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「この大バカ者が~!」
綾乃の父、権蔵は帰ってきた娘を怒鳴り上げるや否や、その頬をひっぱたいた。綾乃はその拍子に床に倒れた。
「ご主人様! どうかおやめください!」
ばあやは綾乃に駆け寄って権蔵から綾乃を庇おうとした。母、久子はその様子をワナワナと震えながら見ているだけだった。
「お、お、おまえは、自分が何をしでかしたか分かっているのか? 砂原様の助けが無いと、我が家は潰れてしまうんだぞ!」
権蔵は怒りに震え、ばあやの腕を引っ張り上げ、綾乃に蹴りを入れ始めた。
「ご主人様! どうか!」
ばあやは二人の間に割って入ろうとするが、権蔵から押し戻されてしまう。
「おまえなんか、もううちの娘じゃない。出ていけ~!」
権蔵は叫んだ。綾乃は静かに立ち上がると、フラフラと玄関を出て行った。
「お嬢様!」
追いかけるばあやの手を権蔵が引っ張った。
どこをどう歩いたのか、綾乃は全く分からなかった。
グルルルル…
綾乃のお腹が鳴った。
クスッ
綾乃は鼻で笑った。
―こんな時ですらお腹が空くなんて、本当に私はお気楽な人間だわ。
アハハハハハハ
そう思ったら笑いが止まらなくなってきた。
「ずいぶんと楽しそうだ。」
ふいに後ろから声がした。振り返ると、あの繁充が立っていた。繁充は顎に手をやってジロジロと綾乃を観察するように眺めた。
「髪はボサボサ、着物も着崩れて…、おまけにその顔、どうしたんですか?」
繁充は赤く腫れあがった綾乃の頬に手をやった。
「止めてください。」
綾乃は気まずそうに顔を背けた。
繁充はそんな彼女を見て、しばらく沈黙の後、ふいに言った。
「ちょっと来てもらえませんか?」
「え?」
繁充はニヤリと笑うと、綾乃の手を取って歩きだした。そしてすぐ近くの屋敷の中へ入っていった。重厚な日本家屋の大きな屋敷だった。こんな大きな屋敷なら、使用人がたくさんいえもおかしくないのに、そこに人の気配は無かった。綾乃は繁充に手を引っ張られたまま奥へ連れて行かれた。
「ここは…?」
「僕の家です。」
「あの…どうして私をここへ?」
「それは…」
着いた先は日本家屋にはそぐわない、可愛らしい洋風の応接間だった。
「これからここにお客様がいらっしゃるのです。」
繁充は言った。
「…はあ。」
それが私と何の関係が? と綾乃は思った。
「大事なお客様なので、お菓子をお出ししようと思いましてね。しかしながら、男の僕では、どのようにお出ししたらいいのか分からず…手をこまねいていたところにあなたが現れたという訳です。」
繁充はニヤリと笑った。
「あ…あの…事情がよく分からないのですが…。」
綾乃は狼狽えた。
「要するに、女性の感性でお菓子を美味しそうに見せていただきたいという事です。」
「お菓子を…美味しそうに…」
「そう! こう見えて僕は人を見る目があるのです。あなたは根っからの食いしん坊だ!」
繁充は綾乃を指さした。綾乃は図星を突かれて真っ赤になった。
「そ、そんな事、あなたに言われたくありません!」
綾乃はそっぽを向いた。
「悪い意味で言っているのではないですよ。参ったな…」
繁充は顔をしかめて頭を掻いた。
「とにかく、僕を助けると思って!」
繁充は両手を合わせた。
「まぁ…私に出来る事があるのなら…。」
「良かった。僕の大切な女性が来るので、満足していただけなかったらどうしようと思っていたところです。」
―繁充さんの…大切な女性…




