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72. 占いの精度

「ご迷惑をおかけしましたぁ」


 居間に戻って早々に、酔いつぶれて目が覚めた後に今井から軽くお説教をされたという梨奈から謝罪を受けた。

 そのまま居間に居座るといつまでも笠原が休めないので客間へ引き上げ、今は男性用に用意された客間に五人が揃っている。


「俺が風呂行ってる間にチホちゃんが藤岡さんと夜の砂浜デートしてるなんて……」


 さっき姿が見えなかった大塚はちょうど入浴中だったらしく、若干面白くなさそうな顔をしていた。


「あぁ、いなかったんですね。気付きませんでした」

「チホちゃん酷い」

「はい、じゃあ現時点まとめをします」


 コホンと一つ咳ばらいをして、梨奈が真面目な顔を作った。


「倉庫のほうの降霊術に関しては蒼さんが参考にした本の捜索を古書店の園田さんに依頼中です。すでに該当しそうな本を何冊かピックアップ済み。書籍自体を探すのは難しいということで、国会図書館の複写サービスで降霊術に関係するページだけ複写してもらうということになってます。多分明日の午後にはデータで届くとのことです」


 ある程度本を特定することは簡単にできたそうだが、どれも古い本で発行部数も少なく、実際にその本を手に入れるのは困難らしい。

 それにしても仕事が早い。園田が実店舗のほうを開店休業状態で放置しているのはこういう仕事を請け負っていて忙しいからなのだろう。


「術式の特定ができたら反転術式を組むなりして、現在封じてある倉庫の『場』を解体します。一応その時に周りに影響が出ないかえんじゅくんには見張っていてもらいたいんだけどいい?」

「うむ」

「ありがと。で、幽霊のほうね」


 廸歩の膝の上でくつろぐ(えんじゅ)の返答を確認し、梨奈は話を進める。


「廸歩ちゃんたちの報告を総合すると、近所で話題になっている幽霊は蒼さんの友人の『伊藤月夜』さんである。……が、実際の正体は月夜さんの幽霊ではなく、蒼さんが魔力で作り出した幻影だと思われる――ってことね」

「そう。で、なにをするわけでもなく砂浜を横断して河口にたどり着いて消える。今井さんが近所の人から聞き取ってきた話でもそんな話があったから、その行動を繰り返してるんだと思う」


 梨奈のまとめに藤岡が補足を加える。それに梨奈がうんうんと頷いて続ける。


「次に月夜さん(仮)が何度も河口を目指す理由ね。考えられるとすれば、蒼さんが『月夜さんと川』の組み合わせになにか強いこだわりを持っているっていうのが一つ。もう一つは、蒼さんに作られた『月夜さんの器』が、モデルとなった『月夜さん(真)のなにか』に惹きつけられている。なにかっていうのは、記憶、思い出の品、行きたかった場所、それに………遺体とか」


