73. (仮)と(真)
「で、具体的にはどうやるのよ」
「前の件では大塚くんが作り出した呪いの残滓から、そのつながりを辿って呪い本体を引き寄せたんだよ」
梨奈に答えた藤岡の言葉に、大塚が肩をすくめる。
「正確には俺じゃないっすけど」
「主犯・大塚くんが間接的に作り出した呪いね」
「ははは」
「あはは」
大塚と藤岡は白々しい笑顔で笑いあう。
まあ今大塚くんのことは置いといてぇ、と藤岡が話を戻す。
「廸歩ちゃんは元々霊的なものを引き寄せやすい体質だから、つながりさえ視認できれば呼ぶのは難しくない。問題はつながりを視認する方法だけど、それは翼くんがいればカバーできる。翼くんは呪いやそのつながりを視認できる『目』を持ってて、なおかつその『目』をある程度他人と共有できるからね。……さっきの話でいったら魔眼の増幅効果によるものなんだろうなぁ」
翼は感情や呪いの気配のような、形のないものを目で視ることができる。そしてその気配がつながる先――誰が誰を好いているとか、逆に憎んでいるとかということまで視えてしまう。
そして彼が触れた相手も同様に、そういう気配が視えるようになる。
過去に藤岡はそのことを『翼の目を借りる』と言っていたが、実際は翼の魔眼の増幅効果で、触れた相手の元々持っている能力が底上げされているということなのかもしれない。現に、何がどこまで視えるかは相手によってまちまちだと言っていた。
「蒼さんの作り出した月夜さん(仮)が、以前の件で言うところの主犯大塚くんが作り出した呪いのようなものだと考えると、同じようなやり方で月夜さん(仮)からつながるもの……今回の場合、月夜さん(真)を引き寄せることができるんじゃないかと思うんだ」
「そうすると……前提条件として、月夜さん(仮)と(真)とのつながりが翼くんに視えるかどうかっていうところの確認が必要ですね」
前回は廸歩にまとわりついていた呪いの残滓と、呪い本体の間に明確なつながりがあった。
だが今回は月夜(仮)と月夜(真)の間につながりそのものがない可能性もある。何せ片方は蒼が作り上げた幻影なのだから。
そこにつながりがあるか否かは翼に実際に見てもらわなければ確認できない。
「そうねぇ。(仮)が現れるのはタイミング的に蒼さんが寝てるときよね。彼女が寝るのを待って、うまく出てきてくれたところで翼が確認して、いけそうなら蒼さんに提案してやるかどうか決めてもらう。で、やるとなったらまた寝てもらって――ってなるけど、短期間でできるかどうか結構運の要素強くない?」
幽霊の目撃報告は毎日あるわけではない。
単純に見た人がいなかったという可能性もあるが、蒼が眠ったら必ず現れるというわけではないとも考えられる。
蒼自身が無意識でやっていることなので、提案を受けた後の彼女がその無意識状態をうまく作れるのかという疑問もある。
しかし、そのチャンスが巡ってくるまでだらだら何日間もこの家に滞在するわけにもいかない。
梨奈の指摘に、藤岡は「そう。だからね」と大塚の方に目を向けた。
「大塚君は暗示で相手をトランス状態に持ってくことができるでしょ?」
「あー、まあ、できると思います。多分」
「じゃあ問題ないよ。ちょっと乱暴だけど、トランス状態にして暗示で月夜さん(仮)を作り出してもらえばいいんだから」
藤岡の言っているトランス状態とは催眠状態のことだろう。
眠ったときに無意識に作り出している、というなら強制的にその無意識の状態にして月夜(仮)の幻影を作らせよう、というのだ。
「へえ、大塚くんそんなことできるの?」
「藤岡さんに脅されて人にやるのは禁止されてますけどね」
大塚の暗示のせいで周囲の人間を騙すことになった平田小乃葉は、いまだにクラス内で若干ギクシャクしているらしい。かくいう廸歩も彼の暗示にかかってから微妙に彼に対して疑心暗鬼である。禁止されて当然だ。
梨奈も、そりゃそうでしょ、と言い放つ。
「悪いことをやったなら仕方ないわ。でも使い勝手よさそうねぇ……うちで働かない?」
「常盤さんが酒飲んで絡まないなら考えます」
「あ、それは無理」
「即答っすか」
どうやら先程よほどひどく絡まれたらしい。ひどく嫌そうな顔の大塚に、梨奈は気持ちがいいくらいきっぱりと無理だと言い切った。
