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67. 魔法の本

「ここのテーブルに羊皮紙を広げて、魔術の本に載ってた図を真似して描いたんです」

「羊皮紙とは本格的ですね」

「……失敗したくなかったから」


 迪歩は人生において羊皮紙など見たことがない。通販や、大きな文具店へ行けば買えるらしいがおそらく今後も見ることはないだろう。

 身近で実際に魔方陣を使っている藤岡は名刺やコピー用紙やルーズリーフに描いているくらいだし。

 逆に、きちんと本格的な物を用意するほど成功させたかったのに――と思うと切ない。


「本はお手伝いさんに燃やされちゃって……タイトルははっきり覚えてないけど、表紙は覚えてるから、後で同じ本をネットで探したんだけど見つかりませんでした」

「その本はどこで手に入れたの?」

「大塚のおじいちゃん……光輝くんのお祖父さんに昔貰ったんです」


 小暮家と大塚家は家族ぐるみで親しいそうで、蒼は亡くなった大塚の祖父とも親しかったらしい。

 特に魔術に興味を持っていた蒼は大塚祖父から何冊か魔術関係の書物を貰っていた。今回はそのうちの一冊を参考にしたのだという。


「……だってさ。大塚くんそういう本に心当たりは」

「いえ、全然ないです。あの人が魔術に興味持ってたことも今の今まで知らなかったですし。僕が譲り受けたのは研究資料だけで、趣味の蔵書とかは祖母があらかた処分したって聞いてます」


 梨奈に聞かれた大塚が肩をすくめる。

 覚えてる情報で探してもらうしかないかー、と梨奈が肩をすくめると、藤岡がそれに頷きながらメモ帳とペンを蒼に渡した。


「表紙覚えてるなら、どんなイラストだったとか大体でいいから描いてみてもらえないかな。あとタイトルのどこかにこんな単語が入ってたとか。手がかりがあれば古書に詳しい人に探してもらえるので」

「ええと……『近代魔術なんとか』ってタイトルの古い本で……」


 話しながら蒼が紙にざっくりとした絵を描いていく。

 古書に詳しい人、と聞いた廸歩の脳裏に、やっているのかやっていないのか分からない古書店の店主、園田の顔が浮かぶ。

 藤岡はちょいちょい顔を出しているようだが、廸歩はずいぶんと会っていない。

 お願いしたら絶版本なども探してもらえるらしいので、今度古い図鑑を依頼ついでに差し入れでも持っていこうか。

 そんなことを考えていると、軽く肩をたたかれた。


「どうしました、大塚くん」

「いや、なんかチホちゃんの周りだけやけに空気がきれいだね」

「空気……?」


 首を傾げかけて、思い当たる。この倉庫の中は黒いもやもや――微弱だけど霊のようなものがたくさんいるので、だいぶ空気が悪いのだ。

 霊が視えないお手伝いさんも影響を受けていたくらいだし、(おそらく)視えている大塚にとってはあまり居心地のいい空間ではないはずだ。


「ああ、私の周りは霊があんまり寄ってこないんですよ」

「あれ? 前ものすごいくっつけて歩いてなかったっけ」

「歩いてました……知ってたんですね」

「なんかに使えないかなーと――いや、チホちゃんが魅力的で見つめてたからさ」

「わざとらしく言い直さなくていいですよ。今は狐のお守りがあるので大丈夫なんです」

「狐?」

「狐って蛇食べるんですよ。知ってました?」

「まあ雑食だから食うだろうね。……え、俺対策?」


 大塚は使役霊として蛇を使っている。動物の霊を使役する場合、それほど色々な種類を持つことはないと聞いているので、多分彼も蛇以外にそれほど突飛なものは持っていないだろう。


「対策ってわけじゃなく偶然ですけどね」

「やだなあ、好きな子に蛇なんかけしかけるわけないじゃんかー」


 そう言いながら大塚は廸歩の頬に手を伸ばしてくる。

 からかっているのか、実は本気なのかは分からないが――。

 廸歩は黙ったまま、手に持っていたハンカチにくるまれた物を大塚の目の前に差し出した。


「?……なに?」


 急な廸歩の行動に怪訝な顔をした大塚の前で、はらり、と開いたハンカチの中から解放された()()が即座に飛び出した。


「ぅわ!!」


 驚きのあまり後ろに飛び退った大塚が、棚にぶつかって大きな音を出す。

 悲鳴とその音で、本の話をしていた梨奈たちが驚いた顔でこちらを見た。


「え、なにしてんの?」

「大丈夫……?」


 ハンカチを捧げ持った廸歩と、棚に背中をべったりと張り付けて少しでも足元のなにかから距離を取ろうとしている大塚の姿に、梨奈と蒼が躊躇いがちに声をかけてくる。だが、問題の二人はそれどころではなかった。


「……いや! なに持ってんのさチホちゃん!」

「カマドウマですけど」


 ハンカチから飛び出したその虫が踏みつぶされないうちに、と急いで捕まえ、再度丁寧にくるみながら答える。


「は? カマドウマって……」

「節足動物でバッタ目カマドウマ科の生き物です。家の中に迷い込んだみたいだから後で外に逃がそうと思って捕まえておいたんですよね」


 カマドウマは肉食性で噛みつくのでハンカチで包んで持っていたのだ。


「なにその偶然……」

「天網恢恢疎にして漏らさずってやつです」

「ああ、そうっすかー」


 相当虫が嫌だったらしく投げやりな調子で大塚が答える。行きの車で『虫マジ無理』と言っていたのは本気だったのかもしれない。

 蒼たちから離れてこちらへやってきた藤岡は、大塚がぶつかってずれた棚を戻すと廸歩に目を向けた。


「……廸歩ちゃん、カマドウマは割と僕も無理だから外に逃がしてきてくれる?」

「かわいいのに」


 もぞもぞ動くハンカチを手につぶやいた廸歩に、藤岡はにっこりと微笑んで外を指さした。


 ――おっと、これは本気だ。


「はあい、行ってきます」




 ぱたぱたと階段を下りていく足音を聞きながら、藤岡は大塚の肩に手を置く。


「本人の許可なく女の子の体に触っちゃだめだよー? あんまり度が過ぎるなら僕も看過しないからねぇ」

「ええー、ちょっと過保護すぎません? 少年も藤岡さんも」

「――迪歩ちゃんはだいぶ危ういところがあるからね。君も、それで彼女に執着してるんだろうけどさぁ」

「……まあ藤岡さん怖いんで、控えめにしときます」

「そうしておいて」


 にこっと微笑んで離れる藤岡の後ろ姿に、大塚は息を吐く。

 基本的に藤岡は大塚を見るとき全く目が笑っていない。

 それに、廸歩に触れようとしたときは一応あちらの三人がこちらを見ていないことは確認していたのに。

 多分使役霊かなにかで、大塚か廸歩のどちらかを監視しているのだろう。


 ――それが過保護だと思うけどねえ。まあ、仕方ないか。


 廸歩はどこか根本的なところが壊れている。

 大塚にはそれがひどく魅力的に見えるのだ。

 だから、もっと彼女の懐に入って、その心を徹底的に壊してみたい。

 

 ――……まあチャンスがあったらまたって感じかな。

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