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日々充実したいだけの僕と食物部の立川さん  作者: まんまるムーン
1 餅
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1ー1 餅 きな粉餅とお雑煮

久しぶりの投稿です。今回初めて1章ずつ書きながらの投稿に挑戦しています。

章と章の間、投稿に少し時間が空いてしまうと思いますが、何卒よろしくお願い致します。


 僕の名前は、繁充しげみつみのる。苗字と名前を繋がると、「充実」という言葉が浮かび上がってくる。


 名は体を表すとはよく言ったもので、僕は僕の人生に属する一瞬一瞬を無駄にしたくはない。僕に関する全ての森羅万象すら、充実させたいと思っている。



 そう思えるのも今でこそっ!



 これまでの人生、そんな事なんて考えたことも無かった。出されたものを食べ、夕方までの時間をただ学校で費やし、風呂に入って寝る。日常の輝きなど、どこにも無い。それが僕の日常だった。


 そんな僕の価値観を変えたのが彼女との出会い。


 そう…高校生の心のオアシス、家庭科室という甘美な場所で…





 古典の西原というズボンからいつも腹をはみ出している教師があくびを噛み殺しながら質問を投げかけた。


「…では、平安時代に於いて、貴族の男が女の元に三日通った後に食べた物とは? え~、繁充!」


「餅です!」

ミノルは眼鏡をキラっと輝かせて応えた。


「正確には三日夜餅と呼ばれています。」

ミノルは付け足した。


 ―そう…餅だ。餅なのだ。僕の今日の最重要課題は…現在カバンの中に潜んでいる正月に余った餅一袋1000グラム! はて…どうする?





 昼休み、ミノルは家庭科調理室へ忍び込んだ。大丈夫、誰にも見られてない。


 ミノルは目指すべきトースターの前へ向かった。カバンから餅の袋を出すと、個別包装してあった餅を三つ取り出し、それぞれの袋を破ったトースターに入れてみた。


 しばらくすると、餅はふっくらと膨らんできて、表面を割り、中から風船のように中身が張り出てきた。


 ミノルはそれを確認すると、カバンからさらに小さなタッパーを取り出した。中にはあらかじめ家で準備してきたきな粉が入っていた。


―よし、そろそろいいだろう。

ミノルはタッパーの蓋を皿替わりに、その上に餅を置いた。


―アチッ

餅の暑さに思わず火傷をするところだった。ミノルは気を取り直して、餅をきな粉に付けて食べようとした。

その瞬間!


「繁…充…くん?」

急に背後から声をかけられ、ミノルはビクっとした。


「…何してるの?」

そう尋ねる声の方に振り返ると、そこには女子生徒が立っていた。あれは確か同じクラスの立川たちかわ綾女あやめだ…。


―この女…。何故ここにいる? この時間、家庭科調理室は誰もいない筈だ。綿密に調査しておいた筈なのに…。

ミノルは眉間に皺を寄せた。


―さて…この状況をどう回避するか…。


「あ! もしかして、お餅?」

立川綾女はトースターの中でふっくらと膨らんでいる餅を見つけるや否やミノルの側に近寄ってきた。


「た…立川さんっ! こ、これは…」

ミノルは慌てた。


「あ! いっぱい持ってる! 私にも一個くれない?」

綾女はミノルの持っていた餅の袋を見て言った。ミノルはとっさに、これは自分だけの物だ、と言わんばかりに袋を脇にやった。


―いきなり何? 話したことも無いのに…。

隠れて家庭科室で餅を焼いている姿を見られること自体恥ずかしいのに、そんな自分から餅をよこせと言うなんて、ミノルは綾女に対して不快感で一杯になった。


綾女を見ると、彼女は戸惑っているような表情をしていた。


―同じクラスとは言え、一度も話したことない人に…ちょっと距離間違えちゃった…

綾女は綾女で自分が馴れ馴れしく思えて後悔していた。


―謝罪? いや、私、別に悪い事何もしてないよね…。てか、私は食物部の正当な用事できたんだから、むしろ不法侵入している繁充君の方が悪いよね。でも…なんか…何? この罪悪感的なものは…。


 綾女の微妙な顔で何か言おうとしては止め、また言おうとしては止め、それを繰り返すだけで結局何も言えなかった。


―何だこの女は…。この表情…憐み? こいつ、俺の事を憐れんでいるのか? 昼休みに一人で孤独に家庭科室に忍び込み、トースターで餅を焼いているって…それ、あなたのお昼ご飯? あなたのお母さん、お弁当も作ってくれないの? 一緒にお昼食べてくれる友達もいないの? なんて可哀そうな繁充君。頭も良くて、運動も出来て、先生や生徒たちからも信頼の厚い繁充君のお弁当が、パックの餅だなんてねっ! みんなが知ったらどう思うかしら? お~ほっほっほっほ~! と、俺を見下し高笑いする立川さん…


―ハッ!

