2-11
その後、権蔵は亡くなり、全てを奪われてしまった綾乃は住むところさえなくなってしまった。そして綾乃と母親は、ばあやの自宅に身を寄せる事になった。母親はずっと病に伏せ、綾乃とばあやが仕立ての仕事を請け負う事で、やっと食べていけるありさまだった。そんな生活が半年ほど続いた。
ある日綾乃はいつものように出来上がった着物を得意先に届けに行った。その帰り、夕飯の買い物へ行こうと市場へ行く途中、大黒堂の前を通りかかった。ガラス越しに美味しそうなお菓子が並んでいるのが見えた。
ゴクッ
綾乃は唾を飲みこんだ。そして財布の中を見た。大黒堂のお菓子など、とてもじゃないけど買えはしない。綾乃は肩を落として歩き始めた。
市場で必要な分だけの買い物を済ますと家へ帰った。ばあやは親戚の法事で今晩は帰ってこない。綾乃と寝たきりの母親だけの寂しい夕食だ。
綾乃は料理をする気力も失せていたが、母親の為にも力を振り絞って夕食を作って食べさせた。自分の分はと言うと、綺麗に盛り付けるのも面倒だったので、ご飯の上に焼いためざしを乗せ、その横に梅干しを置き、ちょうど一人分のこった味噌汁は鍋のまま持って来た。匙ですくって食べればいいと思った。
―洗うのが面倒だし、器は最低限でいいわ…
「いただきます。」
綾乃は両手を合わせた。
「生活を粗末にするということは、自分を粗末に扱っているのと同じことじゃないか?」
ふいに声がした。懐かしい声だった。窓の外を見た。
そこには繁充が立っていた。
「…どうして?」
綾乃は声が震えた。
「いろいろあったようだけど、君はどんなところにいても、自分を大事に出来る人だと思っていたよ。それは僕の勘違いなのかな?」
「そ、そんなこと、裕福だから出来る事なのではないですか? 明日のご飯にも困窮している私にそんな余裕なんてありません!」
綾乃は涙目になった。繁充は綾乃をじっと見つめて、そして手を取った。
「苦労しているみたいだね。」
繁充は綾乃のあかぎれになって痛々しそうな手を眺めながら言った。綾乃は真っ赤になって手を引っ込めた。
「ちょっとお邪魔してもよろしいですか?」
「え、この家にですか?」
「すぐに退散しますから。」
そう言いながら、繁充はすでに家の中に入ってきた。
「ここはばあやのご実家なんですけど…もともとばあやはうちに住み込みでほとんどこの家を使っていなかったので…器もあまり無くて…うちにあった良い器は全て取られてしまって…なので、繁充さんがおっしゃるような美しい飾りつけなど出来ないんです。」
「…そうかな。」
「そうですよ! 何も無いのにどうしようもないじゃないですか!」
綾乃は涙を浮かべて訴えた。
繁充は綾乃の頬にポロリと落ちた涙を手で拭った。
「豪華な食器が無くても…丁寧にご飯をよそうだけでもご馳走に見えるよ。ほら! このご飯、適当によそわれて、なんだか悲しそうに見えない?」
綾乃はちゃぶ台の上のお茶碗によそわれたご飯を見た。適当によそわれたごはんは全然美味しそうに見えなかった。
綾乃は戸棚から皿を出し、その上にめざしと梅干を置いて、もう一度ご飯をよそいなおした。お味噌汁も器に入れて、箸置きに箸を置いた。
すると、高価な器でも豪華な食事でも無い質素なその食事が、なんだか嬉しそうに輝いているように見えた。
―ごめんなさい…
綾乃は食事に向かって謝った。
涙が頬を伝った。すると止まらなくなって肩を震わせて泣いた。しかしそれは悲しい涙では無かった。
―全てを失ったと思っていたけど…大事な物は残っていた。丁寧に暮らすこと…感謝の気持ちを持つこと…私はまだやっていける!
綾乃はその事に気付き、最後には笑っていた。
「あのさ…なんだかお腹空いてきちゃった。僕のもないかな?」
繁充は聞いた。
プッ
「いいですよ! その代わり、塩豆大福ご馳走してくださいね!」
「しょうがないなぁ~!」




