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日々充実したいだけの僕と食物部の立川さん  作者: まんまるムーン
1 餅
3/62

1-3



「ちょっとちょっと、繁充君!」

ミノルに手を引っ張られながら綾女が言った。


 ミノルは振り返った。そして綾女を掴んでいた手を離し、何事も無かったかの如く家庭科室へ向かい再び歩き始めた。


―ビックリした…。繁充君って、こんな大胆な事する人だったっけ?

綾女はミノルの後姿をマジマジと見た。


―よく考えると、今までこれほどじっくり繁充君の後姿を見たことは無かった。この人…みんなが言ってたみたいに私の事好きなの? …いや、早合点は止めておこう…。勘違いして恥をかくのは私だ…。とりあえず砂原君を回避できただけでも感謝という事に…。

綾女は眉間に皺を寄せて頷いた。






「うちのおばあちゃんのレシピなんだけどさ、我が家ではお雑煮は鴨南蛮仕立てにするの。」

綾女は保温ポットを取り出しながらトースターの前に張り付いているミノルに言った。


「へぇ…。」

ミノルはそっけなく相槌を打ちながら焼けた餅をお椀に入れた。


「鴨南蛮って言ってもね、鴨肉が無くて、鶏肉で代用したんだけどね。」

綾女は気まずそうに笑って雑煮の仕上げをした。


 餅の入った椀に保温ポットの鴨南蛮つゆを入れ、鶏肉とネギを見栄えよく配置し、そして持って来たタッパーから飾りの花形に切った人参や切れ目を入れた椎茸、そして最後に三つ葉をそっと乗せた。


―我ながら美しい…。

綾女は自分の作品を満足げに眺めた。


「今日は…しないの?」

ミノルが言った。


「え?」

綾女が振り返った。


「ほら、昨日の…トータルコーディネート?」

ミノルが恥ずかしそうに呟いた。


「ああ、テーブルコーディネート!」

綾女は噴出した。ミノルは顔を真っ赤にした。


「そうだね! どうせ食べるなら、キチンと飾ってあげたいよね!」

綾女はそう言うと、準備室へ行って、いろいろ調達してきた。



 フワッ


 綾女は真っ白のテーブルクロスを羽ばたかせるように広げた。


―鶴が俺の前に舞い降りてきた!

ミノルは雪景色の北海道に舞い降りる鶴に想いを馳せた。


 綾女は黒の盆を置き、雑煮の入った朱色のお椀をその上に置いた。そして箸置きを置いて箸を並べた。その箸置きはミノルの妄想と重なるが如く、鶴の形をしていた。


―シンクロニシティー! 

ミノルはハッとして綾女の方を向いた。


「お雑煮と言えば、もともと年神様へのお供えをいただくことで年神様の力をいただくことができるって信じられていたんだって…。そんなありがたいお料理には、おめでたい箸置きが良いかなって思って、今日は鶴にしてみました。」

綾女は呟いた。


―テーブルコーデ一つで…料理がこれほどまでにメッセージ性を持つのか…。

ミノルは眉間に皺を寄せ、顎をガクガクさせながら打ち震えた。


 綾女はいつも自分が部活で研究している事にミノルがこれほど感心してくれて気持ちが高揚してきた。


 そして綾女の目が光った。


「まだまだだよ!」

綾女は制服のポケットから千代紙で折った鶴を二つ取り出し、テーブルの上に飾った。


―おぉ!

目を丸くして感動しているミノルに綾女は追い打ちをかける。


「庭で取ってきたヒノキの葉!」

綾女は折り紙の鶴にヒノキの葉を添えた。


「なんと…!」

ミノルは眼鏡を正した。


「さらにっ!」

綾女は畳み込む。


「一筋のツタの葉…」

綾女は自分の膳とミノルの膳との間にツタの枝を置いた。


―大自然が現れやがった!


 白銀の世界で鶴たちが熱いダンスを踊り始めた! ミノルの脳内で!


