夏祭りの思い出
「モーフォッフォッ。ヒーローのお面は、どうですか?」と、胡散臭い茶色い背広の男が、棒読み口調で、呼び込みをしていた。
「おじさん、ゴヘンジャイの黄ブリーフのお面頂戴」と、豚鼻柄の浴衣姿の肥えた男児が、右手で、万札を差し出しながら、要求した。
「僕ぅ。そんな“大金”を出されても、おじちゃん、困っちゃうんだけどねぇ」と、茶背広の男は、眉根を寄せた。釣り銭が、楽勝で、足らないからだ。
「おじちゃん、僕には売ってくれないんだ!」と、男児が、半泣きになった。
「そういう訳じゃあ、ありませんよ」と、茶背広の男は、告げた。そして、「お釣りが足りないんですよ」と、理由を述べた。
「やっぱり、売りたく無いんだ!」と、男児が、喚いた。
「う〜ん。”私の信念“は、“誠心誠意”ですからねぇ」と、茶背広の男は、腕組みをした。悪評が立つと、商売に響くからだ。
そこへ、「坊主、何を泣いて居るんだい?」と、壮年の男性が、やんわりと尋ねた。
男児が、右手で、茶背広の男を指すなり、「こ、このおじちゃんが、黄ブリーフのお面を、う、売ってくれないんだよ!」と、訴えた。
「そうかい、そうかい。じゃあ、お詫びに、おじちゃんが、そのお面を買ってあげよう」と、壮年の男が、申し出た。そして、「機嫌を直してくれるね?」と、問い掛けた。
「うん」と、男児が、頷いた。
「良い子だ」と、壮年の男が、男児の頭を撫でた。そして、「この子に、お面を」と、促した。
「はい」と、茶背広の男は、承諾するなり、「じゃあ、これね」と、男児へ、差し出した。
次の瞬間、男児が、受け取るなり、「ありがとー!」と、はしゃぎながら、立ち去った。
「子供ってのは、お面一枚で、機嫌を直してくれるから、無邪気で良いな」と、壮年の男が、目を細めた。
「そうですね」と、茶背広の男も、相槌を打った。その通りだからだ。
「で、いくらだ?」と、壮年の男性が、 財布を取り出した。
「五百円です」と、茶背広の男は、右手を出した。
「はいよ」と、壮年の男が、五百円玉を置くと、人混みの中へ消えた。
その間、茶背広の男は、頭を下げるのだった。
現在…。
「と、まあ、見ず知らずの子供に、買ってやったんだけどよ」と、ブラボーの店主は、どや顔で、語った。
「じゃあ、未だに、誰か判らないんですね?」と、上の門歯のちょろりと突出した男が、眉根を寄せた。
「今頃になると、思い出すんだよな〜」と、店主が、夏祭りの思い出を語るのだった。