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65. 蒼と月夜

 ざっと屋敷内をチェックした後、廸歩たちは来客用の居間に通された。

 孫娘の蒼に話を聞きたかったのだが、どうやら彼女は眠っていたらしく時間を改めることになり、ひとまず居間で一息つくことになったのだ。

 ――さっき庭を歩いてたのが蒼ではないかと思うのだが、海に行ったわけではなかったらしい。顔色が悪かったのですぐに部屋に戻って横になったのかもしれない。


 当主の小倉は仕事中で、まだしばらくこちらに顔が出せないということで、今この部屋には九環関係者と大塚しかいない。笠原も夕餉の支度があるということで戻っていった。


「一番多いのは台所周辺、時間が経つにつれて広がってお屋敷全体に……」


 用意してもらっていた屋敷の間取り図に異変のあった場所をマークして、おおよその目撃時期も書き添える。

 笠原たち使用人の出入りが多いところの目撃が多いのは当然ではあるが、起こった時期が早く、回数も多いのは台所、使用人休憩室、応接室など、直線距離で倉庫の机に近い地点だった。


「で、起こる現象は少しずつエスカレート、ね」

「やっぱりお孫さんの降霊術の影響って考えるのが自然だねぇ。上の方、モンスターハウスみたいになってたし」


 ふいに人が入ってこないとも限らないので声は潜めつつ、状況の整理をしていく。

 物置の足音以降は、たまに家鳴りのような音がする以外の現象は確認できなかった。それらは家鳴りなのか霊現象なのかは微妙な線だ。

 ただ、黒いもやもやの姿は何度も見た。彼らは特になにをするわけでもなくもやもや揺らめいているだけだった。


「降霊術で失敗して関係ない霊を呼び出しちゃったってことですか?」


 迪歩が首を傾げると、それを真似するように梨奈も首を傾げた。


「んんー、私は降霊ってそう簡単にできると思ってないの。本に載ってた魔法の術式を真似して、呪文唱えて、霊が呼び出せるならきっともっと皆やってるわ。会えなくなった人にも会えるし、殺人事件だって被害者が証言してくれるんだからすごく簡単に解決しちゃうでしょ?」

「そうですね……」

「ああいう降霊術でやってることって、多分霊的なものが居心地のいい『場』を作るってことだと思うの。――今、このお屋敷のあちこちに、なんか霊とも言えないようなもやもやしたものがたくさん集まってきてるでしょ? 『場』がケガレて、そこに霊や妖が集まってくる……その中に目的の相手がいたら嬉しいね! っていう感じ」

「ケガレ……蒼さんがハマってたのは黒魔術だって言ってませんでしたっけ」

「そ。黒魔術だろうと呪詛だろうと、手法が違っても帰結するところはそんなに変わらないわ。(にえ)を捧げて自分の望みをかなえるのよ」


 仕組みは大塚のやらかした呪術と同じ。

 あの術は成功していたので呪いの向かう方向がはっきりしていたが、今回は何らかの理由で失敗しており、ただただ『場』がケガレて終わってしまった、と梨奈や藤岡は考えているらしい。


「つまり、今は物置がケガレた影響で色々良くないものが集まってきてるんですね。……じゃあ、物置をきれいにしたらいいってことですか?」

「そうね。『場』を解体して、集まったものを掃除したら改善すると思うわ」

「はーい、質問。女の子の幽霊が出るっていうのは裏の浜辺で、だいぶ離れてますけど」


 大塚が手をあげてひらひらさせる。


 少女の幽霊は近所で囁かれている噂で、『白いワンピースを着た少女』の姿をしているという。大体深夜から朝方にかけての目撃例が多い。

 海水浴場から少し離れているので、目撃しているのは釣り人や早朝のペットの散歩をしている近所の人たちだ。

 少女は小倉邸から出てきて河口の方へ歩いていくのを何度か目撃されている。……というのが外で調査をしていた今井からの情報だ。


 ――が、小倉家の関係者は誰もその少女の姿を見ていないという。

 笠原も噂だけは聞いており、初めは近所の人が遊びに来ている蒼を幽霊と見間違えたのではないかと考えたそうだが、たまたま蒼が居間で眠ってしまった、その同時刻に幽霊が目撃されたこともあり『蒼=女の子の幽霊』説はないと思う、と話していた。

 

「その幽霊は他とちょっと毛色が違う気がするんだよねぇ。だってこの家から出ていって河口に向かったんでしょ? そもそもさぁ、ここみたいにちゃんと生垣とか塀で囲われてるところって霊的なものは出入りしにくいんだよ。なのに普通に出ていく……しかも何度も。ちょっとイレギュラーなんだよなぁ」

「物置の方は掃除するとして……そっちは別口と割り切っちゃった方がいいかもしれないわね」

「ちなみに掃除ってどうやるんすか?」

「集まっちゃったものを片っ端から祓ってくことになるわね。ケガレた『場』の解体は、使った術式がわかればそれを打ち消すような術を組んであげればいいんだけど」

「蒼さんが、自分で書いた魔法の術式を覚えてるかどうかだよね。で、片っ端から祓うのってどういう風に……」


 大塚の言葉の途中で、廊下の方から控えめに「失礼します」と笠原の声がした。


「旦那様と蒼さんがおいでになっておりますが……こちらに案内してよろしいですか?」

「光輝くん!」


 笠原の言葉が終わるか終わらないか、というタイミングで廊下から少女が飛び込んでくる。


「蒼さん、久しぶり。具合がよくないって聞いてたけど、起き上がって大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ちょっと疲れやすいだけで……」


