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ノーと言えない面接 ~面接で落とされたい僕が赤ちゃん言葉で話してみたら~

作者: 五十嵐アオ

「私、沖合秀治と申します。本日はお時間をいただき誠にありがとうございます……」


 B社の面接室に入るとまずはそう挨拶をし、30度の角度で礼をした。

 なんとなく語尾が弱くなったのは後ろめたかったからだ。


 実はついさっき、本命であるA社から採用の連絡をもらってしまったのである。

 このあと仮にB社が僕を採用すると言ってくれたところで辞退するしかない。


 目の前に並んだ面接官は5人。真ん中には社長の姿もあった。きりっと背筋の伸びた女優のように美しい女性だった。

 その社長を含めた全員がなんともにこやかな表情で僕を見つめている。実は履歴書の内容が我ながら感心するほど充実しているのだ。期待されているのは明らかだった。


 僕から先に伝えるべきだろうか。

 御社の面接を受ける意味がなくなったと。


 いやダメだ。


 僕は人を傷つけるのは苦手なのだ。

 ノーと言えないのだ。

 フルのではなく、フラれて別れたい。


 ひらめいた。


 意欲は見せつつも、変な人を演じてわざと不採用になればいいじゃないか。


「どうぞ、お座りください」


 進行役と思しき、瞳の綺麗な若い女性面接官が着席を促してくれた。

 よし、まずはここで。


「はーい! ありごとうございまちゅー!」


 幼児モードで返事をして威勢よく椅子に飛んで座り、足をぶらんぶらんしてみせた。


 面接官たちが目をむき口を開け、唖然と僕をみつめた。

 よし決まった。これで僕は不採用間違いなしだ。


 最初に言葉を発したのは美しい女社長だった。


「かわいい!」


 ガタアーン。椅子がひっくり返る音がして、僕は床に倒れていた。「かわいい?」思わず問い返してしまった。


 見れば面接官たちは社長を中心に全員おおはしゃぎである。


「キュンキュンしちゃう!」

「どストライクですな」

「ぼく大丈夫? 痛くなかったでちゅか?」


 しまった。まさか喜ばれるとは。

 ならば。

 仰向けに転がっていた僕は身体を反転させ、四つん這いになった。手は肩幅よりも広げて床につけ、そして全身をガクガクと大袈裟に震えさせた。面接官はみんな言葉を失って僕を見つめている。しばらく四つん這いで身体を揺すったあと僕は立ち上がり、額の汗を腕でぬぐいながら報告した。


「危ないところでした。今、地震を止めました」


 これでどうだ。

 不採用に違いないとドヤ顔をしてみせた瞬間、美しい女社長がこう言った。


「素晴らしいわ!」


 それをきっかけに面接官全員がおおきく頷き、僕に称賛や感謝の言葉を次々投げかけてきた。

 これはまずい。

 もうなりふり構ってはいられない。

 僕は宇宙と交信したり、突然号泣したり、猫になりきって面接室内を走り回ったりしてみせた。


 さすがにひいたのだろう、眉を寄せて僕を見つめていた美人社長は立ち上がった。


「この場で採用決定をお伝えします」


 おかしいだろ!どんな判断だ!思わずそう叫びそうになったそのとき、ポケットの中でスマホが振動した。誰かが電話をかけてきている。僕としたことが、面接だというのに電源を切り忘れていた。


 が、今回に限っては不幸中の幸い。面接で落とされたい僕はためらうことなくスマホを開いた。

 電話の相手はA社の人事担当氏だった。


「沖合くん申し訳ない。こちらの都合だが、きみの内定は取り消しとなった」


 目の前が真っ暗になった。


 どう返事をしたか自分でもわからない。

 呆然とスマホを閉じて面接官を見渡した。僕の様子がおかしいので心配してくれているようだ。


「め……面接中に大変失礼いたしました……」


 作戦変更だ。A社の内定が取り消しになった以上、是が非でもこのB社で採用されなければならない。

 幸い、美人社長が「採用決定」と言ってくれたはずだ。面接中に電話をしたことで気を悪くされていなければよいが。


 そのとき、今度は美人社長の隣の人事部長のスマホに着信があった。


「おっと! 面接中に大変失礼……おや、これは……」


 部長は電話の相手と言葉を交わすや、まず驚き、そしてとても嬉しそうに笑い、同時に困惑を抱えたようだった。


 短い電話を終えると部長は美人社長に小声で相談をした。小声だったが僕の耳にはしっかり届いた。


「先日内定を辞退していた、完全完璧有能イケメンのXくんが、やっぱり採用してほしいと言っています」


 美人社長が顔を輝かせて喜んだ。

 他ふたりの面接官も喜んだ。

 そしてすぐに、全員がバツ悪そうにちらりと僕を見た。

 面接官たちは社長のもとに集まってヒソヒソと相談を始め、なんらかの意思決定が小声で下されると全員が元の座席に戻って僕に視線を向けた。


 進行役の瞳の綺麗な女性面接官が切り出した。


「めんせちゅを、ちゅぢゅけまちゅバブー」


 赤ちゃんだと?


 続いて美人社長が、右手の親指を口に入れてちゅぱちゅぱと吸いながらこう言った。


「えーとでちゅねえ。あたちお腹がちゅいたでちゅうー。さっきなんの話の途中だったかもわからなくなってきたでちゅー。ちゅぱちゅぱ」


 僕は可愛らしいですねと笑顔で答え、面接は混迷を深めていくのだった。


読んでいただいてありがとうございました。


実はついさきほど、連載小説『恥じらうほどに乙女は奴らを灰にする 〜あんなことやこんなことをして赤面させる恋の物語〜』の最終話も投稿しました。そちらもあわせて読んでいただければ幸いです。

よろしくお願いします。


   五十嵐アオ

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