後ろの方でこっそり肩を落としてため息をついた今井の姿が涙を誘う。
「う……今回は何かあってもゆうせいがいるから何とかなるなー……ってちょっと気が緩んだだけで、さすがに普段は仕事の途中では飲まないわよ。……仕事終わったら飲むけど」
今井のため息が聞こえたのか、やはりどこかで引け目を感じているのか、若干目を泳がせた梨奈が口をとがらせる。だがやっぱり飲むことは譲らないらしい。
「梨奈先輩~、ちゃんとした社会人は気が緩んでもクライアントの前で泥酔したり絡んだりしないと思いますよぉ」
「そうです。常盤さんはいくらなんでも思い切りよく泥酔しすぎです」
「せっかく廸歩ちゃんが幽霊が出てきたって教えてくれたのに、肝心なときに寝てるしねぇ」
普段絡まれている藤岡と今井が、この機会にとばかりに文句を言う。
その話に付け加えるならば、廸歩にいきなり抱きついてきてもいる。今のご時世、あれは立派なセクハラ行為である。別に廸歩は気にしないが、相手が相手なら訴えられてしまうかもしれない。
「確かに、少しセーブした方がいいと思います」
「く……廸歩ちゃんまで……大丈夫、私の活躍はこれからよ」
「漫画打ち切りの時の常套句じゃないっすか。今週号で連載終了ですよそれ」
「ここから涙涙の感動巨編になる予定よっ。私のお酒の話はもういいのよ。とりあえず明日翼を呼びつけて確認しましょうって話でしょ?」
「まあ問題は翼くんの予定だけどね」
「受験生だもんね。でもあの子余裕でしょ? 学年でも成績トップの方って聞いたけど」
「う……うちの大学余裕かぁ……」
思わずつぶやく。
廸歩もたまに翼の勉強を見ることがあって、うすうすそんな気はしていたが。
そもそも彼の通っている高校自体が偏差値の高い学校なのだ。受験でそれなりに苦労した廸歩とは土台が違うのだろう。
「うわ顔も頭もいいとかムカツク。っていうかチホちゃんが呼べば飛んでくるんじゃないの。過保護だし」
「……」
露骨に顔をしかめた大塚の言葉に、返答に詰まる。
確かに翼はちょっと過保護すぎるなあ……と思ったりもする。
(でも、もとはといえば私が心配をかけたからだし……)
そこから芋づる式に自分の行動で翼や妹のチカから説教されたことを思い出して、廸歩はしゅん……と肩を落とす。
自分で思い出して自分でダメージを受けて落ち込んでいると、誰かが廸歩の服をくいくいと引っ張った。
そういえば槐を膝にのせてたんだった、と下を見ると、槐が廸歩の注意を引こうと上着を咥えて引っ張っていた。
「槐もみちほが呼べば飛んでいくぞ。うれしいか?」
「えんじゅ……嬉しい。ありがとう」
わしゃわしゃと頭をなでると槐は嬉しそうに目を細め、尻尾をぶんぶんと振った。
(過保護なのも、心配してお説教するのも、それだけ私が大事に思われてるから……なんだよね)
それはきっと、恥ずかしがったり落ち込んだりすることじゃなくて、光栄に思うことなのかもしれない。
「まあ今日のところはこれで解散ね。あとは明日……っていうかもう日付変わってるから今日だけど、園田さんと翼の動き次第ってことで」
「了解」
梨奈が立ち上がって、大きく体を伸ばす。
女性の部屋は隣なので移動しなければならない。廸歩もすぐに立ち上がった。
「男性陣お休みー。じゃあ廸歩ちゃんお部屋いきましょ」
「はい。みなさんおやすみなさい」
「槐はみちほと一緒に寝る!」
「はいはい」
また槐が抱っこ待ちポーズをしたので抱き上げる。永らく呼び出さなかったことが相当寂しかったらしく、甘えん坊モードだ。
「おやすみ~……えんじゅくんって龍より年上って言ってたよなぁ……」
廸歩があえて考えないようにしていたことを藤岡がぼそっとつぶやいた。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、槐は犬が飼い主にやるように頭を廸歩の肩口に摺り寄せてくる。
「かっ……かわいい……」
色々どうでもよくなって、ぎゅうっと抱きしめてそのまま隣の部屋まで移動した。
「……あれ絶対翼少年怒るでしょ、狐に」
そんな大塚の言葉に男性陣が乾いた笑いを漏らしたが、廸歩が気付くことはなかった。