 優しく微笑む大塚に駆け寄って嬉しそうに話し出した少女は、この場に他にも人間がいることに気付くと表情をこわばらせた。

 周りの人間が目に入らないほど大塚に会えたのが嬉しかったようだ。

 

「蒼、お客様の前でみっともないよ」

「……ごめんなさい」


 蒼に少し遅れて、当主の小倉が居間に入ってきた。仕事にけりが付いたので蒼に声をかけて連れてきたという。

 少女の様子を見るに、大塚が来ていると聞いて飛んできたのだろう。


「すみません、蒼は小さい頃から光輝くんにべったりなもので……。蒼、この方たちは光輝くんが紹介してくれた祓い屋さんだよ」

「はじめまして、わたくし常盤と申します。こちらは助手の藤岡と今井です……調査で少しの間お邪魔させていただいております」


 梨奈がニッコリと優雅に微笑む。どうやら当主の前ではそのキャラで通すつもりらしい。


「祓い屋……?」


 蒼が目をキラキラさせて呟く。

 迪歩は警戒されるものだと思って構えていたのだが、考えてみれば彼女は黒魔術に興味を持つ中学生である。興味津々といった面持ちで梨奈に目を向けている。


「蒼、君の『魔術』について、彼らが話を聞きたいそうだよ」

「……」


 当主の言葉に、途端に蒼が口を引き結んだ。動揺したのか、瞳が揺れている。

 始めに当主から聞いた話が確かならば、辞めたお手伝いさんに本を取り上げ燃やされたという、なかなかにショッキングな経験をしているのだ。

 事務所で話をしていた時、梨奈が本人に聞いても話してもらえない理由として『自分の間違いや失敗を認めたくない』、『悪いことをしたという意識があるから怒られたくない』というものをあげていたが、既に彼女は『悪いことをして怒られた』状態であるとも言える。

 素直に話すには心理的なハードルが高いのかもしれない。


「知らない人間に話すのは気が進まないということであれば、大塚くん以外は退室しますよ。蒼さんも大塚くんにだったら話しやすいですよね」

「……常盤さん、僕は専門的なことはわからないので、蒼さんの伝えたい大切なことを聞き漏らさない自信がないのですが……」


 どちらも蒼を気遣うような雰囲気を出しているが、本心は『私ら別のことしてるから大塚くん必要なこと聞いといてね!』と、『めんどくさいから嫌っす!』というところだろう。


「……」


 それでも蒼はじっと口を閉ざしたままだ。

 そんな蒼をしばらく見つめていた当主が、彼女の頭を軽く撫でて、口を開いた。


「……時間も遅くなってしまいましたし、よろしければこちらで皆さんの夕食を準備させていただこうと思っているのですが、構いませんか?」


(おかねもちのうちのごはん!)


 などととっさに考えてしまったが、準備するのは笠原だ。突然この人数が上乗せになるなど、それはさすがに申し訳ない。

 おそらく同じことを考えたのであろう梨奈がすぐに口を開いた。


「こちらとしてはありがたいご提案ですが、ご負担になるのではありませんか?失礼ですが、随分と手が足りていない様子ですし……」

「お気遣いありがとうございます。ですが、光輝くんがくると聞いたのでうちの妻が喜んで、実はもう外に頼んでいるんです。ですので呼ばれてくださるとこちらが助かります」

「……そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 さすが、成功している人は卒がない。

 なんと外にいる今井も頭数に入っており、全員でご相伴にあずかるということで話がまとまった。

 当主は「妻に伝えてきます」と部屋を出ていき、部屋の中には迪歩たちと蒼が残されてしまった。

 拳をギュッと握りしめてうつむいている蒼の背を、大塚が軽くぽんと叩いた。

 

「蒼さん、気分転換に少し外の空気吸ってこようか」

「……うん」


 少女は少しはにかむように表情を緩ませ、差し伸べられた大塚の手を撮って立ち上がった。随分大塚のことを慕っているようなのでこれで心をひらいてくれれば良いのだが。

 ――だが。


「チホちゃんも一緒に行こうよ」


 大塚がとてもいい笑顔で迪歩にも声をかけてきた。


「……私が行っても邪魔になりますから。お二人でごゆっくり」


 迪歩はぶんぶんと頭を振る。どう考えても邪魔者だし台無しである。

 大塚が蒼から見えないようにニヤニヤしているので、蒼のヘイトをわざと迪歩に向けようとしているのかもしれない。どこまでも性格が悪い。


 二人が縁側から庭に出ていくのを見届けると、藤岡が迪歩に顔を向けた。


「ね、迪歩ちゃん。さっきあの子の顔見た後、なにか考え込んでたよねぇ」

「……よくわかりましたね」

「視線の動きでね~」

「ちゃんとしてる時のゆうせいって、こういうホームズみたいなとこあるから隠し事しにくいのよね」

「単純に視界がひらけてるからねぇ。……で、なにがあったの?」

「ええと、最初、書斎にお邪魔したじゃないですか。そのとき書斎の窓から庭を歩いてる女の子が見えたんですよ。あれが蒼さんなんだな~って思ってたんですけど」

「……別人だった?」

「はい。……もしかしたらアレが噂の白いワンピースの女の子だったのかな―って」


 実際の蒼の顔を見るまで蒼だと思いこんでいたのだが、どう見ても別人だった。

 

「ミントグリーンのロングパーカーに、ベージュのパンツって、遠目だったら白いワンピースに見えるかなぁ……って考えてました」


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