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66. 微妙な関係

「ありえそうな線で考えると降霊術で呼び出されたお友達の月夜さん、だけど~」

「けど?」

「降霊術で来た霊がふわふわ外を歩くってあまり聞かないシチュエーションよね」

「普通は呼んだ場所から離れないんですか?」


 首を傾げた迪歩の言葉に、藤岡が頷いた。


「『呼ぶ』ってことはさ、その霊はもともとそこにいるわけじゃないのに、わざわざ場所を整えてあげて、やっとそこに来てもらうってことでしょ?」

「ああ、確かに」

「だから整えられた『場』から出るっていうのはだいぶエネルギーが必要になるはずなんだよねぇ……そもそもあんまり降霊術成功例って知らないから正確なところは分かんないんだけどね~」

「……エネルギーがいるから蒼さんが体調崩してるんでしょうか?」

「まあそれもないとは言えないねぇ」


 大塚と蒼は庭の池のある辺りで何やら話をしている。

 だが、書斎から見た少女はそれと比べると小柄で幼い雰囲気に見えた。


「……月夜さんの写真があれば、少なくとも私が見た人が月夜さんだったかどうかの判別はできるんですけどね」

「写真持ってるとしたら蒼お嬢様よね。大塚くんがうまい具合にすけこましてくれれば良いんだけど」

「梨奈先輩、言葉は選ぼうね」

「……たらしこんでくだされば」

「あんまり変わらないねぇ」

 

 カララ……


 軽い音とともに縁側の窓が開き、外で話していた二人が戻ってきた。


「あのっ!……えっと、お話、します。降霊術のこと……」


 蒼は大塚から軽く肩を叩かれると、両手を胸の前でぎゅっと握り緊張した面持ちで、それでもはっきりと言った。


「……暗示でもかけたんですか」


 大塚がそばに来たので、迪歩は小声で話しかける。


「人聞きの悪い。ちょっとこっちに都合がいいように話の流れを誘導しただけだよ」

「はあ……」


 人の良さそうな顔のままそんなことを言う大塚に迪歩は肩を落とす。

 その様子を蒼がチラチラ気にしていた。傍から見たら迪歩と大塚が仲良く話しているように見えるのだろう。

 その蒼に、梨奈が話しかける。


「場所は変えたほうが良いですか?」

「二階の倉庫でやったので……そっちのほうが説明しやすいです」

「分かりました。迪歩ちゃん、ご主人……は奥様のところだっけ。笠原さんでも良いかな。倉庫で話をしててもいいか聞いてきてくれる?」

「はい」



***



 笠原がいるとしたら台所だろうか。

 居間を出て台所へ向かうと、中から人の話し声が聞こえた。


「すみません、少しよろしいですか?」


 声をかけて中を覗くと笠原と、その他にもう一人、初めて見かける中年女性が立っていた。エプロンをしているので通いのお手伝いさんだろう。

 