ミノルは我に帰った。ふと綾女を見ると、見下すというより、戸惑いの表情を浮かべていた。


―考えすぎだな…。


「何個?」

思いがけずミノルが綾女に聞いてきた。


「えっ?」


「二個くらい食べる? それとも三ついける?」


「…くれるの? あ、じゃ、二つ…お願いします。ありがとう。」


「うん。」

ミノルは表情を変えずに袋から餅を二つ取り出してトースターに入れた。


「待って! どうせならさ!」

綾女はそう言うと、小走りにすぐ奥の家庭科準備室に入っていった。そしてすぐに両手にいろいろ抱えて戻ってきた。


「京都の甘味屋さんをイメージしました!」

綾女はそう言うと、赤いテーブルクロスをミノルの目の前にはためかせた。


 フワッ

 

 テーブルクロスはミノルの前髪を優しく撫でて、そしてテーブルの上に滑るように広がった。


 綾女はその上に黒の漆器の和盆を二つ置いた。そして渋めの陶器のお皿を並べ、お茶を沸かした。


「お餅はお風呂に入れてあげないと!」

綾女はどんぶりに焼いた餅を入れ、お湯をかけた。そしてミノルの持って来たきな粉の入ったタッパーに餅を入れてきな粉をまとわせた。


 そうしてテキパキときな粉餅を完成させ、湯飲みに緑茶を注いだ。白い湯飲みの内側に春の森を思わせるような緑茶が湯気をたてて流れ落ちていく。ミノルはその風景をただただ見つめていた。


「お花があると良かったんだけど…無いから代わりにコレ。」

そう言うと、綾女は細い葉の植物のブーケを机の上に飾った。


「コレは?」

ミノルが聞くと、綾女はそのブーケをミノルの顔の前に差し出した。


 フワァァァァァ


「何コレ? めちゃくちゃいい香り!」


「ローズマリー。今日、部活で使おうと思って、今朝、庭で積んできたの。」


「…ハーブか…。」

ミノルはブーケを手に取って、もう一度その香りに浸った。


「形がさ、ちょっと松に似てない? 松に見立てて、テーブルコーデを和の雰囲気に出来るかなって思って。」

綾女はヘヘっと笑った。


「…テーブルコーデか…。ハッ!」

ミノルは目の前の景色に自分の目を疑った。


―何なんだ、コレは…。


 テーブルクロスの赤に生える黒の漆器の盆。土が訴えかけてくるような存在感のある器の上にはきな粉をまぶした餅、さらにその上にサハラ砂漠の如くきな粉の山が出来ている。そしてその黄色を際立たせるかの如く、添えられたローズマリー。湯飲みにはエメラルドのような緑茶が湯気を上げて、今か今かと飲まれるのを待っている。


―美しい。何て美しいんだ…。


「冷めないうちに食べよ!」

綾女の言葉にミノルは我に帰った。


「あぁ、そうだね。では、いただきます!」


「いただきます!」

綾女は美味しそうにきな粉餅を食べた。


「美味しい~! 学校でお餅食べるなんて新鮮でいいね~! 繁充君、ナイスアイデアだよ! 私もたまにはお弁当、お餅にしようかな~! お餅ってさ、お正月にたくさん食べても絶対余るじゃん! うちのママ、いつも悩んでんの。こんなに食べきれないよね~って。分かってんのに毎年たくさん買っちゃうんだよね。」

綾女は一人でしゃべり続けている事に気付いた。


―ハっ! 私ったら…。恥ずかしい…。


 さっきからずっとミノルは無言だ。綾女はそっとミノルを見た。


―え…嘘…泣いてる? 何でっ?


「ちょ、ちょっと繁充君どうしたの? え、ちょっと待って!」

綾女は慌てふためいた。


「…俺は人生を…無駄にしていた…」

ミノルは涙が零れ落ちないように天を仰ぎ見た。




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