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繁充は心底ほっとしているようだった。そんな繁充を見て、綾乃は胸に重い鉛を撃ち込まれたような気分になった。
―そ、そうよね…。こんな立派なお宅に住んでいらっしゃる方だもの…。許嫁の一人や二人、いない方がおかしいわ…。でも…何故なのかしら…私は今とても悲しい気持ちになっている…。こんな初対面同然の方に想い人がいたと聞いただけで…
「と…その前に…」
繁充は奥から救急箱を持って来た。
「座って!」
繁充はソファに座って自分の横を叩いた。綾乃は大人しくそれに従って繁充の横に座った。
「どうしたの? 誰かにぶたれでもしたような顔だ…」
繁充は綾乃の顎に手を添えてまじまじと見た。
―繁充さん、近いっ!
綾乃は真っ赤になった。
「おや、もしかして熱もあるのか? 顔が赤い。」
繁充は言った。
「違います! 何でも無いですから!」
綾乃は顔を背けた。
「ダメだよ。ほら唇が切れて血が出ている。消毒しなきゃ。」
繁充は脱脂綿に消毒薬を浸して綾乃の口元を優しく手当てした。
「もう大丈夫!」
繁充は綾乃に優しく微笑みかけた。
ズキューン…
綾乃の胸は高鳴った。心臓の鼓動が繁充に聞こえないかと心配になるほど。そんな綾乃をよそに、繁充は淡々とした様子で救急箱をしまい、そしてまた綾乃の元へ戻ってきた。
―そんなカッコいい顔で私の事を見つめるだけ見つめまくって…優しい態度で接してきて…私だけこんな苦しい気持ちにさせて…繁充さん…なんて罪深い方なのっ!
綾乃はやきもきした。
「お菓子はこれなんです。今日わざわざ横浜まで行って買い求めてきたんですよ。」
繁充は綺麗な箱を持ってきて蓋を開けた。
「まあ、これは!」
「ご存じですか? さすがですね! そう、シュークリームです。」
「私、一度食べてみたいと思っていたんです! そうですか、これがあのシュークリームというものなんですね!」
綾乃は目をキラキラと輝かせてシュークリームを眺めた。
「お礼にあなたにも一つ差し上げますよ。」
「えぇぇ! 私にも下さるのですか! 私、力の限りを尽くしてこのシュークリームをお支え致しますっ!」
綾乃は拳を握りしめた。
―本当に食いしん坊だな…立川のお嬢様は…
繁充は微笑んだ。




