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68. 宴席

 夕食は仕出し料理だった。

 多分迪歩が実家の法事などで食べたことがあるものの、倍以上のお値段だろう。

 通いの飯塚は夕食の準備の後帰宅したので、小倉夫妻と蒼、笠原、それと外の調査を終えた今井を含む九環関係者+大塚……と、大所帯での夕餉だ。


 通いのお手伝いさんである飯塚はもう帰宅してしまったが、小倉家ではお手伝いさんも一緒に食卓を囲むのが慣例ということで、希望すれば通いの飯塚も夕食を容器に詰めて持ち帰れるらしい。

 特に店屋物などを頼むときはついでに持ち帰り用のお弁当を用意してもらえるのだと言って、飯塚は終始ご機嫌だった。

 彼女はもともと明るくい人だったのに、最近は体調のせいか沈みがちで周りが心配していたそうだが、台所で迪歩と話した後は以前のような元気が戻ったといって笠原から感謝されてしまった。

 


「お口に合いましたか?」

「はい、とても美味しいです」


 食事の席で当主の奥方に聞かれて迪歩は笑顔で答えた。


「……なるほど、餌付けか……」


 大塚がなにかボソッと呟いたが無視する。

 気が付くと大人たちが皆、微笑ましそうに迪歩を見ていた。


「迪歩ちゃん、普段ほとんど表情変わんないのに食べてるときはすごくご機嫌ね」

「……そんなにご機嫌でしたか……?」

「ものすごく」


 一緒に食事をすることの多い友人も最初は驚いていた気がするが、最近はもうそういうものだと慣れてしまって特に言及してこない。そのため、改めて指摘されるととても恥ずかしい。


 ――迪歩が普段無表情なのは祖父が原因なのだが、食事のときに機嫌がいいのもまた同様に祖父が原因である。

 いつも迪歩に対して不機嫌な顔をしている祖父は、食事をしているときだけは優しい表情をすることがあった。

 祖父母は農家だったので、食卓に出される米や野菜は祖父母が作ったものだった。手塩にかけて育てたものを喜んで食べる姿が嬉しかったのだろう。

 美味しいと言うと、少し笑顔を見せることすらあったのだ。

 だから、幼い頃から食事だけは幸せな時間だった。

 そのため迪歩は今でも食事のときだけはいつもにこにこしているらしい。完全に無意識である。


「幸せそうでこっちまで嬉しくなるわ。どうぞ、たくさん食べてね」


 奥方がそう言って笑う横で、当主が「そうだ」と声を上げた。


「人から良いお酒をもらったんですが、飲まれませんか? うちは私しか飲まないので持て余してしまっているんです」

「お酒……」

「常磐さん、飲んでしまうと帰りが遅くなりますよ」


 当主からの酒席の誘いに明らかにぐらついた様子を見せた梨奈に、すかさず今井が釘を刺す。


「でしたら泊まっていかれたらいかがですか? 客間はいつでも使えるように整えていますし」


 そんな今井に、奥さんが嬉しそうに提案する。

 もともと今日は様子を見るだけ、という話だったので、食事を御馳走になることも想定外だったのだ。当然こちらは宿泊の用意などなにもしていない。


「あら奥様、それは良い案ですね。以前はよくこうやって宿泊されていくお客様がいらしたので、ビジネスホテル並みにアメニティも揃っているんですよ。最近出番がなくて寂しかったところです」

