特撮映画俳優
厚底ブーツを履いた小柄な若手俳優が、深夜の母校の校庭で、特撮ヒーロー映画のアクションシーンのトレーニングに、汗を流していた。
「わっ!」と、若手俳優が、尻餅を突くなり、「くそっ! バランス感覚を養うにしても、厚底は、厳しいな…」と、ぼやいた。憧れの主演が決まったものの、上手く動けないのが、歯痒いからだ。そして、「とうとう、映画スターか…」と、仰ぎ見た。
突然、ガラスの割れる音が、静寂を破った。
「校舎の方だな!」と、若手俳優は、徐に立ち上がり、覚束無い足取りで、向かった。間も無く、駆け寄って来る巨漢の人影を視認した。その直後、「行かせるか!」と、進路上へ飛び出した。
程無くして、二人は、衝突した。
少しして、「いててて…」と、若手俳優は、顔をしかめながら、上半身を起こした。相手の顔を確認してやろうと思ったからだ。その直後、黴臭い布を被せられるなり、視界を遮られた。そして、遠ざかる足音を耳にした。間も無く、右手で、布を剥ぎ取るなり、周囲を見回した。しかし、相手の姿が無かった。
そこへ、「おい! お前だな! 先刻、女子陸上部部室から逃げ出したのは!」と、校舎の方から、怒鳴り声がして来た。その直後、懐中電灯を照射された。
その瞬間、「うわ! 眩しい!」と、若手俳優は、咄嗟に、両手で覆った。
「お前だな! 度々、部室から盗みをやって射たのはっ! この変態野郎!」と、近付く者が、語気を荒らげた。
「ち、違う!」と、若手俳優は、慌てて否定した。認める訳にはいかないからだ。
その間に、後頭部の長い男性警備員が、飛び掛かって来るなり、押し倒された。そして、「手に持っているのが、証拠だ!」と、指摘した。
若手俳優は、一瞥するなり、「…っ!」と、絶句した。物的証拠を握っているからだ。
「言い訳は、刑事さんの前でするんだなと、警備員が、どや顔で告げた。そして、携帯電話で、通報した。
しばらくして、若手俳優は、窃盗と建造物の不法侵入容疑で、連行された。
「という粗筋ですが、『冤罪・犯人は、僕じゃない!』が、本日封切りですねぇ」と、七三分けの紺の背広姿の男性司会者が、振った。
「ええ。僕の初主演作品を宜しくお願いしまーす!」と、若手俳優は、薄くなった頭頂部を見せながら、お辞儀した。
「では、ご鑑賞下さい」と、司会者が、挨拶を締め括った。
間も無く、開始のブザーが、鳴るのだった。