「さらにっ!」

「まだあるのかっ?」


 綾女は目を閉じてポケットから小さな蝋燭型のLEDライトを出してツタの枝に沿うように交互に三つ置いた。


「心の準備はいい? 繁充君っ!」

綾女は鼻の穴を膨らませて言った。


「だ、大丈夫だ。」

ミノルは言った。


「…3…2…1…点灯!」

綾女は蝋燭ライトを点灯した。



 深い森の中に、人々の心を温めてくれるような山小屋が一つ。煌々と薪が燃えている暖炉の前のテーブルには、煌めくような蝋燭が灯されている。その蝋燭の光を受け、暖かな湯気を上げながら名家の箱入り娘のようにひっそりと、しかし圧倒的な存在感を放ちたてまつりながらおわしますところのっ


 お雑煮さまっ!



―なんなんだ…このワンダーランドは?我が家では、正月の脇役でしかない雑煮が、もはや主役じゃないか…。非日常にも限度があるぞ、立川さん!

ミノルは目を剥きだして綾女の方に振り返った。



―これがテーブルコーディネートの威力というものなのよ、繁充君…

綾女はミノルに不敵な笑みを浮かべた。



―世の中には俺の知らない世界がたくさんあるということなのか…立川さん!


―そうよ、あなたはこの世界の素晴らしさを知らずに今まで過ごしていたのよ、繁充君っ!


二人の間に火花が散った。




「いただきます!」

お椀の蓋を開けると、湯気と共にいい香りが鼻先にフワっと香ってきた。ミノルはトランス状態に入りそうなのをグッと堪え、雑煮に箸をつけた。


―何なんだ、コレは? うちの母親の雑煮と似ても似つかない…。全く別物…そう、もはやこれは、全く別の料理だ…。

ミノルはお椀を両手で持ち、雑煮をまじまじと見た。


「…どう? お口に合う?」

綾女は恐る恐る聞いた。


「合うなんてもんじゃない! 何なんだコレは?」


―出汁なのか? うん、あるだろうな。この汁は複雑な味がする。うちの雑煮なんて、出汁をまともにとってんのかな? そしてこの汁の表面に美しく煌めく水玉模様! 鶏肉から出ている油かな…。鶏と野菜だけでこんなに美味しくなるなんて…。うちの雑煮の具は…確か白菜と人参と…あと何だっけな…エビとか入ってたかな…。人参もこんなに可愛い切り方してなかったぞ。見た目も美味しさを際立たせているんだろうな…。見た目…そう、このテーブルコーデも一躍買っている。こういう風にきちんと食事を飾ってやると、なんていうか…そう、特別感が出るんだ! そうか…。うちの家は、うちの家族は、食べ物にボロボロの服を着せていたんだよ! かっ…可哀そうにぃ! テーブルコーディネートによって醸し出されるこの特別感…。そしてそんな特別な食事をしていると…まるで自分まで特別な人間になったように感じてくる…。



―何だ、この…何かに大事にされている感?

 

 何かが俺を…優しく包み込んでいるような…守られている感!

 

 やばっ、俺、泣きそう…



 ミノルは姿勢を正し、つゆ一滴まで丁寧にいただいた。


「ご馳走さまでした。」

ミノルは静かに箸を置くと、手を合わせてそう言った。


―繁充君、我が家のお雑煮、気に入ってくれたみたいだね。良かった。

綾女も嬉しくなった。


「…大事なんだな…。」

ミノルは呟いた。


「え?」

綾女は言った。


「立川さん、ご馳走さまでした。」

ミノルは深々とお辞儀した。


「いえいえ、こちらこそごちそうさまでした。」

綾女は笑顔で答えた。


 普段笑顔を見せないミノルが慣れない引きつった笑顔で微笑みかけてくるのが可笑しくて綾女は噴出した。


「笑うとこですか?」

ミノルは眉間に皺を寄せた。


「アハハハハ…」

綾女は大きな声で笑った。


 

 そんな和やかな風景を家庭科室の引き戸のガラス窓の外からジッと凝視している者がいるとは、その時、ミノルも綾女も気付いていなかった。



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