「妻も笠原さんもこう言っていますし、いかがですか?」


 小倉家の面々は梨奈を引き止めたいのだ。

 宿泊の用意を言い訳に帰らせないぞ、という意気込みを感じた。

 まるで今思いついたように言っているが、多分事前に話を合わせていたのだろう。


 小倉家を悩ませてきた怪現象は、現在ぱったりと止んでいる。

 とは言うものの、肝心の原因となった魔術の詳細がわからないため現在は応急処置の状態である。

 ひとまず霊が集まる『場』になっている倉庫に簡易的な結界を張って封じて、既に倉庫から出てしまって家の中をうろついている黒いもやもやは集めて祓った。

 そのため現時点でこの建物は、倉庫以外では怪異は起こらないと考えられる(少女の幽霊は除く)。

 ただし、これは一時的な処置であると伝えてあるので、梨奈たちが帰ってしまった後になにかあったら……と心配して引き止めているのだろう。


 「泊まっていいんだって、今井さん!」と、梨奈はもう酒を飲むことしか考えていない様子だ。今井の困ったような視線を受けた藤岡は苦笑しつつ、隣に座る迪歩へ顔を向けた。


「梨奈はああなったら聞かないから、僕は残って、ついでに海の方なんかも見ておこうかなと思うけど、迪歩ちゃんはどうする? 帰るなら明日また迎えに行くし」

「ええと、私はどちらでも……」

「迪歩さん」


 どっちでもいいのだが、迪歩も海に現れるという少女の幽霊は気になる。迪歩が見たロングパーカーの少女が果たしてその少女だったのか、というのもできたら確認したい……と、言おうとしたところで、藤岡とは別の方向から声をかけられた。


「え、あ、はい。なんでしょうか」 

「……あの、後でお話できませんか? 泊まっていかないなら、明日とかでも……」


 声をかけてきたのは蒼だった。彼女は降霊術の話をすると告げたときのように視線をさまよわせている。

 なにか人前で言いにくいことを話したいようで、聞いてほしいという縋るような雰囲気を全身から醸し出している。


(え……何の話?「光輝くんの彼女ですか」みたいな……? 別れてとか言われるのかな)


 だが、それにしてはちょっと雰囲気が違うような気もする。


「えと、お言葉に甘えて泊まっていこうと思います。私お酒は飲めませんから、食事の後ならいつでも大丈夫です」

「ありがとうございます!」


 迪歩の答えに、蒼は一瞬ぱっと顔を明るくさせ、その後すぐに複雑そうな表情を浮かべた。――それはどういうリアクションだろうか、と迪歩は心の中で首を傾げる。


「蒼さんとチホちゃん内緒話? 僕も混ざっていいですか?」

「光輝くんはダメ。女子トークなの」


 大塚が対小倉家仕様の笑顔で口を挟んできたものの、蒼にすげなく断られる。

 一体女子トークとはなんだろうか。蒼と迪歩の間に成り立つ会話が思いつかない。


「ええ、ちょっと寂しいなぁ。じゃあ僕は大人のお酒の方に混じろうかな」


 梨奈と当主の方を見ると、既に酒の席が始まっていた。


「藤岡さん、というわけで私も残ります」

「うん、了解。あ、念の為大塚くんからは距離とってね。ちょっかいかけたくて仕方ないみたいだからさ」

「あー、はい。気を付けます」

「梨奈はお酒飲むと光速でぐでんぐでんになるけど、醒めるのも早いからなるべくそばにいるといいよ」

「光速でぐでんぐでん……」

「常磐さん、アルコール弱いからすぐ酔う上に絡み酒だから厄介なんですよね……」


 今井が既に軽く大塚に絡み始めた梨奈を見ながら遠い目をしている。お酒が弱いのにお酒好きとは罪深い。


「こちらの皆さんも宿泊されるということで大丈夫ですか?」


 笠原が藤岡のそばにやってきた。これから部屋の準備をするのだろう。


「はい、お手数をおかけします」

「いいえ、こちらから無理やりお願いしたようなものですし気にしないでください。客室は昼過ぎに見てもらっていますので場所はわかりますよね。二部屋なので男性と女性で分けてお布団出しておきます。浴室は準備ができたらご案内しますね」


 手際よく要件を伝えると、笠原はすぐに部屋から出ていった。

 さて、迪歩はギリギリ未成年なので飲酒はできない。というわけで。

 

「蒼さん、お話、今からでもいいですか?」

「は……はい。じゃあ私の部屋で」

 

 緊張した面持ちの蒼は、そう言うと立ち上がった。

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