定番のお菓子
料亭の一室に、真面目一筋の商人、太巻屋干兵衛は、そわそわしながら、人を待っていた。今回は、その者の助力が、必要だからだ。
そこへ、「お客様、御武家様が、御着きになられました」と、障子越しに、女将の声がした。
次の瞬間、干兵衛は、振り返るなり、背筋を伸ばした。そして、出迎える態勢を整えるなり、「通して下さい」と、返事をした。
「畏まりました」と、女将が、応えた。そして、障子を引いた。
間も無く、金糸で織られた覆面と羽織袴姿の恰幅の良い男が、威風堂々と立って居た。そして、「待たせたな」と、言葉を発した。
その刹那、「へへぇ〜」と、干兵衛は、平伏した。
その直後、男が、悠然と進入するなり、干兵衛の右側を通り過ぎた。
その間、干兵衛は、微動だにせず維持した。
しばらくして、「苦しゅうない。こっちを向け」と、男が、促した。
干兵衛は、即座に、顔を上げるなり、速やかに立ち上がった。そして、反転するなり、「失礼します…」と、座布団へ正座した。
「早速だが、山吹色のお菓子は、持参しておるのだろうな?」と、男が、目を細めた。
「も、勿論でございます!」と、干兵衛は、得意満面に、即答した。この時を待っていたからだ。そして、「女将、例の物を!」と、拍手を二回した。
程無くして、「失礼します」と、女将が、木箱を捧げながら、入室した。そして、干兵衛の左隣へ来るなり、「お客様様、これを…」と、差し出した。
「うむ」と、干兵衛は、受け取るなり、「下がってくれ」と、指示した。聞かれたくないからだ。
「承知しました」と、女将が、察するなり、速やかに後退した。そして、障子を閉めた。
「さあ、早く、中を見せよ!」と、男が、急かした。
「畏まりました」と、干兵衛は、恭しく箱を手前へ置いた。そして、「御所望の物でございます」と、どや顔をしながら、両手で、蓋を持ち上げた。
次の瞬間、金色の光が、閃いた。
少しして、「ん? わしの好物とは、形が違うが…」と、男が、口にした。
「亜慢堂から取り寄せた舞蘭涕という洋酒に浸した御菓子でございます」と、干兵衛は、説明した。南蛮菓子ならば、喜ぶかと思ったからだ。
その刹那、男が、立ち上がり、「太巻屋。口利きは、二度と無い!」と、怒鳴った。そして、「わしは、帰る!」と、右足で箱を一蹴して、去った。
「何かやらかしたか?」と、干兵衛は、途方に暮れた。思い当たらないからだ。そして、「好みは、判らんな」と、ぼやくのだった。