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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
7/87

7. 交差点の向こう側

 翌朝。

 目覚ましアラームを止めるために手帳型のスマホのカバーを開くと、カード用ポケットに挿したままになっていた昨日の名刺が目に入った。


「……あれ」


 ――微妙に昨日もらった時よりも茶色がかっている気がする。もともとこんな色だっただろうか。

 違和感に首を傾げながら引っ張り出してじっくり見ると、全体的に日に焼けたように茶色くなっていた。

 もらった時は暗かったから分からなかっただけで、もともと色がついていたのかもしれないが……よく見るとまだらに濃いところと薄いところがあるので、元の色ではなさそうである。


(なんだろう……くれた人が不思議人物だからって、名刺まで不思議な現象を起こさなくてもいいのに)


 いくら首をひねったところで理由は分からないので、とりあえず書かれている会社名と住所等を写真で残しておくことにする。

 もしかしたら感熱紙のように、擦ると見えにくくなる紙なのかもしれない。

……擦ると見えなくなる名刺、というのは実用性的にどうかと思うが。

 ついでに『九谷環境調査株式会社』という会社名でネット検索してみると、いかにもホームページ作成ソフトのテンプレートで作りました! という感じのシンプルなサイトがヒットした。

 シンプルさに加えて、業務内容やアクセスマップなどのリンクはすべて404 not foundという壮絶なまでのやる気のなさ。


(……胡散臭いにもほどがある)


 住所のほうはどうだろうかと地図アプリで調べてみると、地図上には『ベーカリー nine』と記載されていた。

 ベーカリー? パン屋? もしや架空の住所?……と一瞬疑ったが、単純に一階がパン屋になっていて、そちらの名前が表示されているだけのようだ。

 建物自体が九谷ビルという名前で、名刺の住所によれば九谷環境調査は二階になっている。

 名前が九谷と nine(九)なので、経営母体が一緒なのかもしれない。

 そのパン屋の口コミを見てみるとなかなか好評のようだ。謎会社は関係なく今度行ってよう、と心に決める。


「やばい、パン屋さんのレビュー見たらパンが食べたくなっちゃった……」


 朝食を求めて台所を漁るも、そういえば昨日の朝食べた食パンが最後の一枚だった。昨日買って帰ろうと思っていたのに、霊やらパーカーやらの云々で頭から抜け落ちていた。

 米びつを覗いてみてもほぼ空。お米は重たいのでいつもマイカー持ちの由依に車を出してもらって買いに行っている。またお願いしなければ。


「うーん、カップ麺……は朝から食べたくないな……早めに出てコンビニで買うか……」


 家で食べるのは諦め、もそもそと着替える。

 パンもいいけどおにぎりもいいな。おにぎりならちょっと遠回りになるけど地元チェーンのコンビニのほうが美味しい。

 空腹を持て余してそんなことを考えながら、いつもの通学時間よりも早く家を出た。



***



 朝の少しひんやりした空気の中、普段通っているのとは違うルートを辿る。

 目指すは、いつもまっすぐ行っているところを曲がって、二ブロック先の交差点をまた曲がって、次の信号がある交差点のそばにあるコンビニだ。


 ――そういえば、そこの交差点で最近事故が多いと誰かが言っていた。


 コンビニ前の交差点に人が立っているのが見えた。

 交差点の向かい側、ちょうど横断歩道を渡るために信号待ちをしているような位置。だが、少し前からその信号は青になっているのだが、人影はじっと立っている。


(なんかあの人、私のことをものすっごく見てる……気がする)


 なぜ『気がする』なのかというと、その人物がどこを向いているのか分からないからだ。

 体の向きからこちらを向いていることは分かるのだが、その首から上の、頭があるはずの空間が、まるでノイズでもかかってしまったように、きちんと認識することができないのだ。

 そこにあるはずなのに、見えているはずなのに、顔がわからない。

 

(……うん、逃げよう)


 どう考えても危険な気配しかしないし、昨夜会った藤岡は『守護が完全に崩壊した』と言っていた。ならば、少しでも危険な場所は避けるべきだろう。

 残念だがおにぎりは諦めよう。


 もと来た道を戻るべく、回れ右をして――


 ――目の前に、交差点にいたはずの『人』が立っていた。


 目の前なのにやっぱり顔がよく見えない。

 ただ、なぜか大きく開いた口と、ぞろりと生えた歯並びだけがはっきりと見えた。

 その口から


 うめき声が



「ぅあ あ  あ  」



 バチンッ!!!


 なにか大きなものがぶつかってきたような重たい衝撃を受け、廸歩はよろけて尻もちをついて倒れた。


「……ケホッ……!」


 一瞬息が詰まり、反動で咳込みながら慌てて顔を上げる。

 今の衝撃は何だろうか。障り?


(……それより早く立って、逃げなきゃ)


「……あれ……?」


 顔を上げると、その先にいたはずの『人』はまるで最初からなにもなかったかのように綺麗さっぱり姿を消していた。

 代わりに、その場所には黒い靄のようなものがわずかに残っていたが、それも見ているうちに薄くなって消えてしまった。


(助かっ……た?)


 突き飛ばされただけ。それとも、実はさっきので取り憑かれたのだろうか。

 なんだかよく分からないが、いつまでもここに座り込んでいるわけにもいかない。

 とりあえず立ち上がろうと手をついた、その少し先にスマホが落ちていた。

 どうやらさっきの衝撃でポケットから落ちてしまったようだ。手帳型のカバーが開いた状態でうつぶせになっている。


(……画面割れてないよね?)


 一瞬で『画面割れの修理費』という言葉で頭の中をいっぱいにしながら恐る恐るスマホを拾い上げ、画面を確認する。


「ぎゃっ……なにこれ……」


 思わず、まったくもってかわいくない悲鳴が口をついて出てしまったが仕方がない。

 スマホカバーのカード収納部分が見事に溶けていた。

 溶かした犯人は……名刺だ。

 名刺を引っ張り出してみると、その1/3が焼失していた。そう、焼失。どう見ても黒く焦げて焼け落ちているのだ。


(もしかして……これがさっきのアレを退治してくれたの?)


 お守りだと言っていたということは、多分そういうことなのだろう。

 しかし、三分の一が燃えたせいで描かれてる魔方陣も大きく欠けてしまっていた。

 魔方陣が欠けているということは、もう効果がなくなってしまっているかもしれない。


「………」


 迪歩は立ち上がって服を叩き、土埃を払う。


(とりあえずご飯を手に入れよう。腹が減っては戦はできぬと昔の人も言ってる)


 そしてものすごく怪しいけど、九谷環境なんちゃらに行ってみよう、と決意する。

 もしかしたら危ない組織やなにかかもしれない場所に行くのも、霊的なものに日常を脅かされるのもどちらもアレだが、言葉が通じる分だけ、前者のほうが分かり合える余地がある……気がする。


(……よね?)

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