夢が叶うまで後少し
メラニー・ドラボーは、男爵令嬢である。
母親が平民であった為、庶子の彼女は平民として育ったが、最近、正妻と正妻の子を流行り病で失った父親に引き取られた。
王子様との結婚を夢見る少女だった。
ところが、その夢が現実に近付いて来た。
貴族が学ぶ王立学園に入学したメラニーは、王太子ナルシスと出会い親しくなれたのだ。
「愛している。メラニー。君と結婚したい」
「ナルシス様……。わたしもです」
やがて、ナルシスはメラニーを好きになってくれた。
しかも、結婚したいとまで言う。
でも、ナルシスには親の決めた婚約者がいる。
夢が現実になるには、彼女が邪魔だった。
彼女さえ居なければ……。
「ニコレット・エスコフィエ。其方との婚約は破棄させて貰う!」
学園の卒業式が行われている最中の講堂で、卒業生代表の挨拶の為に壇上に上がった筈のナルシスが、唐突にそんな事を宣言した。
止めようとした教師達を、ナルシスの側近達が制する。
「ナルシス様。理由をお聞かせ願えますか?」
在校生代表としてナルシスに花束を渡す為に壇上に上がっていたニコレットは、顔色も変えずに理由を尋ねた。
「無論だ。この場を選んだのは、其方の悪事を皆に知らしめる為」
一部の側近が教師達を牽制し、残りの側近がニコレットを罪人扱いのように囲んだ。
「其方は、メラニー・ドラボーを階段から突き落とし、殺そうとしたそうだな?! 幸い軽症で済んだが、気に入らぬ者を簡単に殺せるような女とは結婚出来ん! 故に婚約を破棄し、父上から相応の罰を与えて貰う!」
その説明を聞き、ニコレットは溜息を吐いた。
「そのような不確実な方法を取ると思われているとは、心外ですわ」
ナルシス達が耳を疑っていると、立て続けに風を切る音・何かに鋭い物が刺さったような音・何かが倒れたような音が聞こえた。
「キャ~!」
直後、何人かの悲鳴が上がり、ほぼ同時に其方を見れば、倒れたメラニーの心臓付近に矢が刺さっているのが見えた。
「え?」
「バルコニーからだ!」
舞台の近くにバルコニーが在り、其処から何者かが矢を射たらしい。
「警備は何をしていた!?」
ナルシスの側近の一部が、犯人を捜そうと駆けて行った。
「ニコレット……。貴様!」
「私の仕業だと言う証拠がございまして?」
「貴様以外に誰がっ!」
「次期国王がそのように短慮だとは、嘆かわしい事ですわ」
従兄弟だという間柄だからか、ニコレットは平気で辛辣な事を言う。
「何だと?!」
「だって、そうでしょう? メラニー様を狙ったのか、狙いを誤りメラニー様に当たってしまったのかさえ、判らないではありませんか」
言われてみればその可能性があるとは思いつつも、絶対ニコレットの仕業だろうと思う気持ちが強い為、肯定も否定もせずに黙り込んだ。
誤射の可能性を肯定すれば、ニコレットが黒幕である事を否定するような気がした。
かと言って、誤射の可能性を否定すれば、その可能性がある事を理解出来ない位頭が悪いと思われる気がした。
捜査の結果、犯人の手掛かりは全く見付からなかった。
警備に穴があったのは確かだが、それ故に目撃者がいなかった。
講堂内でバルコニーから矢を射た犯人を目撃した者は、男女の区別も付かなかったと言う。
ナルシスとニコレットの婚約は正式に解消され、勝手に破棄すると宣言したり・証拠も無しにニコレットを犯罪者と決め付けたりしたナルシスは、廃太子された。
その後、ニコレットは、立太子したナルシスの弟と婚約が決まった。
それから程無くして、ナルシスは、玉座の簒奪を企てたとして捕らえられ、処刑された。
ニコレットをメラニー殺害の黒幕として処刑する為に、国王の座が必要だったのだと主張したらしい。
ニコレットさえ居なければナルシスと結婚出来ると思ったメラニーは、ニコレットが犯罪者になれば婚約が破棄されるだろうと思った。
包帯を巻き怪我をした振りをし、ナルシスに階段から突き落とされたと訴えた。
それを信じたナルシスが、卒業式の日に婚約を破棄すると言ってくれて、メラニーは夢が叶うと思って幸せな気分になった。
そうして迎えたナルシスの卒業の日。
ナルシスが婚約破棄を宣言した事を喜んでいると、胸に衝撃を受け、体が傾いだ。
胸に刺さった矢が目に入る。
理解出来ないまま、メラニーの意識は途絶えた。