「あら迪歩さん。どうかされましたか?」

「あの、蒼さんが倉庫でお話をしたいということなので、倉庫をしばらく使わせてもらってもよろしいでしょうか」

「どうぞ、旦那さまからは敷地内では自由にしてもらって構わないと言われていますので。……蒼さん、お話する気になってくれたんですね」

「はい。大塚くんが説得してくれたみたいです……あの、そちらの方、調子が悪そうですけど大丈夫ですか?」


 中年女性は体の周りに黒いもやもやがまとわりついていた。

 確か、彼女は体調を崩した当主の奥さんの身の回りの世話をしていると聞いたが、この分だと奥さんのほうも似たような状態かもしれない。


「すみません……少し疲れが溜まっているみたいで体が重くて。……ああ、失礼しました、お客様の前で。私はこの家の使用人の飯塚と申します」

「私は今井迪歩と申します。今井がもう一人いるので下の名前で呼んで頂ければ。……お忙しいのに、突然大勢で夕食までお世話になることになって申し訳ありません」

「いえいえいえ、最近家の者は色々あって沈みがちですし、人が多いと雰囲気が明るくなって嬉しいくらいですから」

「そう言って頂けるとありがたいです……あの、ところで少し窓を開けて換気させてもらってもいいですか? 少し風にあたったほうが良いと思いますよ」


 そう言って、迪歩はわざと飯塚の脇を通って窓を少し開ける。

 迪歩が近づくと、迪歩の纏う(えんじゅ)の気配を嫌ってもやもやが飯塚から離れていく。多分元を断たない限り、時間が経てばまたくっついてしまうと思うが――しょっちゅう取り憑かれていた迪歩としてはその辛さが身に染みて分かるので、一時的にでも開放してあげたいのだ。

 

「あら……確かに外の風が入ったら楽になった気がするわ……?」

「空気が悪かったのかしら。換気って大事ね」


 飯塚は不思議そうな顔で自分の体を見下ろしている。


「それなら良かったです。開けておきますので、しばらくしたら閉めてください」

「分かりました。……ところで」


 体調が戻った飯塚が、若干目を輝かせて見つめてくるので迪歩は首を傾げる。


「なんでしょうか」

「迪歩さんは光輝くんとどういう関係?」

「……大学の同級生ですが」

「あら、彼女じゃないの?親しげに話してるし、光輝くんが結構迪歩さんを見つめてることが多いし……」


 生き生きとした様子で笠原も加わってくる。色恋話は年令問わず、こうも女性を沸き立たせるものなのだろうか。

 迪歩と大塚は、親しげに話しているように見えるかもしれないが会話の内容に色気などまるでない。彼が迪歩のほうを気にして見ているのは、迪歩がだいたい藤岡のそばにいるからだろう。藤岡が怖いので気にしているのである。


「大塚くんは誰にでもフレンドリーですし、同級生の間では誰にでもいつもあんな感じですよ」

「そうね、人懐っこい感じだけど……でもそれだけかしら。それに、光輝くんみたいにちゃんとしてて感じのいい子、そうそういないから捕まえておいたほうが良いんじゃない?」

「いえいえー、私にはもったいないです」


 ついに言葉が砕けて親戚のおばちゃんのようになってきた飯塚に、首を振る。返事が棒読み気味になってしまったのはご愛嬌だ。

 確かに、あんなにちゃんとしてて感じのいい子に見えるのに内面が壊れている人、そうそういない。あれを捕まえるなんて御免である。


「ええと……ではしばらく皆倉庫へ行っていますので、御用があればそちらへお願いします」


 二人とも他にもなにか聞きたそうな顔をしていたが、迪歩は隙を突いて会話を終わらせ、お辞儀をしてそそくさと台所から逃げ出した。


「あら逃げられちゃった。恥ずかしかったのかしら」

「若い子をからかっちゃダメよね。今はまだ微妙な関係かもしれないし」


 という言葉が聞こえたが、聞こえなかったことにする。



「梨奈さん。敷地内なら自由にして構わないそうです」

「ありがとう迪歩ちゃん。時間かかったけどもしかして揉めた?」

「いえ、すみません。少し立ち話してしまったので……」

「そう?なにもないなら良いんだけど……もしなにか言われたりしたら教えてね? 商売柄色々あるから……」


 梨奈は本当に心配してくれていたらしく、声を抑えて囁いた。そんな風に心配してもらっていたというのに、話の内容が大塚との関係を冷やかされただけなので申し訳なくなってしまう。


「おかえりチホちゃん。なんか疲れてるね」

「……おかげさまで」


 大塚の楽しそうな顔に、ああ、これわざとやられたな……と悟る。

 笠原の見ているところで、わざと微妙な関係に見えるように動いていたのだろう。そういえば彼は蒼に対しても同じようなことをしている。

 前に翼から『無防備だから気が気じゃない』と言われたのはこういうことだろうか。

 じっとこちらを見つめる蒼の視線から逃げるように、迪歩は梨奈にくっついて倉庫へと向かった。

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