけた。
「少しお話できますか?」
「…え? …は、はい…」
二人は女学校の校門を出て、少し歩くと空き地の梅の木の前に来た。空き地は現在公園になっていた。梅の木の下にはベンチが出来ていた。
「お話って何ですか?」
「…立川さん…砂原さんと婚約したって…本当ですか?」
ルリ子の質問に綾子は驚いていた。
「…は…はい。」
婚約の事を知っていながらも、実際に綾子の口から聞くと、ルリ子は奈落の底に落とされる気持ちになった。
「…立川さんは…どう思ってるの? 砂原さんの事…好きなの?」
「どうって…この間初めてお会いしたばかりだし…」
綾子は戸惑っていた。
「だったら! この縁談、止めてもらえない?」
「え?」
「お互い好きあってる訳じゃないんでしょう? だったら止めてもらいたいの! お願い!」
「…そう言われても…親同士がずっと以前から決めていたことだったみたいだし…」
―ずっと以前から? 私と太郎ちゃんは子供の時から仲が良かった。その事は太郎ちゃんの親も知ってたのに。うちだって元華族では無いけど、裕福な家だわ…
“可愛そうなルリちゃん…こんなに幼い子を残して逃げるなんて酷い母親ね…”
突然ルリ子の脳裏に遥か昔の記憶が蘇った。ルリ子の育ての母親と太郎の母親の立ち話。
ルリ子は彼女の家、松浦家に奉公していた女中が産んだ子供だった。
当時、松浦家にはルリの養母・良子と同い年のルリ子の実の母・チヨが住み込みの女中をしていた。
主人と使用人という立場ながら二人は大の仲良しで姉妹のような絆があった。
ある時、ルリ子の母親は父親が誰の子もわからないルリを身ごもった。良子の両親はチヨを追い出そうとしたが、良子が必死に庇ってチヨは松浦家で出産することになった。
ルリ子が産まれて何年かが経ち、ある日ルリ子の父親がチヨの前に現れた。そしてチヨはあろうことか、ルリ子を置いて男と家を出て行ってしまった。
良子の両親は残されたルリ子を施設にやろうとしたが、良子は自分の子供として育てると言い張った。
ちょうど良子は子宝に恵まれなかった。結婚して幾年たったが、一向に妊娠しなかったのだ。良子は愛情を込めてルリ子を育てた。
その後、奇跡的に弟が生まれた後も、良子は変わらぬ愛情をルリ子に与え続けた。
―太郎ちゃんのご両親は…私の気持ちを知っていたはずなのに…きっと私の出生のせいなのね…
「お願い! 私から太郎ちゃんを奪わないで! あなたは何でも持ってるでしょう!」
ルリ子は綾子に涙ながらに訴えた。




