83. 倉庫捜索
白露と詳しい祈祷の手順を確認し、家に戻ったのは夕食ギリギリの時間だった。
食卓には祖父を除いた全員が揃った。
ここしばらくご機嫌が急降下し続けていた祖母が機嫌よく現れ、熱を出して寝込んでいた和樹が全快とはいえないまでも復調して食卓についていた光景に、廸歩の両親はしばし口を開けて驚いていた。
「なんか少し空気がきれいな気はするのよね。今日仕事から帰ってきて、あれ? って思ったもの」
夕食の片付けをしながら廸歩の母が不思議そうに言った。彼女もチカのように勘が鋭いのでこの家の異変に薄々気付いていたのだろう。
「やっぱりチホちゃんが帰ってきたからかしら」
「そうかな。私にはよく分かんないけど」
母の洗った食器を拭きあげて棚に仕舞いながら、廸歩は曖昧に返事をして濁した。
清めはまだなので家の中にはまだ黒いもやもや――霊気の淀みが残っている。廸歩のやったおまじないで一時的に良くなっても時間が経てばまた元通りになってしまうのだ。
祈祷をするのは明日の深夜。
朔の夜、つまり新月の夜がちょうど近くてよかった、と白露に言うと、逆に朔が近づいて陰の気が強まっているからこの家の状況も悪くなっているのだという答えが返ってきた。
ちなみに別に新月でなくとも祈祷は行えるが、成功率は落ちる。
もし廸歩が帰ってくるのが新月を過ぎていたら、失敗上等で断行するか、もしくは次の新月を待つか、どちらかを選ばなければいけなかった。
神様を呼び出すのには祈祷者の霊力をかなり必要とするらしく、祈祷時の条件が悪ければ悪いほど消費霊力が膨大になる。
新月であることはかなり重要なファクターであるため、別日にやると成功しても失敗しても数日は寝込むことになるそうだ。
札幌から帰る飛行機チケットがすぐに取れて本当に良かった。
その後、家族と話したり荷物を整理したりと用事を済ませていたら夜中になってしまった。
しかし、儀式で必要となる風鈴はなるべく早く手元に置いておきたいと考え、真っ暗な中やってきた倉庫で――廸歩は絶句していた。
庭にある倉庫は、今はもう使っていない農耕器具であふれている。
その奥には古いテレビやラジオ、少なくとも廸歩の記憶では一度も使われていない瀬戸物など、もう捨てればいいのに何故か捨てずに置いてあるがらくたが集められた一角がある。
ここにある棚に、ふゆの風鈴が置かれている。
――はずだった。
「ない……。嘘……」
何度見ても、ない。
記憶違いかと思い別の棚や引き出しも探したが見当たらない。
倉庫の電気に誘われてやってきた蛾を追いかけて遊んでいた槐が足元にやってきて首を傾げる。
「見つからないのか?」
「うん……他に置いてあるものは前見たときと変わってないから、わざわざあれだけ持っていった人がいるってことだけど――」
誰が?
倉庫に普段鍵はかかっていない。
田舎なので鍵をかけるという風習があまりないのだ。
だから、誰でも入って持ち出せるといえば持ち出せる――しかし、確かにきれいな細工ではあったものの、わざわざ他人が忍び込んで盗むような価値のある品ではない。
迪歩が考え込んでいると、ピクリと耳を震わせた槐が「誰か来た」と囁いて姿を消した。少し遅れて廸歩の耳にも人の足音が届く。
「なんだよ……また廸歩か」
「和樹……どうしたの?」
姿を現したのは和樹だった。「また」というのは昼間の祖父の部屋前でうろうろしていたことを言っているのだろう。
「昼間ずっと寝てたから寝れなくってゲームしてたら倉庫の電気がついたから、泥棒でも入ったのかと思ったんだよ」
「ここ、がらくたばっかで泥棒入っても盗るものないけどね……」
「古い機械の部品だったらオークションなんかで売れるんじゃね?――まあそれはともかくお前何してんだよこんな時間に」
現在は午前一時を回ったところである。確かにこんな時間に倉庫の電気がついたら不審に思うだろう。
「ちょっと探してるものがあって。でも見当たらなくて困ってるところ」
「……何探してるんだよ」
そういって和樹はがらくたの山に視線を走らせる。どうやら手伝ってくれるつもりのようだ。
「風鈴。ここにあったはずなんだけど誰かが持ち出したみたい」
「風鈴……? 青い、魚の絵の付いた?」
「え、知ってるの?」