 最後は最悪の場合だけどね、と呟きつつ、梨奈は自分のカバンを引き寄せて中からカードを取り出した。


「……占ってみましょうか。実は一応私って本業が占い師なのよ。詳細情報がないから簡単にタロットの大アルカナだけでやってみるわ」


 真剣な表情でカードをシャッフルし、無造作に見える手つきで山札から三枚選んで座卓の上に伏せた。


「塔、死神、星……星は逆位置……この場合水の示唆かしら」

「どう見ても悪い意味しか見えないカードばっかりっすね」


 覗き込んだ大塚の言葉に梨奈は少し苦い表情を浮かべた。


「……そうね。直感的に見れば『水に関わるところで事故に遭って死亡』ってなるわね」


 塔の正位置は『事故』や『災難』、死神の正位置は見たまま『死』、星は正位置なら『希望』だが、逆位置だと『絶望』。

 梨奈の言う水の示唆というのはカードの絵柄のことだろう。星のカードには女性が水瓶から川に水を注ぐ絵が描かれているのだ。

 結論として、どのカードも基本的にいい意味はない。


「廸歩ちゃん、そんなにジッと見つめられると照れちゃうわ」

「あっ、ごめんなさい……」

「カードじゃなくて私の顔見つめてたけど、なあに? 見とれちゃった?」

「あの……占ってるときの常盤さんの目の色が、金色に見えたんです」

「金色?……今は?」

「今は普通に黒です。……翼くんも集中して『視てる』時は金色になるんですよね。おんなじだなぁと思って」


 もちろんカードも気になったのだが、それよりも梨奈の瞳のほうに意識を持っていかれていた。こんな風に色が変わるのは翼だけだと思っていたのだ。


「翼も?」

「始めは気のせいかと思ったんですけど、何回か見たので多分間違いないかと……」

「ゆうせい気付いてた?」

「いや、全然。僕には視えないんだと思う――廸歩ちゃん、僕や龍は金色にならないってことかな」

「えっと、藤岡さんや真柴さんでは見たことないです。ただ気付いてないだけかもしれないですけど」


 記憶をたどるが、藤岡や真柴が魔術を使っているときに金色になっていた覚えはない。それに気付いたら多分その場で言っていると思う。

 むむむ、と廸歩が首を傾げていると、膝の上の槐がだらりとしたリラックスポーズからお座りポーズに姿勢を直して口を開いた。


「一種の魔眼だろうな。一時的に能力を増幅させているように見えた」

「魔眼? え、かっこいい。まじで?」


 なんとも中二心をくすぐる言葉だ。梨奈もちょっと興奮気味である。


「狐でもたまに見かけるな。見たところ無意識にやってるようだが、いつもより魔力を消費してるはずだ」

「……言われてみればそういう気もするけど……あれ、占いしててたまに妙に疲れるのはもしかしてそのせい?」

「そういえば翼くんも集中した後は疲れるってよく言ってるねぇ」

「だいたい今までの経験によれば、妙に疲れたときって占いの精度も高いのよね」


 精度が高いという言葉に、さっきの梨奈の占い結果が重くのしかかる。それをはっきりと言ったのは大塚だった。


「で、精度の上がった占いで月夜さんの溺死という結果となったと」


 ここに蒼がいないとはいえ、身もふたもない言い方である。梨奈は眉を寄せて「溺死とは限らないけど……」と前置きして言葉を続けた。


「『月夜さんの器』が、水に関連する『月夜さんのなにか』に惹きつけられている可能性が高いってことは言えると思う」

「器は中身を求めるものだからな。川で死んだ魂に惹かれてるのかもしれん」


 槐が淡々と告げる。

 そこにためらいがちに「あの……」と今井が手を挙げた。


「伊藤月夜さんの自宅の近くに川が流れています。ちょうどそこの河口につながる川です。彼女が行方不明になったのは暴風注意報が出ていた日でしたから、夜に家を出て、誰にも見られずに川に転落した可能性はあると思います」


 説明しながら今井が地図上の川に沿って指を走らせた。

 月夜の自宅は確かに川の近くで、夜間は人通りの少ない辺りに位置していた。住宅街なので防犯カメラもそうそう設置されていないだろう。


「目撃者がいる可能性は低いし、真相は藪の中ってことっすね。それこそ降霊術でもしないと」

「そうねぇ……まあ、この依頼の最終目標は霊現象を収めることだから、たとえ真相が分からなくても蒼さんが幻影を作ってしまうのを止められればいいのよね。彼女の能力を封じてしまえば解決。蒼さんの気持ちさえ無視しちゃえば、ね」


 できればもう少しすっきりする形にしたいけどねぇ、と梨奈はひとりごちた。

 その時、しばらく考え込んでいた藤岡が呟いた。


「蒼さんの作った器と、月夜さんの間になにかしらのパスがつながってるとしたら、廸歩ちゃんなら呼べるかもしれない」

「……呼ぶ?」


 当然名前が出た廸歩は首を傾げた。


「前に園田さんのところで、大塚くんのやらかした呪いを呼び寄せたことがあるでしょ? あれと同じように、器を足掛かりにして月夜さんの魂を呼び寄せるんだよ。前と違って今はえんじゅくんがいるから、廸歩ちゃんが危険な状態になる可能性は低いと思う」


 ただね、とそこで一度言葉を区切る。


「……蒼さんにとっては事故にせよ他殺にせよ、事実を知るほうが辛いかもしれない。加害者がいたとしてもこれを証拠として訴追することはできないしね。このまま放置しておいても、いずれどこかで遺体が見つかればその時に捜査が入るだろうから、それを待つという手もある」


 藤岡の言うことは分かる。

 親友の死だけでも辛いだろうに、それが誰かの故意によるものだったら――その時抱く憎しみを、中学生の蒼は受け止められるだろうか。


(……でも、私だったらそれでも知りたいって思うだろうな)


 知りたかった真実が掴める可能性があるのに、大人の判断でそれを奪うのは正しいのだろうか。それが彼女のためだったとしても。


「その判断は本人にさせればいいんじゃないですか。蒼さんはすでに一回馬鹿なことをやらかしてるけど、基本的には自分で考えられる子だし」


 何となく自分が考えていたことを大塚が言ったので、思わずまじまじと大塚の顔を見てしまう。


「え、なんでそんな意外そうな顔してるのチホちゃん」

「蒼さんのことちゃんと見てるんですね。小倉家に取り入るための道具だと思ってるのかと」

「俺は利用価値のなさそうなバカな子には愛想売ったりしないよ」


 大塚はいつもの調子でニコッと笑った。

 さすが、ぶれない。

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