「前にここにハチが巣を作ったとかで、撤去する足場組むためにちょっと片付けしたことがあるんだよ。そん時うちの母さんが見つけて、偉く気に入ってみたいで欲しいって言って……お前そんな顔できたのか……」
和樹の家は隣の市にあるため、持ち帰られているなら車を出してもらわなければならない。
珍しくショックが顔に出ていたらしく、和樹が少し驚いたような顔をした。
「……まあ、欲しいって言ったんだけど、祖父ちゃんがそれは駄目だって言って持ってったよ。今は祖父ちゃんの部屋にあるんじゃねえかな」
「じゃあうちにあるってこと?」
「だと思う」
「……よかった……」
ほうっと安堵の息を吐く。
祖父に頼んで持ち出さなければならないという新たな問題が出てきたが、とりあえず徒歩圏内にはありそうだ。
夜が明けたらなるべく早めに祖父のところへ行かねばならない。もし紛失していたりすでに廃棄されていたりした場合は別の手段の準備をしないといけないからだ。
それに、祖父とは今日、話の途中で変な感じのまま終わってしまったため、改めて話をしなければならないと思っていたのだ。ちょうどいいと思おう。
「探してんのはそれだけか?」
「うん。それだけ……そういえば和樹、体調は大丈夫なの? ごめんね夜中にびっくりさせて」
「別に……てかこんな田舎だったとしても夜中に女一人で外ふらふらしてんなよ」
「ああー、そうだね。うん。気を付けます」
実際は槐がついているので一人ではないし、多分誰かに襲われても簡単に返り討ちにできる。――が、心配してくれているのは分かるので迪歩は素直に頷いた。
「やっぱりお前、ちょっと雰囲気変わったな」
和樹は少しだけ迪歩を見つめ、思わず、といった様子でつぶやいた。
「それ、他の人にも言われたんだけど、自分ではよく分かんないんだよね」
「いや、前のお前だったらさ、夜に出歩くなって言っても『別になんとかなるよ』とか『適当に逃げるよ』とか言ってたと思う」
「……そうかも」
以前は、相手が自分を心配して言ってくれているというのがいまいちよく分からなかった。――心のどこかで、自分に何があっても、最悪、死んだとしても構わないと思っていたからだ。
「なんかふらっと死にそうで怖かったんだよ、お前のこと」
「……それも言われたことある……」
「でも今はそういう感じしなくなった。お前と廸花、あんまり似てないと思ってたけど、今はちょっとだけ雰囲気が似てるんだよな」
チカの名前を出した和樹の表情がほんの少し緩む。
「……ほう?」
これは……と見つめる廸歩の視線に気付いた和樹は、気まずそうに視線を泳がせ、そして最終的に廸歩を軽く睨み付けて「なんだよ」と不満そうな声を出した。
「いや、自分のことって自分で分かんないよねって思って」
「……まあな」
「ちなみにチカは、和樹が私のことを好きなんだと思ってるよ」
「……は?」
真顔で固まったその様子を見て、廸歩はやっぱりねと頷く。
「ないよねぇ。誤解は解いといたほうがいいよ」
「……言っとく。……俺、廸歩のことは目の離せない妹みたいに思ってたんだよ」
和樹は手で顔を覆って呻くように返事をした。廸歩と和樹はお互いにお互いのことを弟妹として見ていたらしい。
「私のほうが年上なのに……。まあいいや、私はお姉さんなので一つ情報をあげます。今、チカ彼氏いないから。がんばれ」
「な……!……!」
「こっちは夜中でも暑いね。早く家に戻ろう。和樹も病み上がりなんだし、眠れなくても横になったほうがいいよ」
この倉庫の電気のスイッチは外に出たところにある。廸歩が倉庫を出てスイッチに手をかけ「ほらほら電気消すよ」と声をかけると、舌打ちしながら和樹も外に出てきた。
「……くそっ、お前ら勘だけは妙に鋭いよな!」
「私はそうでもないよ。和樹が分かりやすいんだよ」
「チッ」
舌打ちをして怒っているような顔をしていても、一人でさっさと家に戻らず廸歩を待ってくれているあたりが良い子だ。
昼にわざわざ祖父によろしくといったのも、廸歩が祖父と話すきっかけを作ってくれたのだろう。
「ありがと」
「は? 何が」
「何でもない。さ、帰ろ」
新月が近いので月は見えない。祈祷はちょうど二十四時間後くらいに始めることになっている。
(さて、かわいくて優しい弟のためにも、成功させないとね)




